19.愉快な青空教室
コンラートの青空教室は、好調な滑り出しを見せていた。数日に一度の、ほんの数時間の授業でしかなかったけれど、毎回彼は大いに歓迎されていた。
そして私は、結局毎回彼についていくようになっていた。最初は彼が心配だったから。けれど次第に、彼の授業を聞くのが楽しみになっていた。それに、子供たちに慕われている彼の姿を見ていると、とても幸せな気分になれる。
まだぎこちないながらも懸命に勉強を教えるコンラートと、新たな知識に目を輝かせている子供たち。少し離れてそれを見守る時間は、とても穏やかで温かいひと時となっていた。
……ただ、それも長く続かなかったけれど。
「コンラート先生、ゾフィー先生は授業しないの?」
「ゾフィー先生はコンラート先生の恋人なんだよ。授業しにきたんじゃなくて、コンラート先生を見にきてるんだから」
「ねえねえゾフィー先生、先生はコンラート先生のこと好きなんだよね?」
「私知ってるよ、先生たちは一緒に住んでるんだよ」
「だったら夫婦だよね、それって」
「きゃあ、素敵!」
あっという間に私たちは、そうやって子供たちに思いっきり冷やかされるようになっていた。子供たちはきゃあきゃあとはしゃぎながら、あれこれ言い立てている。
「……私は『先生』じゃないよ。ほら、手が止まってる」
計算の練習をそっちのけで騒ぎ出した子供たちを、何事もなかったかのようになだめにかかる。しかし内心は、大いにあわてふためいていた。
コンラートは隙あらば愛を語ってくるし、テオも私たちがそういう関係であると認識している。それ以外の人間が私たちの仲をからかってきたことも、まあそれなりにはある。少しずつではあるが、そういうのにも慣れてきた。
けれど、子供たちが無邪気に、それでいて核心を突いた言葉をずばずばと投げてくるのは、そういったものとはけた違いだった。要するに、子供たちに噂されるのはものすごく恥ずかしい。今だけは、感情が顔に出にくいたちで本当に良かったと思う。
二人がかりで子供たちを注意して回り、どうにか勉強に引き戻すことができた。
こっそりと安堵のため息をついていると、それに気づいたらしいコンラートが無言で流し目をよこしてきた。子供たちの冷やかしにもまったく動じていないらしく、その目は楽しげに笑っていた。どうやら彼は、私が動揺しているのを面白がっているように見える。
彼の余裕が小憎らしくなってしまい、上目遣いでそっとにらむ。どういう訳か彼は、さらに楽しそうな顔になってしまった。
どうしてそんな顔をするのか尋ねたかったけれど、今は生徒たちが計算を頑張っているところだ。やっとのことで勉強に戻らせたのに、邪魔してはいけない。
しかし私のそんな気遣いは無駄だったことを、すぐに悟ることになった。私たちが意味ありげな視線を送り合っているのに気づいた子供たちが、計算する手を止めてまた騒ぎ始めたのだ。
「あっ、先生たち見つめ合ってる!」
「こういうのって『お熱いねえ』って言うんだよね。父ちゃんが言ってたよ」
「わーい、先生たちお熱いんだ!」
収集がつかなくなってしまった子供たちのはしゃぎ声が、村の中に明るく響き渡った。
それからは、私は青空教室に顔を出さなくなった。私がいると、子供たちが集中できない。つまり私は、コンラートの仕事の邪魔になってしまう。それだけは避けたかったのだ。
しかし十日ほど経ったある日の夕食後、コンラートが言いにくそうに口を開いた。
「その、君は……青空教室には、もう来てはくれないのだろうか」
「私がいると、子供たちの気が散る」
「それは、そうなのだが」
「私、あなたの仕事の邪魔をしたくない」
「……だったらなおのこと、君にも来て欲しい」
コンラートはいつになく真剣な顔をしている。私がいると大騒ぎになってしまうと彼も分かっているだろうに、いったいどうして私を呼ぼうとしているのだろうか。
「まさか、何か困ったことでもあったの?」
「困りごと、といえば困りごとなのだが……」
どうにも歯切れが悪い。辛抱強く待っていると、やがて彼は少しずつ話し始めた。
「実は、このところ毎回生徒たちに聞かれるのだ。ゾフィー先生は来ないの? と。どうも生徒たちは、君に会うことも楽しみにしていたらしい」
「私に会いたいっていうより、私たちを冷やかしたいだけなんじゃ……」
「それはあるだろうな。ただ私としても、君がいてくれた方が授業を進めやすいのも事実なんだ」
「私がいると騒がしくなるのに?」
私の問いに、コンラートは力強くうなずいた。
「君は私よりもあちこちに目が届くし、子供たちにも好かれている。多少騒がしくなっても、それ以上に授業を進めやすくなるんだ」
彼がそこまで言ってくれるのなら、私が反対することもないだろう。どのみち数日に一度のことなのだし。
子供たちに冷やかされて恥ずかしい思いをするくらい、どうということはない。いや、正直なところやっぱり恥ずかしいのだが、これくらい耐えてみせる。
無言でうなずきかえすと、コンラートはやっと肩の力を抜いた。
「ああ、ありがとう。君には苦労をかけるが……それでも、やっぱり君が見ていてくれるのは、私にとってもこの上ない喜びなんだ。一人で授業をしていると、何か満たされないものを感じてしまう」
「私がいると、満たされるの?」
「君以外に、私を満たしてくれる存在などいないさ」
そのまま見つめ合う。いつになく甘やかな空気が、私たちの間に流れていた。彼が静かに手を伸ばし、私の手を優しくとる。私もその空気に飲まれるように、ただ彼だけを見ていた。
わん。
そんな空気を打ち破るように、猟犬たちが声をそろえて鳴いた。どうやら、自分たちだけのけものにされていると思ったらしい。
コンラートが明るく笑いながら、猟犬たちをなで始めた。その姿を見ながら、私はこっそりと決意していた。次に青空教室に顔を出すときは、猟犬たちも連れていこう、と。冷やかされそうになったら、この子たちに頑張ってもらおう、と。
そうして青空教室に顔を出した猟犬たちは、予想以上の大歓迎を受けていた。普通の犬よりも大柄でいかめしい猟犬がずらりと六頭、私の指示に従って行進する様を、子供たちは目を輝かせて食い入るように見ていた。
猟犬たちはうまく子供たちの気を引いてくれ、おかげで私たちが冷やかされることも少しは減っていた。
しかしほっと胸をなでおろしたのもつかの間、子供たちは授業が終わるとすぐに、猟犬を取り囲んでちょっかいをかけ始めた。
「ゾフィー先生、どうしてこの犬たちはおとなしいの?」
「どうして先生の言うことをよく聞くの? 僕んちの犬、僕の言うことだけ聞かないんだよ。父ちゃんと母ちゃんの言うことは聞くのに」
「いいなあ。可愛いなあ。先生、子犬はいないの? 私、欲しいなあ」
気がつけばそんな風に、質問攻めにされてしまっていた。コンラートは後片付けをしながら、そんな私たちを優しく見守っていた。