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13.元気な男たち

「それで、試練っていったい何をするの? 具体的に」


 三人で食卓を囲みながら、改めて尋ねる。いつものようにコンラートが細心の注意を払って味付けしたシチューを口にしながら、テオは胸を張った。


「実はまだ何も決めてない。それにしてもうまいな、これ」


「そうだろう、ゾフィーに少しでも美味なものを口にしてもらいたくて、腕を磨いたのだ」


「そういや、味付けはお前が一人でやってたっけな……ゾフィーを思いやる、その心意気だけは買ってやるよ」


「おお、ならば私と彼女の仲も認めてもらえるのだな」


「まだ早い!」


 止める間もなく、二人はまた元気にやりあい始めた。どうしてこうも体力が余っているのだろうか。昼間からずっと、この調子だ。


「……コンラートが信頼に足る人間だと、テオが確信できるようなこと、か……」


 この二人に任せておいたら、いつまでたっても話がまとまらない気がする。私が口をはさんだ方がいいかもしれない。まだ盛んに言い合っている二人を横目に、無言で考える。


 コンラートは信頼できる。私はそう断定できる。でも、どうしてそう思うようになったのだろう。


 最初に会った時、私は彼のことを警戒していた。私にとって彼は得体の知れない人間で、そして間抜けで愚かな貴族でしかなかった。彼の過去について初めて聞かされた時も、心底自業自得だとしか思えなかった。


 それが今では、誰よりもそばにいて欲しい相手になってしまっている。まだはっきりと言葉にするのは恥ずかしいのだけれど、その、好きな人であることは間違いない。


 思えばずいぶんと変わったものだ。そのきっかけは何だったのだろうか。首をかしげながら、彼と出会ってからのことを順に思い出していく。


 コンラートは不器用ながらも一生懸命に家事をこなそうと頑張っていた。平民の質素な生活や粗末な食事にも文句ひとつ言わず、それどころかことあるごとに感動して目を輝かせていた。猟犬や私の亡き両親にも、礼儀正しく接していた。


 そうやって思い出しているうちに、私が彼のどこに惹かれていたのかがおぼろげに見えてきた。


 彼は少々惚れっぽいし単純でどうにも間が抜けているけれど、同時にとても真面目な頑張り屋なのだ。まるで子供のように純粋に、いつもまっすぐに物事に取り組んでいる。その姿が、私の心をとらえたのだろう。たぶん。


 そろそろ恥ずかしくなってきた。顔が赤くなっているような気がして、そっと頬に触れる。かすかに熱を帯びていた頬を冷ますように軽く首を振ってから、一つ深呼吸する。


「……二人とも、聞いて」


 少しだけ声を張り上げると、わいわいとやり合っていた二人が同時にこちらを向く。彼らの顔を交互に見て、ゆっくりと口を開いた。


「試練の内容、急いで決めなくてもいいと思う。テオがここに通って、コンラートの普段の暮らしをしばらく見てから決めたらどう?」


「いいや、ゾフィー。君の気遣いはありがたいが、私は一刻も早く彼に認められたいのだ」


「なるほど。こいつを観察して、ちょうどいい試練を考える。まあ、理にかなってるな」


 二人は同時に、まったく反対のことを口にした。ぎりぎり聞き分けられたのが自分でも信じられない。


 さて、どうやってコンラートを説得したものか。そう考える私をよそに、コンラートがテオに向き直り、ぐいと顔を近づけた。


「そうか、テオはゾフィーと同意見なのか。ならばもう、何も言うまい。さあ、好きなだけじっくり見てくれたまえ、私の全てを、余すところなく」


「顔を近づけるな、気色悪い!」


 そうして二人は、またわいわいと騒ぎ出した。仲がいいなあと思わなくもないけれど、それを言ってしまったらきっともっと騒がしくなるので、黙っておくことにする。


 コンラートの言動は少し……いやかなり変わっているが、決して彼は悪い人ではない。テオもコンラートの近くで彼の行動を見ていれば、きっとすぐにそのことに気づくだろう。


 食事と言い争いを同時に続けている二人を温かい目で見守りながら、私もシチューを口に運んだ。いつも通りの、優しい味がした。




 夕食を終えたテオは、滞在している宿場町に戻っていった。また明日来るからな、と言い残して。


 一緒に後片付けをしながら、コンラートがしんみりとつぶやいた。


「テオは、君のことをとても大切に思っているのだな」


「うん。小さい頃から、仲が良かった」


 私の口元に浮かんだかすかな笑みに気づいたのだろう、コンラートが目を見張って手を止め、こちらを見た。もしかすると彼は、私とテオの仲について勘違いしているのかもしれない。苦笑しながら、あわてて言葉を付け加える。


「仲が良いって言っても、兄妹みたいなもの。テオも言ってたでしょう」


「兄か、そうだったな。……ならばなおさら、彼には認めてもらわなくてはな」


 コンラートは一瞬ほっとしたような顔を見せたが、すぐにきりりと表情を引き締めた。元々顔立ちの整っている彼がそんな表情をすると、思わず見とれてしまいそうになる。


 そんな気持ちを隠すように手元に目を落とし、話をそらす。


「ずいぶん、張り切ってるね」


「ああ。彼が君の兄代わりだというのなら、彼にはぜひとも私たちの結婚式に出席してもらわなくてはならないだろう?」


 突然彼の口から飛び出したとんでもない言葉に、目を白黒させながら身震いする。私は彼のことを好きだと認めるので精いっぱいだというのに、彼はもうそんな先のことまで考えていたのか。


「結婚式って、気が早い」


「早くないさ。できることなら、今すぐ君と……」


 そう言いながらコンラートが顔を近づけてきた。とろけるような、甘い笑みを浮かべている。彼の手が私の肩に優しくかけられた。明るい水色の瞳に見入っていると、ゆっくりと、彼の顔が迫ってきた。


 しかし彼にとって不幸なことに、彼が何をしようとしているのか、私はすぐに気づいてしまったのだ。


「待って、心の準備ができてない」


 迫る彼から逃げるようにして、反射的に一歩後ろに下がる。さらに運の悪いことに、私のすぐ後ろの床で猟犬がくつろいでいた。


 私の足が、猟犬のしっぽを思い切り踏んづける。抗議の鳴き声が上がり、すぐに六頭の猟犬たちが一斉に騒ぎ始めた。猟犬たちはてんでに吠えながら、私たちの周りをめったやたらに走り回っている。そのあまりの騒ぎように、コンラートが目を丸くした。


「……ううむ、あと一息だったのに」


 残念そうにそんなことをつぶやきながら、彼はまた後片付けに精を出し始めた。


 まだ騒いでいる猟犬たちが、彼の背中めがけて親愛の情を込めた体当たりをぶちかましている。どうも猟犬たちは、コンラートに対しては甘えてしまうらしい。コンラートは吹き飛ばされないように踏ん張りながら、どうにか作業を続けていた。


 安堵のため息をつきながら、もう一度頬に触れる。そこは明らかに、熱を帯びていた。


 逃げない方が良かったかな。そう思いながら、そっと心の中でコンラートに謝罪した。いつかちゃんと覚悟を決めるから、と言い訳を添えて。

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