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12.兄貴分は心配性

 なぜか取っ組み合いを始めてしまったコンラートとテオ、そしてテオにかみついたままの猟犬二頭。見事に団子になってしまった彼らをどうにかこうにか引きはがし、人間は椅子に、犬は床に座らせた。


 コンラートはやけに堂々と胸を張っている。そんな彼のことが気になるのか、テオはまだちらちらと疑わしげな目を向けていた。


「ええとね、テオ。どう話したらいいのかな……」


「もしかしてこいつは、去年の春お前がやけに沈んでいたのと関係があるのか」


 私が口ごもっていると、テオがそう切り出してきた。


 テオは毎年春にやってくる。そして去年彼がやってきたのは、ちょうどコンラートが実家に帰ってしまった直後のことだったのだ。私はあまり感情を表に出す方ではないけれど、付き合いの長い彼には感づかれていたらしい。


「……うん、まあ、そうなの」


「それだけ彼女は私のことを思っていてくれたのだ、テオ」


 私がテオにきちんと説明するよりも先に、コンラートが口をはさんで余計な一言を付け加える。


「気安く呼ぶんじゃねえ! 大体お前、そもそも何者なんだ? あと、本当にゾフィーとそういう仲なのかよ!?」


 いらだちを隠さずにがなりたてるテオに、私は控えめに、コンラートは堂々とうなずいた。


「俺は、絶対に認めないからな!!」


 腹の底から絞り出すようなテオの叫び声が、家の中に響き渡る。猟犬たちが困ったような顔をして、一斉に顔をそむけた。


「テオ、認めないって……その、どういうこと?」


 頭から湯気を出しそうなくらいかっかしているテオに、恐る恐る声をかける。彼は昔から熱くなりやすいところがあるけれど、それにしても騒ぎ過ぎだ。


「俺にとってお前は、大切な妹みたいなものなんだ。お前の親父さんが死んでからはそれこそ、お前のことを娘のようにも思ってきた。なのにそんなお前が、俺の知らないところで、こんな訳の分からない優男とそんな仲になっているなんて!」


 私と同世代のテオは、いたって大真面目にそんなことを言っている。彼は昔からあれこれと私のことを気にかけてくれていたが、まさか娘とは。


 相変わらず堂々と背筋を伸ばしていたコンラートが、ふと小首をかしげる。


「ところでテオ、君のほうは彼女とどういった間柄なのだろうか。妹で娘とは、かなり親しい仲のように思えるのだが」


「……ゾフィーをたぶらかしたかもしれないお前に聞かせてやるのもしゃくだが、まあいい。俺の家は旅商の一団で、あちこちを回っては、様々なものを取引してるんだ」


 テオは誇らしげにそう答える。私も割って入り、説明を付け加えた。この二人だけで会話をさせるのは、どうも危うい気がする。


「彼の父と、私の父さんが古くからの友人だった。一年のうち春先の二か月くらいは、商売のために近くの宿場町に滞在してる。ついでに、私たちの様子も見に来てくれてるの」


「ゾフィーも親父さんも人付き合いが得意なほうじゃないし、放っておいたらずっとこの森にこもってしまうからな。俺と親父が、あれこれと世話を焼いてやってたんだよ。……そろそろゾフィーの嫁入り先を探してやらないとな、って、俺たちはそう思ってた」


 いきなり変な方向に向いた話に、思わず眉をひそめながら反論する。


「それ、おせっかいよ」


「でも、お前は放っておいたらずっと独り身のままでいそうじゃないか」


「元々そのつもりだった。この家でずっと、猟犬たちと一緒に獣を狩って暮らすつもりだった。嫁入りとか、興味ないし」


「なんと、そうだったのかゾフィー! それでは、私が戻ってきたのは迷惑だったのだろうか」


「それは違う。迷惑じゃない」


 暴走するテオを止めようとすると、今度はその言葉にコンラートが食いついて話がそれていく。口下手な私には、どうにもやりづらい状況だった。


 深々とため息をつき、もう一度テオに向き直った。きっぱりとした口調で、もう一度尋ねる。今度こそ、ちゃんと答えてもらわなくては。


「テオ、きちんと答えて。あなたは一体、何を認めないの」


 真正面から見すえたのが効いたのか、テオは気まずそうに黙った。やがて、絞り出すような声が彼の口からもれる。


「その……妹のように可愛がってきたお前が、こんなちゃらちゃらした男と一緒になるなんて、とうてい認められないって言いたいんだよ」


 テオが目線だけを動かしてコンラートをにらむ。コンラートはその視線を正面から受け止めていた。


「こいつ、明らかに何か訳ありだろ。農民にも商人にも、兵士にも見えない。ましてや狩人には見えないし、いったい何者なんだよ?」


 ここで正直に、元貴族だなんて言ったら、またテオはいきり立ちそうだ。そう判断して口をつぐんでいると、彼は腕組みをしてため息をついた。


「しかも妙になよなよしてて、いかにも女にもてそうだよな。こんなのと一緒になったら、お前が不幸になっちまう」


「私は彼女を不幸になどしない。神かけて誓おう」


「だから、それが信用できないって言ってんだろうが!」


 どうしようもなく平行線だ。私は口をはさむのを諦めて、二人が言い争うのを眺めていることにした。けりがつけばそれでよし、もし堂々巡りのままでも、いずれ疲れて話をやめるだろう。それに結局、私よりはコンラートのほうが説明はうまい。


 でもたぶん、決着がつくには相当かかりそうだ。元気良く話し合っている二人を横目に立ち上がり、そっと台所に向かった。テオの勢いがすさまじくて、お茶を出すことすら忘れていたのだ。


 少し離れたところで私たちを眺めていた猟犬たちはあまりの騒がしさに呆れたのか、台所に向かう私のあとをぞろぞろとついてきた。


「……あれはあれで、気が合ってるのかもね。二人とも絶対に認めないと思うけど」


 後ろからは、二人の声が途切れることなく聞こえてくる。猟犬たちは同意するようにきゅうん、と小声で鳴いていた。




 それから私は、二人が言い合う声を聞き流しながらせっせと家事をこなしていた。二人の話が終わった時には、もう辺りは夕暮れの色に染まっていた。


「話がまとまったよ、ゾフィー」


 疲れた笑顔で、コンラートが私に声をかける。その頃には家の中はすっかりきれいになっていたし、猟犬たちもつやつやになっていた。ここまでしっかりとブラシをかけてやったのは久しぶりだ。抜け毛の季節になっていたし、ちょうど良かった。


 コンラートは小さく咳払いし、かしこまった表情を作って言い放つ。


「私は、彼に認められる男になるために、彼の試練を受けることになったのだ」


「試練……? なに、それ」


 思いもかけない大げさな単語に、ついあきれたような声が出てしまう。しかしコンラートはまったく気にした様子もなく、堂々と言葉を続けた。


「ああ、試練だ。私が試練に挑み、彼がそれを見届ける。とても単純な話だよ」


「こいつのせいで言いそびれていたが、俺は修業を兼ねて、一年間そこの宿場町で店をやってる親戚のところで働くことになったんだ。だから、こいつについて見届けるだけの時間は十分にある」


「もしかして、最初に言ってた『いい知らせ』って」


「ああ、そのことだよ。去年、お前はやけに寂しそうにしてただろう? だから、俺が近くにいてやれないかって考えたんだ。どのみち、そろそろ一度親元を離れて修行してこいって親父もお袋も言ってたしな」


 こちらを見て、テオがさわやかに微笑む。子供の頃から変わらない、頼れる兄のような笑顔だ。コンラートのほうは、少しばかり面白くなさそうな顔をしている。


「テオ、君が彼女を思いやってくれたことには感謝する。しかし今は私がいるから、彼女が寂しくなるようなことは何もない」


「だから、俺はまだお前を認めてないって言ってんだろうが。だいたい身分を捨てた貴族って、なんなんだよお前は! 訳が分からないにもほどがあるだろ!」


 やっと話し合いが終わったというのに、また二人はにぎやかに言い合いを始めてしまった。私はため息をつくと、夕食の準備に取り掛かることにした。

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