11.もう一波乱
こうして、私とコンラートはまた共に暮らすことになった。
彼は自分が使っていた部屋がきれいに整えられていたことに喜び、ゲーム盤が当時のまま残されていたことに気がつくと、感動のため息をもらして私を抱きしめてきた。この大仰な感情表現も懐かしい。
「そうだ、その、受け取って欲しいものがあるのだが……」
行き倒れて身一つでやってきた前回とは違い、彼は大きな革のカバンを背負っていた。彼はその中から手のひらに乗るくらいの袋を取り出して、こちらに差し出してくる。
袋の中をのぞくと、驚いたことに金貨がぎっしりと詰まっていた。生まれてこの方見たことのない大金だ。
「こんなもの、受け取れない」
あわてて袋を突き返すと、コンラートはきっぱりと首を横に振る。
「そうはいっても、財産はあって困るものでもないだろう。私が君に受けた恩を考えれば、この倍でも全然足りないくらいだ」
「だから、恩返しとかいらないってば」
「……ならばこれは、私たち二人の蓄えということにしようか。もしもの時に備えて、大切にとっておこう」
「うん。それならいい」
それから二人で家の中を歩き回り、この金貨の袋をどこに隠すか相談し合った。そんなちょっとしたことを話せる相手がいる、ただそれだけのことが、とても嬉しかった。
彼が戻ってきてから、数日が経った。前と同じように二人して家事をこなしながら、ふと頭に浮かんだことを尋ねる。
「ねえコンラート、あなたは私が待っていなかったら、どうするつもりだったの?」
そう尋ねると、彼は思ってもみなかったという顔できょとんとしていた。
「君は、待っていてくれと私が言った時に、うなずいてくれただろう?」
「それはそうだけど、後になって気が変わって、あなたを追い返すかもしれなかった。それなのに、あなたはまた貴族の身分を捨てて、ここに来た。どうして、そんなに思い切ったことができたの?」
コンラートの顔に、じょじょに理解の色が浮かぶ。彼は背筋を伸ばすと、おごそかに答え始めた。
「私は、君が待っていてくれると信じていた。もし待っていてくれなかったのならば、それは私が受けるべき罰なのだろうと思っていたのだ。かつて私は一人の女性を苦しめた。同じように私も苦しむべきなのだと、そう神が判断なさったのだろうと」
彼は少々、いやかなり惚れっぽいが、そのくせ妙なところで真面目だ。だからこそ、ここまで覚悟を決めることができたのだろう。そのことを嬉しく思うと同時に、本当にこれで良かったのだろうかと、ちょっと悩ましくもあった。
複雑な気持ちで私が唇をかみしめていると、彼はまた柔らかな笑顔を浮かべて両手を広げた。
「でも、こうして君は待っていてくれた。君が私を受け入れてくれ、私のことを好きだと言ってくれた時、私がどれだけ嬉しかったか分かるかい?」
「えっと、それなりに?」
「それなり、なのか。ならば、君にも私の思いをぜひ知ってもらわねば。この喜びを、ぜひとも君と分かち合いたいのだ」
そんなことを言いながら、彼は私を抱きしめようと迫ってくる。彼がこの家に帰ってきてから、彼はこうやって隙あらば私を抱きしめようとするのだ。おかげで家事がはかどらない。
最初こそ若い猟犬二頭が彼の足に食いついて止めてくれていたのだが、今ではもう彼らもすっかりコンラートになついてしまっていた。
腕を広げて近づいてくるコンラートと、どうにかして逃げようと後ずさりする私、そして床に寝そべって思い思いにくつろいでいる猟犬たち。
そんな一風変わった風景が、日々繰り広げられるようになっていた。そして最後は、根負けした私がそれは優しく抱きしめられて終わるのだ。
今日もそのうち、私は彼につかまってしまうのだろう。あきらめ半分期待半分でそんなことを考えていたら、いきなり玄関の扉がこんこんと叩かれた。コンラートが腕を広げたまま首をかしげる。
「……この家に客人とは、珍しいな」
「あっ」
コンラートが帰ってきてくれたことが嬉しくてすっかり忘れていたのだが、この家には毎年春先にやってくる客人がいるのだ。
初めてコンラートと出会ったのは初夏だったし、その次の春は客人が来るより先にコンラートが実家に帰ってしまった。だから彼が客人と会うのは、今年が初めてだ。
それはそうとして、客人とコンラートはどう考えても気が合いそうにない。この二人をいきなり会わせてしまうのは、あまり良くない気がする。事前に説明してからならまだしも。
しかしそんなことを考えているうちに、さっさとコンラートが扉を開けてしまった。
「ゾフィー、今年はちょっといい知らせがあるんだ。……って、誰だお前」
扉の向こうに立っていた客人は逆光で顔がよく見えないが、戸惑っているのはその声だけでも十分に明らかだった。
「私はコンラート、この家でゾフィーと暮らしている者だ」
立ち止まってこちらの様子をうかがっている客人に、空気が読めていないのかコンラートが晴れやかに答えた。私が口をはさむ隙を探している間にも、二人の会話はどんどん進んでいく。
「は? お前、それはいったいどういうことだよ」
「私は彼女に出会い、愛を知った。そして彼女も私を好いていてくれている。だから私はここに戻ってきた。最愛の女性と、共にあるために」
客人が驚きに肩をこわばらせている。次の瞬間彼は大股で家の中に上がり込み、頭を抱えている私の目の前までやってきた。暗い茶色の髪が、ぴょこんと揺れている。
「おいゾフィー、こいつの言ってることは本当なのか!?」
「ああ……えっと、まずは落ち着いて、テオ」
「それよりも、とにかく彼女から離れてくれないかな、お客人。適切な距離とは言いがたいと思うのだが」
「お前は口を出すんじゃねえ、ってこら噛みつくな犬! しかもこっちも新顔だな!?」
私に詰め寄るテオ、はっきりと答えるのが恥ずかしくて言葉を濁す私、テオを私から引きはがそうとするコンラート、さらにそのテオを不審者だと思ったのか、足にかみつく若い猟犬二頭。
そう広くもない家の中は、あっという間に大混乱に陥ってしまった。父さんと二人で暮らしていた頃には考えられないほどの騒々しさに、あわてながらもどこか楽しく感じてしまっている自分がいた。