どれだけ能力が高くても、所詮子爵令嬢。
予想通り私には多くの釣り書きが来ていた。積み重なった釣り書きを取り敢えず上から順に眺めてみたが、すぐに飽きてしまった。
これほど多くの釣り書きが来るのは高位貴族くらいだが、高位貴族は親が相手を決めることが多いという。私だけがこんなに面倒な思いをする羽目になってしまった。
「お父様。伯爵家以下のご令息は全て除けてほしいのだけれど」
「おいおい、それでいいのか?それ以上の爵位に碌な男がいないかもしれないぞ」
「ですがこんなに見るのは面倒なのです。それに折角沢山勉強して第一クラスでいられたのですから高位貴族に嫁ぎたいわ。モンドリアン伯爵夫人の教育も無駄にしたくないですし」
高位貴族にしか嫁ぐ気はない。本来ならば遊んでいた筈の時間を教育に費やしたのだ。余程酷い男しかいなければ話は別だが、何のために勉強したか分からないではないか。
「うーん、まあそれはそうか。なら爵位別に並べておいてあげるよ」
「まあ、流石にそこまでしていただくわけにはいきませんわ!」
「私に任せておけ。子爵である以上こんなに沢山の釣り書きを目にするとは思わなかったのでな、少し楽しいんだよ」
「……それならお願いします」
父に引く気がなさそうなので食い下がることはしない。私にとっては面倒でしかない作業だ、父がしてくれるというなら喜んでお願いしたい。
仕分けが終わったら呼んでくれるということなので、私は言葉に甘えて母の元へ向かった。
「お母様」
「あら、婚約者を選んでいたのではなかったの?」
「そうなのですが、数が多すぎたのです。お父様が爵位別に分けて下さるそうなのでお言葉に甘えることにしました」
「そう。あの人も楽しいのね」
くすくすと母が笑う。
「お母様は釣り書きをもう御覧になったのですか?」
「ええ、一応はね。高位貴族の方からも来ているわ。……リーナ、別に今選ぶ必要はないのよ。来年でも再来年でもいいの。だからどうしても良さそうな方がいなければ今回は全て断ってもいいわ。でもね、候補となる方が少なくなるのは確かよ。どこで妥協するか、そこをきちんと考えなさい。貴女の一生に関わるのだから」
「はい。でも私もよく分からないのです。何となくの情報はありますが、会ったこともない方々の中から選べというのは流石に難しいです」
私が眉を下げると、母はそれはそうねと頷いた。
「直接お会いしてみたいです、としても良いのではないかしら。うちは基本他領との関わりが薄いから婚約にメリットのある家というのも特にないのよね。だからそれを基準に選ぶことはできないけれど、最近は何回か会ってから婚約という家も増えてきているそうなの」
その話は私も学院で聞いたことがある。アンスリア様が王太子殿下との馴れ初めを語る際にそう言っていた。
特に学院を卒業したばかりの私達は顔が非常に狭い。他のクラスの人とはたまに話したりする機会はあるが、異性だと目にする程度だ。それに学年が違えば話すことはまずない。私と彼のように幼馴染という人もいるだろうが、それだけだ。見たことすらない人がほとんどなのである。
「そうですね、決められなければそうさせて頂くことにします」
そう母に言ったとき、父が私を呼んだ。
「リーナ、爵位別に並べておいたぞ!年の差がありすぎる者は別に除けておいたからな」
得意げに鼻息を荒くする父に礼を言い、釣り書きに目を向ける。
「やはり低位貴族が多いですね。とにかく上から見ていきますわね」
公爵家からの縁談はなく、侯爵家からは五人。うち三人は第二クラスだった学年があり、他の一人は女性との噂が絶えず、もう一人は愛人がおり契約結婚相手を探しているという噂だ。よって全員却下。
因みに何故クラスが分かるかというと、学院時代のクラスは釣り書きへの記載が必須であるからだ。正式には必須ではないが、書かなければ三年間第三クラスであるのと同義だ。ゆえに三年間第三であった人以外は全員書くといっても過言ではない。
そして後の二人の情報は学院で出た。男性に関する話題は女性の間で大人気である。
勿論噂はあてにならない。けれどその噂によって夫人の立ち位置も変わってくる。だから、良くない噂がある人とはその真偽に関わらず結婚しないのがベストだ。
「侯爵家にいい男はいたか?」
「いえ全く。お父様の仰った通り全て見るのが良さそうですわね」
しかし残念ながら、伯爵家以下の男性は皆第二クラス以下だった学年がある。
「お父様、今回は全てお断り致します。これでは私の努力が無駄です」
「そうだな。折角リーナが頑張ったのだからそれが無駄になってしまう家には嫁ぐべきではない。私も今回はやめておいた方が良いのではと思っていたのだよ。まあ、釣り書きというのはこの時期にしか来ない訳ではないからな、今回は全て断ろう」
「そう致します。ではお断りのお手紙を書いてきますわね」
「ならこの便箋を使うといい」
父がくれた便箋は白に薄く罫線が入っただけのもの。貴方に望みはないですよ、という意味で用いるのがこういった白色無地の便箋だ。
女性の用いる便箋の柄にはそれぞれ意味がある。婚姻の可能性を示すときは美しい花柄で、その度合いは色と花の種類で異なる。恋人にはピンクの花柄の便箋に香水を振りかけることも多い。一方友人や親しくなりたい相手には可愛らしい柄や素朴な柄を用いることが多く、ただの知人には柄が少なめのものを用いる。
使い分けが面倒だが、こういったときにはしっかりと断りのニュアンスを伝えられるので便利だ。
「数が多いから面倒ね。フェリ、男爵家と商家の殿方への手紙の代筆をお願い」
「畏まりました」
フェリは私の専属侍女である。平民出身だがその能力は高く、私の専属になることができ、手紙の代筆もできる程度だ。
本来断りの手紙は直筆である必要はない。だが爵位が同じか高い相手への手紙は直筆の方が良いとされている。マナーというか、常識の話だ。
「でもやっぱり高位貴族からは少ないわね」
「高位貴族の方はできれば高位貴族の方と結婚したいでしょうからね。第一クラスは高位貴族がほとんどなのですよね?」
「そうね。釣り書きを送るなら第一クラスの子爵令嬢じゃなくて第一クラスの高位貴族よね」
けれど、第一クラスの高位貴族のご令嬢に断られた男性が次に縁談を持ち込むのは、第二クラスの高位貴族のご令嬢ではなく第一クラスの子爵令嬢である。
要するに、これからが本命ということだ。
「学院には良さそうな方はいらっしゃらなかったのですか?」
「うーん、第一クラスの男性は皆そこそこ良かったわ」
私は第一クラスの面々に思いを馳せる。第一クラスの男性は彼、ランスロット様、ユリウス様、キルケニー様、フェルテラ様の五人だ。皆良き夫、良き父となりそうな方々だった。
皆婚約者はいなかった筈だが、やはり私への縁談はなかった。予想通りではあるが。
「こちらから申し込んだりはなさらないのでしょうか」
「噂のない方はどんな方か全く分からないもの。お父様もお母様もこちらから申し込む気はなさそうよ」
両親は良い結婚をして欲しい派だ。家によっては家同士の繋がりを云々という理由で婚約することもあるそうだが、ルドウィジア子爵家はそのつもりはない。『子爵家だから高位貴族と!』ではなく、『どうせ子爵家だし』という考え方なのだ。
だから相手をきちんと見てから婚約をしたい。こちらから申し込んだら相手が受けた時点で即婚約である。けれど申し込まれた側なら会いましょうと言える。
「お母様も仰っていたけれど、私も会ってから考えたいもの」
「そうですね。私も大好きなお嬢様と結婚する相手はちゃんとした男でないと嫌です」
「ふふ、ありがとう」
フェリが息巻くのにほっこりしながら、私はひたすら手紙を書き続けた。
フェルテラ君は初出。
セルエル・フォン・フェルテラ侯爵令息。本人登場の予定はなし。