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もう二度と、以前のようには話さない。

 国王陛下のお言葉の後は卒業生代表の挨拶である。代表は首席であった生徒が行い、今年は3年間首席を貫いたアンスリア様だ。

 そしてそれが終われば、お待ちかねのダンスの時間である。


「レディ、私と踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」


 ユリウス様が差し出してくれた手を取り、二人でフロアの中央へ向かう。

 流れてきた音楽に合わせてステップを踏んだ。

 実はユリウス様と踊るのは初めてではない。学院ではダンスの授業もあり、第一クラスの全員とダンスを踊ったことがある。


「授業のときも思いましたけれど、ユリウス様はリードがとてもお上手ですわね。踊りやすいです」

「ありがとうございます、カルメリーナ嬢と踊るのは私も楽です。実は授業のとき驚いたのです。失礼ながら低位貴族のご令嬢だということで見縊っておりました。しかし実際はそれどころか高位貴族のご令嬢と比べてもかなりお上手でしたので、低位貴族だからと決めつけた自分が恥ずかしくなったものです」


 少し申し訳なさそうにユリウス様が眉を下げた。しかし低位貴族だからと見縊られるのは想定内だ。だからこそ完璧な教育が施されたのだから。


「致し方ありませんわ。確かに低位貴族と高位貴族のでは受けられる教育に天と地ほどの差がございます。私はたまたま先生に恵まれまして、徹底的に叩き込まれたのです。その先生がいなければ三年間第一クラスでいられることはなかったのではないかとすら思います。感謝しかございません」


 私が微笑みかけるとユリウス様がふんわりと笑った。


「確かに教師も大切ですが、自らの努力も大切なのです。ご自分をきちんと褒めてあげてくださいね」

「ふふ、ありがとうございます。ユリウス様にそう言っていただけるなら自分を褒めてあげられますわ」

「それはよかった」


 くるりとターンしたそのとき、彼とリーシャが踊る姿が一瞬目に入った。

 その二人の姿はまるで絵画のようで。

 どこにいてもすぐに彼を見つけてしまうという私の特技が、今はとてつもなく恨めしかった。


「カルメリーナ嬢、どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません。失礼しました」


 多分私の笑顔が固まってしまったのだろう、ユリウス様が心配そうに私の瞳を覗き込む。

 私はきちんと取り繕えただろうか。この程度で動揺してそれが表情に出てしまうようでは公爵夫人は務まらない。

 何か話をしなければ、と咄嗟に口をついて出たのは将来のことだった。ここは卒業パーティーだ、話題として不適切ではないだろう。


「ユリウス様は……卒業したらいかがなさるのですか?」

「そうですね、僕は次男ですので侯爵家は継げません。ですが兄が宮中で働いていますので、僕は侯爵家に残って領地の管理の手伝いをすることになると思います。何しろ義姉が王女殿下の乳母なのでそちらに忙しいものですから」


 勿論次期アストレア侯爵夫人が王女殿下の乳母であることは知っている。侯爵夫人と王妃様の仲が良く、王妃様直々に侯爵夫人にお願いしたそうだ。王妃様にお願いされて断ることなどできやしないが、侯爵夫人はむしろ喜んで引き受けたらしい。


「そうなのですね、てっきり婿入りするのかと思っておりました」

「それも選択肢の一つだったのですが、僕が領地の管理をすれば義姉が乳母に集中できますから。それに義姉もそれを期待している節がありまして」

「まあ、ユリウス様の腕を信頼していらっしゃるのですね」

「はは、有難いですがプレッシャーもそれなりにありますよ。カルメリーナ嬢はやはり結婚を?」


 そういう流れになるのは分かっていた。だから答えはきちんと用意してある。


「そのつもりです。後継は兄だと決まっておりますし、兄が宮中で働いているわけではない以上、補佐が必要だとも思われませんので。それに折角三年間第一クラスを貫きましたから」

「確かにそうですね。政略を含まない場合、三年間第一クラスの子爵令嬢と三年間第二クラスの公爵令嬢ならば前者の方が望ましいです」

「やはりそうなのですね、アンスリア様もそう仰っておりました」

「ほう、これは余計に引く手あまたになりそうですね」


 ユリウス様が感心したような、それでいて揶揄うような声音でそんなことを言ったとき、曲が終わった。

 相手の話にならなかったことに少し安堵する。


「ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」


 お互いに礼をし、軽い会釈の後ユリウス様と離れる。

 すると私の元に数人の男性がやってきた。男爵令息が一人、子爵令息が二人、伯爵令息が二人だ。第一クラスの男性はいない。


「二曲目は私と踊っていただけませんか?」


 口々にそう言ってくるが、卒業パーティーの二曲目は婚約の可能性を示唆するものだ。私には婚約者がいるし、そもそも侯爵家以上の令息としか婚約するつもりはない。


「申し訳ございません。二曲目は――」

「レディ。私と踊っていただけますか」


 私が断ろうとしているところに悠然とやってきたのは、彼だった。


「……ええ、喜んで」


 令息たちは一瞬キッと睨むような目線を向けたが、相手が三年間第一クラスの公爵家の後嗣だと分かるとすぐに諦めたようだ。


「君と踊るのは三回目だろうか」


 私をリードしながら彼がそんなことを言う。彼にとっての二度はダンスの授業だ。だが。


「いえ。入学前に何度か。正式には貴方が私のダンスの練習の手伝いをして下さっていたのですが」

「……そうか。覚えていなくてすまない」

「いえ、仕方ありません」


 彼がばつが悪そうに謝る。

 お互い微笑みながらも、そこに流れる空気は重くなってしまった。少しの沈黙の後、彼が口を開く。


「卒業までには思い出せると思ったのだが。君だけを覚えていないというのは君が僕にとって特別だったからだ、それだけは誤解しないでほしい。決して君に本気ではなかったからではないんだ」

「分かっております。ですがユーステス様らしくありませんね、憶測で仰るなんて」


 彼が僅かに目を瞠る。

 失敗した、と思った。彼にこんな、窘めているようで責めている言葉をかけたことはなかった。けれど仕方なかったとも思う。だってあまりに発言に対して無責任だ。


「申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」

「いや。確かにそうだな、僕らしくなかった」

「いえ、ユーステス様が仰りたいことはきちんと伝わりましたので」

「……そうか、それならよかった」


 再び沈黙が落ちる。曲の終盤、口を開いたのはやはり彼だった。


「もう学院は卒業だ。入学前のように話してほしい」

「ええ、ありがとう、アル様」


 入学前なんて知らないくせに。

 心の中で毒づきながら精一杯の笑顔を浮かべた。

 入学前よりも口調を堅くしたのは、私だけが分かる意趣返しだ。

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