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アルベールとリーシャが結婚するまで

「お互いをまるで愛しているかのように接することはどうだろうか」


 突拍子のないアルの言葉を、私は受け入れた。

 だってそれくらいしか解決策はないだろうと思ったから。


⁑*⁑*⁑


 学院で、私には好きな人ができた。

 アルベール・フォン・ユーステス。ユーステス公爵家のご令息だ。

 彼に恋をしたのは、入学から半年くらい経ったとき。彼はもう一人の公爵令息であるランスロット・フォン・シュリーレン様と並んでルックスが最高だと言われていたが、好きになったのは顔ではない。あまり表情が変わらずとっつきにくいような印象を持たれがちだし、実際少しとっつきにくいし、周りに優しい訳でもないけれど、その代わり身分に関わらず平等という学院の方針だけはしっかりと守る。

 ……あれ、私何でこの人のこと好きになったんだろう。


 あの時のことはよく覚えている。

 一瞬頭が真っ白になった。

 後から聞いたら、私の頭上に鉢植えが落下してきていたそうだ。

 私を庇った親友のリーナをアルが庇って階段から落ちた。

 意識を失ったアルの頭からは血が出ていて、シュリーレン様が彼自身と真っ先に駆け寄ったリーナのハンカチを使って止血を試みているところだった。私もハンカチを渡したが、血は止まらない。

 咄嗟に助けてしまうこちらが彼の本質なのだろうか、とどこか他人事のように考えたのは現実逃避だ。


 その後、リーナとアルがどこかよそよそしくなった。やはりリーナは負い目を感じているのだろうか。リーナは何も悪くないのに。

 むしろ私を助けた立場だ。リーナが負い目を感じてしまうと、私も負い目を感じてしまう。

 そうリーナに言うと、そういうのじゃないからリーシャは気にしないでと微笑まれてしまった。

 気にしない訳がないが、分かったと頷くしかなかった。

 二人は元に戻ることなく、卒業を迎えた。


 私のペアはアルだった。私のくじ運に感謝だ。

 ダンスをしていて、私はアルが私を見つめる瞳に熱が籠っていることに気付いた。もしかして、と思う。けれど彼の表情は切なそうで、きっと婚約はできないのだろうなと悟った。

 きっとこれが最後になる。私は何も気付いていないような微笑みを浮かべ、ダンス後の礼をした。

 セカンドダンスでアルはリーナの元へ向かった。あの時のことを二人できちんと話し合いたいのだろう。けれど嫉妬してしまうのは仕方がない。じっと二人を見つめていると、同じクラスだった令息からダンスを申し込まれた。二人の姿を頭から追い出して、私はその手を取った。


 侯爵令嬢であり三年間第一クラスであった私の元には大量の縁談が届いた。けれど、やっぱりアルから縁談は来なかった。知らない人ばかりだったので、相手は誠実な人であれば誰でもよかった。だからどうせなら家の利になる人と結婚しようと思い、会ったりもして、二人まで絞った。

 どちらにしようか迷っていたとき、アルから釣書が届いた。迷いなくアルとの縁談を受けた。


 婚約者になった彼は私に愛していると告げ、いっぱい甘やかしてくれる。溺愛という言葉がぴったり当てはまる程だった。

 アルはすごく優しい。やはりこちらが彼の本質だったのだ。

 誰にでも優しい人は好かれるが舐められる。それが貴族だ。特に男性はその傾向が強く、だからアルのように誰にも優しくないように演じるか、シュリーレン様のように誰にでも物腰が柔らかいが何を考えているのか分からないというように見せかけるかの二パターンに分かれる。因みに後者の方が女性にモテるため、後者が圧倒的に多い。まあキルケニー様は強面を利用していたりするし、一概には言い切れないのだが。

 要するに、アルは単に優しくないキャラを作っているだけで、本当はとても優しくて人を助けずにはいられないような人なのだ。

 じゃないと低位貴族のリーナを咄嗟に助けるなんてできない筈だから。


 そんなことを思っていた日もあった。

 私って本当にバカだ。あり得ないくらいバカだ。

 リーナに招かれてアルと参加した、シュリーレン様との四人でのお茶会で、私は衝撃で気を失いそうになった。

 まさかアルがリーナと婚約していたなんて。――恋人だったなんて。

 私を庇ったリーナをアルが庇ったあの事故で、アルが記憶を失っていただけだなんて。そして記憶を取り戻し――私への気持ちが完全に塗り替えられただなんて。

 信じられる筈がないのに、納得した。


 だって考えれば分かる筈なのだ。リーナがただの同級生ならば、アルが身を挺して庇う訳がない。アルは貴族的な男性だ。いくら優しくても、ある程度はきちんと弁えている。一低位貴族、しかも令嬢を、命を懸けて庇うなんていうことはあり得ないのだ。それこそ、恋人でもなければ。

 何故気付かなかったのだろう。

 パーティーのとき切なそうな表情をしていた理由は、他に婚約する相手がいるだろうからだと思ったけれど、よく考えればユーステス公爵家は政略の必要もないほどに力がある。ならば既に婚約者がいるからくらいしか可能性はない。――そういえば、確かアルの両親とリーナの両親は親しかった筈だ。

 アルがセカンドダンスをリーナと踊ったのは、話がある訳じゃなくて――いやあったのかもしれないが――婚約者だから。

 縁談を持ってくるのが遅かったのはリーナと婚約を解消していたからだろう。


 ただ、私を想っていた気持ちはきっと本物だ。

 ユーステス公爵家がベリティス侯爵家と縁を結んで得られる利はない。愛していると騙る必要もないのだ。

 私への気持ちがリーナへの気持ちより少なかっただけで。

 涙が零れて止まらなかった。


 けれど、正直私の傷なんてどうでもいい。

 ただシュリーレン様の隣に座っているだけのリーナの傷は如何ほどだったのか、想像もつかない。いくら口約束の婚約だったとしても、そんなに簡単に婚約を解消してしまえる、そしてその後すぐに私のとの婚約発表をしてしまえるアルの無神経さに愕然とした。

 私だってそうだ。ずっとリーナの隣にいたのに全く気付かなかった。おまけにリーナの前で散々惚気てしまった。ああそうだ、思い返すとアンスリア様は話を逸らそうとしていたではないか。知らなかったじゃ済まされない。親友失格だ。リーナは私を命懸けで助けてくれたというのに。

 アルは私の平手を甘んじて受け入れたが、自分にこそ平手を浴びせてやりたかった。


 どちらにせよ、今後のことも含めて一度アルとは二人できちんと話し合わなければならない。

 アルは少し迷いながら言った。


「僕は……恋人が大切だ。仕事の次に恋人。僅差で家族。その他は正直どうでもいい。勿論王族は別だが、他は本当にどうでもいいんだ」


 ああ、そうか。私は彼の本質は優しい人で、優しくない人柄はポーズだと思っていたが、そうではないのだ。リーナを助けたのも私に優しいのも、単に恋人が大切だから。優しくないのが彼の本質なのだ。

 そんな人は正直いっぱいいるが、少し失望してしまったのも事実である。優しい彼に恋をした訳ではないのに。


「がっかりした?けれど諦めてもらうほかないよ。婚約の解消はできない」

「それくらい分かっているわ」


 もう彼への恋心は私の中から消え去っていた。

 他の女を想う男を想うだなんて虚しいことをするよりもずっとましだ。


⁑*⁑*⁑


 一応彼とは和解という形をとったが、ぎくしゃくするのは仕方がない。週一回彼と会っていたのはなくなった。どんな顔をすればいいか分からない。

 けれど、リーナとシュリーレン様が結婚するという。

 アルが私をエスコートすることになるが、ということはアルと顔を合わせなければならない。ぎこちなくなるのは自明だ。しかしそうなると、きっと優しいリーナは気に病んでしまうだろう。シュリーレン様は何とも思わなさそうだが。

 憂鬱だがいいきっかけだ。いい加減アルと決着をつけなければならない。

 そして話は冒頭へと戻る。


 承諾したはいいが、一つ問題がある。

 それは、そもそも私がアルをあたかも愛しているかのように振舞うことができるのかという話である。今私の中でのアルの評価はまあまあ低い。好意的に接するのならともかく、まるで愛し合う恋人のようにというのは難しい気がする。

 しかしやらざるを得ない。できるかできないかではない、やるのだ。貴族令嬢としてのプライドを懸けて。


 ……とはいえある程度株を上げないときつい。ということでアルを褒める要素を探したのだが、案外呆気なく見つかった。

 何故今こんな事態になっているのか?それはアルが一度記憶を失ったからである。では何故記憶を失った?そう、リーナを助けたからである。

 彼は彼の大切なものに関してはとても優しくなるのだ。それ以外がどうでもいいという気持ちは理解はできる。自分に関係のないものにまで優しくしたところで何の意味もない。冷たくしたところでユーステス公爵家はそれくらいで揺らぐ家ではない。

 もう一度言おう、彼は命懸けで恋人を助けたのだ。

 なんとかなりそうだ。


 そして、リーナとシュリーレン様の結婚式を迎えた。

 ウェディングドレスを纏って幸せそうに笑うリーナは本当に美しい。

 ああ、羨ましい。どろりとした昏い感情が湧き上がる。しかし私とアルの婚約発表パーティーで、リーナはもっともっと苦しかった筈だ。そう思うと、醜い感情は霧散した。

 たっぷり苦しんだリーナが幸せを手に入れるのは当然のこと。

 でも……私だって幸せになりたい。私が何をしたっていうの?確かに私はリーナの気持ちに全く気が付かずに彼女を傷つけてしまったけれど、私はそんなに悪い?幸せになる資格がない程に悪いことをしたの?


『幸せになって』


 リーナの誕生日パーティーで話したときのリーナの言葉が蘇る。

 文脈から考えると嫌味だが、その声音と表情は間違いなく本心であると語っていた。

 私が本当に幸せになるためには、もう後には退けないのだ。


 アルは恋人を演じるのが上手かった。まるで愛されているかのような気になる。

 甘い言葉を囁き、優しく私を包み込む。こんな扱いをされれば誰もが勘違いするだろう。ただアルは、愛している、好きだ、とは口にしなかった。

 私もアルに倣って、恋人だった頃のように彼に甘える。私を抱き締める背中に腕を回す。けれど愛しているとは言わない。

 会えるのは週に一回。手紙のやり取りはしているとはいえ、そんなにすぐに事が進む筈もなかった。


 変化が訪れたのは四ヶ月以上経ってからだった。

 あるパーティーで、アルと別れて私が知人と話していると、視界の端をアルが横切った。アルは私の知らない女性をエスコートし、休憩室へと繋がる廊下の方へ歩いてゆく。

 突然話を止めた私に知人は怪訝な顔をする。


「どうしたのですか?」

「いえ、何でも。申し訳ありません……」


 しかし私の視線はアルに固定され離れない。知人がその方向を認め、納得の表情を浮かべた。そしてにっこり微笑む。


「行かれないのですか?」

「……ええ……」


 彼と女性が角を曲がり視界から消える。焦燥感がこみ上げる。――私はこの焦燥感の意味を知っている。


「私のことはお気になさらず。早く行ってらっしゃいませ」

「っ、ありがとうございます、失礼します」


 礼が少し乱れたが、私の意識は完全に彼に持って行かれていた。速足で彼の元に向かう。

 角を曲がった私の目に入ったのは、こちらに向かってくるアルと主催者の家の騎士に連れられる女性の姿だった。

 アルは驚いたように目を瞠り、私に駆け寄った。


「どうしたの、リーシャ?」

「あ……」


 力が抜けて崩れ落ちそうになった私をアルが受け止める。


「あ、アルが、その、女性と……」

「違う!具合が悪そうだったから騎士に任せただけだ」

「うん……けど分からなかったから……」

「僕はリーシャ以外は見ないから大丈夫だよ」


 ぎゅっとアルが私を抱き締める。私はアルの肩口に顔を埋めた。

 けれど勘違いしてはいけない、これも全て彼の演技なのだ。

 自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、泣きそうになった。


 私が彼に恋をしたということは、彼の思惑は半分達成されたということ。

 会いたくない。会えば好きだと言ってしまいそうになる。本当は好きだと言うのが正解なのだろう。けれど私だけが好きだというのは悔しい。まるで掌の上で転がされているような気になる。

 いっそ優しくしないで欲しい。

 想い人にまるで愛しているかのように振舞われるのは、思ったよりきつかった。


 私はアルへの態度を一切変えなかった。愛しているかのように振舞っているかのような演技をした。

 きっと、好きだと告げれば事は早まる。けれど私はそうしなかった。アルを好きな私ではなく、ただの私を好きになって欲しいというのは我儘だろうか。

 時間はたっぷりある。私は学院時代、二年半もの間毎日恋心を隠したのだ、慣れている。

 自分ってバカだなぁと思う。わざわざ長引かせる必要なんてないし、想い合うことが目的なのに自分からそれを崩している。

 それでも、私は恋心を隠すことに決めた。


 何で私は彼の提案を受け入れてしまったのだろう。


 それからしばらくの間、私はパーティーを全て欠席した。彼から贈られる、彼の瞳の色のアクセサリーを見たくなかったから。

 見せかけの独占欲が嫌だった。

 それでも、王族主催のパーティーは欠席できない。一ヶ月ぶりに出席したパーティーは、王女殿下の誕生日パーティーだった。王女殿下は王太子殿下とは歳が離れていて、確か8歳差だった筈だ。まあその辺はどうでもいい。

 贈られたアクセサリーは想像通りの色だった。


 知人友人への挨拶が一通り終わり、少し疲れを感じて私はバルコニーに出た。

 風が冷たい。反射的にふるりと震える。

 ぱさり、と何かが――男物の上着がかけられた。


「寒いなら中に入りなよ」


 声の主は私の又従兄だった。会うことはそれ程多くないが、幼馴染でもあるので気心知れた仲だ。

 私は上着をありがたく借りておくことにした。


「少し疲れたからわざわざ外に来たのよ」

「でも震えてるじゃないか」

「貴方が上着をかけてくれたから大分ましになったわ」

「それは良かった」


 沈黙が落ちる。

 口を開いたのは又従兄だった。


「リーシャは、いつ結婚するの?」


 何気なく発せられた言葉だが、私の心をぐさりと突いた。

 曖昧な笑みを浮かべて視線を外に向ける。


「いつかしら……まだ予定はないわ」

「上手くいっていないの?」

「関係ないでしょう」

「俺が求婚しようと思っていたのに掻っ攫われたんだ、十分関係ある」


 冗談か真実か分からない。返答に困って私は口を噤んだ。


「俺を待たずに彼と婚約したってことは、彼のことが好きなんだよね?」

「……そうね」

「彼は?」

「分からない。けれど多分、私だけが好きなんだと思う」

「そう」


 彼はそれきり黙ってしまった。かと思いきや、私の後ろを見て目を瞠り、口角を上げた。そして笑みの含んだ声で言う。


「多分それは間違いだろうね。じゃあ俺は退散するよ」

「え?」


 突然上着が剥がれ、そしてまたかけられた。感触が違うから多分別の――別の?

 戸惑った途端、ぐいっと肩を引かれて唇が塞がれた。片方の腕は私を抱き、もう片方の腕は私の頭を支えている。

 相手が誰かなんてすぐに分かった。

 又従兄が去る足音がする。

 息ができなくなって思い切り押すと、舌が押し込まれた。


「ん、ふ、ある……っ、くるし、」


 ようやく解放してくれたアルは、久しぶりに見る無表情だった。


「アル……?」

「今日は帰ろう」

「え、ちょ」


 アルは私と手を繋ぎ、問答無用で引っ張っていく。指が絡められている所為で解くこともできない。

 王女殿下に軽く早々の退場の詫びを入れ、馬車に放り込まれた。扉が閉まると同時にキスが再開される。

 私を撫でる手つきが段々危うくなってきて、私はアルの手を引き剥がした。

 ようやく放してくれたアルは、無表情のままで私を見つめた。


「リーシャ。愛してる。好きだ。僕と結婚してくれ」

「え……?」

「演技なんかじゃない。僕はもうとっくの昔にリーシャのことを好きになってる。リーシャが僕を見てくれるまで求婚するつもりはなかったけど、さっきリーシャが他の男の上着を着てるのを見て耐えられなくなった。リーシャ、僕のものになってくれ」


 強く抱き締められる。私はゆっくりと彼の背に腕を回した。


「好き、好きなの。私もとっくの昔からアルのことを愛してる。私を貴方のものにして」


⁑*⁑*⁑


 一ヶ月程空けて、私とアルは正式に結婚した。


「僕の側にはリーシャしかいない。リーシャ以外を寄せ付けることもない。だから、たとえ僕がまた記憶を失うことがあったとしても、リーシャ以外を見ることはない。安心して僕のところに来て」

「もし貴方が記憶を失ったら、私は絶対に貴方を振り向かせてみせるわ」

「ああ、僕ももしリーシャが記憶を失ったら絶対にリーシャを振り向かせてみせるから」


 奇しくもリーナとシュリーレン様の会話と同じような会話をすることとなったが、そのことを私達が知ることはないだろう。

アルベール救済回。賛否両論分かれそう……

私としてはアルベールは最低という意見にはわりかし賛成なんですが、皆さんアルベールがリーナを命懸けで助けたこと絶対忘れてるから!!

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― 新着の感想 ―
[一言] たしかにアルベールとリーシャがやった内容は無意識とはいえ最低最悪でしたが、、、彼らも被害者なんですよね。ドジっ子が全て悪い。
[一言] そうなんよね〜 命を賭して護ったんだよねぇ… 記憶無くさなきゃヒーローなのにねぇ(笑) それじゃ話が進まんしねぇ〜(笑) うん。仕方無い仕方無い。
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