王妃アンスリアの回想
ここからは番外編。一話完結。
時系列は揃ってませんが、読んだら分かると思います。
アンスリア・フォン・エスクァイア改めアンスリア・フォン・シーアランド。シーアランド王国の王妃。それが私。
幼い頃に婚約者候補として陛下、当時のパーシヴァル王太子殿下に出会い、恋に落ちた。元々有力候補であった私とヴァルとの婚約はすぐに結ばれた。王太子妃教育と称して様々なことを詰め込まれたが、元々学ぶことは嫌いではない性格のため苦ではなかった。
ただ、学院で学ぶことまで学び終えてしまった。学院生活はつまらないのだろうなと憂鬱な気持ちになるのも仕方がないと思う。王族の婚約者である私にとって、学院は社交界デビュー前の縁づくりの場だ。王家の利になるように動くのが私の役目。誰にも言っていないが私は社交があまり好きではない。学院なんて行きたくないと思っていた。
けれど、学院はなかなか面白かった。恋愛禁止の学院で、ひた隠すしかない恋心。それを見抜くくらい将来の王妃である私なら朝飯前だ。
中でも一際観察し甲斐があったのが、カルメリーナ・フォン・ルドウィジア子爵令嬢、現在のシュリーレン夫人だ。低位貴族であるにも関わらず第一クラスに食い込んできた令嬢。
間違いなく、アルベール・フォン・ユーステス公爵令息とデキている。彼女の実力を鑑みるに、恐らく婚約しているのだろう。確かルドウィジア子爵夫妻とユーステス公爵夫妻の仲が良かった筈だ、幼馴染かと予想する。
だが面白かったのはそれじゃない。ユリウス・フォン・アストレア侯爵令息がリーナに一目惚れしたのである。リーナを目にしたアストレア卿が雷に打たれたかのようにびくりと震えて硬直したのを私は目撃してしまった。気付いたのはたまたまそちらを向いていた私と、アストレア卿と話していた第一の令息全員だろう。瞬間ユーステス卿がキッと牽制したのも面白かった。それにアストレア卿が気付いていないのも面白かった。そしてそれに気付いたシュリーレン卿が肩を震わせていたのも面白かった。
低位貴族の令嬢と高位貴族の令息二人の三角関係。物語のような展開にわくわくしてしまった。アストレア卿の恋が叶うことはないだろうが、見ていて面白いものは面白いのだ。
そしてその後、リーシャがユーステス卿に恋をした。
これもまた叶わない恋だ。親友と同じ人を好きになるとは。せめてリーナとユーステス卿の婚約が周知されていれば不毛な恋をしなくて済んだだろうに。
いつだって想定外は存在する。
ユーステス卿がリーナを庇って階段から落ちた。
正直それはしてはいけないことなのだ。次期公爵が一介の低位貴族、それも家を継がない令嬢を庇って怪我をするなんてことは。ただ――気持ちは分かる。もしユーステス卿が私でリーナがヴァルなら、きっと同じことをするだろうから。
だが想定外だったのはそれではない。ユーステス卿がリーナを見る目が少し変わったのである。
リーナは相変わらずユーステス卿を想っている。しかしユーステス卿の方は、リーナを一人のクラスメイトとしてしか見ていないような気がする。というかそのようにしか見えない。
答えに辿り着いたのは、ユーステス卿がリーシャを好きになったときだ。
記憶障害。
その言葉は容易に浮かんだ。多分頭を打った衝撃でリーナを忘れてしまったのだろう。
問題はリーシャもユーステス卿に恋をしていたことである。リーナにとっては不運にも、二人は両想いになってしまった。
とまあ、それも面白かったのだが、それだけではない。三角関係を傍観していたシュリーレン卿が、ユーステス卿と交代したかのようにその中に入ってしまったのである。
気付いているのは恐らく私だけだろう。
それにしてもアストレア卿は不憫だ。折角ユーステス卿が離脱したというのに、同等のスペックを持つシュリーレン卿が参入するなんて。
アストレア卿のことだ、きっと身を引くのだろう。あるいは一度は縁談を持ち込んでみるかもしれない。それでも彼の想いをリーナに伝えることはないのだろう。
正直、アストレア卿を応援したくなってしまう。これだけ想っていると、シュリーレン卿には悪いが応援せざるを得ないだろう。
卒業パーティーで、アストレア卿とリーナがペアになった。
男子の思惑なのは分かっている。正直教師にもバレているが、最後だからと見逃されている。
アストレア卿の幸せそうな、それでいて切なそうな笑顔はとても魅力的だった。勿論ヴァル第一主義の私にとっては特に魅力的ではないが、一般論だ。学年で顔面偏差値が最も高いユーステス卿とシュリーレン卿に勝るとも劣らない程に魅力的だった。何故リーナは自分だけに向けられたその表情を見て平然としていられるのだろうか。どうして重い程のその想いに気付かないのだろうか。
私はリーナを大切な友人だと思っている。つまらない筈だった学院生活に彩りを持たせてくれたことではなく、純粋に人として好ましかった。
クラスの誰もがそうだが、公爵令嬢で王太子殿下の婚約者という立場を見ずに、一人のクラスメイトとして、そして友人として接してくれたからだ。いくら身分はなしという学院のルールがあっても、実際に平等に接してくれる人などいないと思っていたから感謝している。
だから、アストレア卿の恋も応援していたけれど、リーナの恋が優先だ。
⁑*⁑*⁑
ユーステス卿とリーシャの婚約発表パーティーが開催された。
私はリーシャのこともリーナと同じくらい大切な友人だと思っている。だから、ユーステス卿と婚約をして幸せそうにしているリーシャの姿を見ていると嬉しい。
けれど、リーナのことを考えるとやはり心が痛んだ。取り繕った笑顔なんて私にはお見通しだから。
リーナを慰めたのはシュリーレン卿だった。遠くからリーナを眺めるアストレア卿に歯噛みする。好きなら手に入れる努力をすべきだろうに。それとも既に身を引くつもりなのだろうか。
――ほらやっぱり。
結局リーナと婚約したのはアストレア卿ではなく、シュリーレン卿だった。
「どうして?」
一言尋ねた私に、アストレア卿は泣きそうな顔で笑った。
「私は――カルメリーナ嬢の幸せを第一に願っていますので。私がランスロットに勝てるとでも思うのですか?」
「欲しいと思いませんの?」
「思いますよ。婚約も申し込みました。彼女は、ランスロットを選んだんです」
馬鹿じゃないの。
そう思ったけれど、心を落ち着かせるように深く息を吐くアストレア卿を見ているとそんな気持ちは萎んだ。
アストレア卿が私から視線を逸らして向けた先を見遣ると、シュリーレン卿といちゃいちゃするリーナの姿があった。
ユーステス卿とリーシャの婚約発表パーティーでのリーナの様子を知っているから、幸せそうにランスに懐くリーナにほっとするし、本当によかったと思う。見たところシュリーレン卿の想いの強さはアストレア卿と同じくらい。スペックを考えれば、私ならばシュリーレン卿を勧めるだろう。
アストレア卿には申し訳ないけれど、それが全てだ。
だが、それでは終わらなかった。
ユーステス卿が記憶を気持ちと共に取り戻してしまうというアクシデントがあったのだ。
読唇術で話を文字通り読み取っただけなので確証はないが、恐らくそうだ。ユーステス卿がリーナを見る目に熱が籠ったから。
ユーステス卿を引っ叩いてやりたくなった。一体誰を傷つけたら満足するのだろう。
リーナを傷つけた。リーシャを傷つけた。いい加減にして欲しいと思う。
確かに原因は彼ではないが、大事な友人をこれ以上傷つけないで欲しい。
リーナは揺らがなかった。躊躇いなくシュリーレン卿の手を取った。そうするのは分かっていたが、安心して無意識にほっと息を吐いた。
もう何事も起こらなければいい。
それからしばらく、私と愛するヴァルとの結婚式が開かれた。
相変わらずリーナとシュリーレン卿はいちゃいちゃしていたが、私にとっては決して目の毒ではなかった。むしろいちゃいちゃしているのを見ると安堵した。リーナがまた傷ついたあの目をしていたらどうしようと私は不安になってしまうのだ。
まあでも、きっと他の人から見たら目の毒だ。中てられて砂糖を吐きそうになるくらい甘い雰囲気だから。俗に言う『バカップル』なら良かったのだが、やたらお上品な雰囲気を纏っているものだから『バカップル』とも言い切れず、もうやっていられない。
リーナはまだ少し恥ずかしそうだ。是非その感性を失くさないで欲しい。もうすぐなくなるのは私が知っている。何しろ経験者だから。
「次は貴女の結婚式ね、楽しみにしてるわ」
別れ際にリーナにそう囁くと、リーナは大きく目を見開いて嬉しそうに頬を染めた。
隣国から使節団が来た所為でしばらく時間が開いたが、私の結婚式の次に開かれたのは私の言葉通りリーナの結婚式だった。
ウェディングドレスを着たリーナは、彼女に蕩ける目を向けるシュリーレン卿と本当にお似合いだった。
パーティーでアストレア卿がシュリーレン卿を煽りに煽っていたのが意外だった。アストレア卿がリーナを想っていることを知っているシュリーレン卿は、流さずに全て応えていた。リーナは不思議そうだったが、知らなくていいことだ。アストレア卿は多分リーナに気持ちを伝えているつもりなのだろうが……。
⁑*⁑*⁑
リーシャも結婚して、第一の令嬢みんなに子供が生まれて。
王都に住んでいるのがリーナとリーシャだけなので、お茶会にはいつもこの二人を誘う。勿論子供達もセットだ。
あれからアストレア卿にはたまの王族主催のパーティーでしか会っていない。
毎回リーナに『ランスロットが嫌になったら私のところに来て下さい』と言っているようだが、どこまで本気かは不明だ。
ただ、吹っ切れたような顔をしているので、気持ちは落ち着いたのだろう。誰か良い人を見つけてくれればいいのだけれど。
おかしいな……リーナとランスの話を書くつもりだったのにいつのまにかユリウスの話になっていた。




