ハッピーエンドはすぐそこに
わーん遅れちゃったごめんなさい!
「お帰りなさいませ」
沢山の使用人がエントランスに集まっていた。
元低位貴族であった私のことを歓迎してくれているようで、私を見る目は温かい。
「これから宜しくお願い致します、若奥様」
男性一人と女性が二人ずつ前に出た。男性は家令、女性は侍女長とメイド長だそうだ。
「お坊ちゃまが愛する女性と結婚なされて私どもは嬉しゅうございます。シュリーレン公爵家使用人一同、若奥様を歓迎させていただきます」
若奥様、なんて素敵な響き。しかしでれっと崩れそうな表情を抑えて淑女としての最高の笑みを浮かべた。
三人が満足そうに頷く。合格を貰えたようで何よりだ。
「お疲れのところ申し訳ございませんが、今回フェリに加えて臨時で若奥様の侍女をお務め致します侍女を二名紹介致します」
侍女長の言葉で背筋をぴんと伸ばした二人の侍女が前に出てきて自己紹介をした。
「専属侍女につきましては後程ご相談させて頂きます。ではお部屋にご案内致します」
「いや、俺が案内するよ」
「畏まりました」
侍女長の申し出をランスが断った。私としてはどちらでもいいのでランスに任せることにする。
ランスが先導し、私、フェリ、二人の侍女と続く。
実は公爵家にフェリがついてきてくれたのだ。平民が公爵家の侍女になるなんて大出世も大出世だ。平民であることでフェリが萎縮してしまうのではとも思ったのだが、
『身分が理由で見下したり無視したりするような使用人は雇っていないから大丈夫だよ。もしそのようなことをする者がいたら問答無用でクビだね。フェリのことがなくても、そういう人はうちにはいらない』
とランスに笑顔で言われたので、ついてきてもらうことにしたのである。
「リーナ、ここがリーナの部屋だ。で、隣が俺の部屋。中で繋がってるんだよ」
ランスに促され、中に入って驚く。私の家――はもうシュリーレン公爵家だから、私の実家の部屋の2倍は確実にある。
どう見てもすごい値段がしそうな家具の数々に私は慄いた。
「あれ、ベッドは?」
「夫婦の寝室があるから大丈夫だよ」
いやそういうことじゃなくて。
「仮眠をとるとか、そういうときに使うものを……」
「うん?寝室で寝ればいいんじゃないの?」
ランスは心底不思議そうな目で私を見てくる。
私は諦めて曖昧な笑みを浮かべた。まあ、なかったらなかったで別に構わない。
「……それはそうとして、このドアは?」
「うん、これ」
鍵が閉まっているのでランスに問うと、鍵を渡された。
ドアを開けると、大きなベッドが鎮座している部屋があった。部屋の向かい側にもドアがある。
「ここが寝室。で、あのドアが俺の部屋とつながってるんだ。鍵は開けっ放しにしておくから、いつでも入っていいよ」
「分かった」
ランスの満面の笑みに気圧されてこくこくと頷く。
しかし、まさに『寝室』だ。ベッドだけしか置かれていない。部屋自体は割と広いのだが、小さなサイドテーブルが二つあるだけで他には何も置かれていないのである。
「棚もソファーもないのね」
「ん、いる?水差しとグラスさえあれば十分でしょ。服を置く用のサイドテーブルも置いてあるし、座りたければベッドに腰掛ければいいと思うんだけど」
再び心底不思議そうな顔をされてしまった。私がおかしいだけでこれが普通なのだろうか。
ちらりとフェリを窺うと、一心不乱にメモをとっていた。
「あれ、何書いてるの?」
「侍女として必要になることがあるかもしれませんので」
メモを覗き込むとそこには部屋の様子だけでなく私とランスの会話まできっちり書かれていた。
「会話の中に重要なことが隠れている可能性もありますので」
「いやないと思うのだけれど」
「そんなことありませんよ。例えば今でしたら、サイドテーブルのうち一つは服を置く用とのことですので物を置かないようにしなければならないということが分かりました」
確かに。
微妙に反論できないので本日二回目の曖昧な笑みを浮かべるにとどめておいた。
「じゃあリーナ、取り敢えず楽な服装に着替えておいで。俺も着替えてくるから」
「分かった」
ダイニングルームで落ち合う約束をしてランスが私の部屋から出て行った。勿論寝室を通ってである。
それを見送り、楽な服に着替える。公爵家で用意されたものを着てみると、着心地が断然上だった。当然だ、超高級生地が用いられているのだから。子爵家から持って来たものはクローゼットの肥やしになりそうな気がする。
「若旦那様が全てお選びになったのですよ」
こそっと侍女の一人が耳打ちしてくる。どうりでやたらと緑系統の色が多いと思った。本来銀髪と緑色はそれほど相性が良くないはずなのだが、違和感なく似合っているあたりランスのセンスが感じられる。
こんこん、とドアがノックされた。
「リーナ、着替えは終わった?入ってもいい?」
「うん」
ドアを開けたランスは私を見て目を瞠り、駆け寄ってきた。勢いのまま抱きつかれてぐえっと呻き声が出た。
「可愛い。可愛いよリーナ。最高だ。ねえリーナ、愛してる。もうこのまま初夜にしてしまおうか」
「湯浴みしてないから駄目」
「してたらいいの?君たち今すぐリーナに湯浴みを」
「失礼ながら若旦那様、若奥様はまだ夕食を召し上がっておりません」
ばっさり却下されたランスはしょんぼりとしてしまった。侍女は当然のことを言った筈なのにこの罪悪感は何だろう。
どうやら侍女も同じような罪悪感を抱いたようで、ぼそりと付け加える。
「若奥様の体力が保ちません。若旦那様もそれは思うところではありませんのでは?」
「それはそうだ、我慢するよ」
「ちょっと!?」
それ付け加えなくてよかった。
「ごめんね、リーナ。意識のないリーナを相手に続けるのはちょっと俺も嫌だから……」
「止めたらいいんじゃない?」
「止められるわけないじゃないか!」
当然のように言われたが、流石に引く。
どちらにせよ私とて夕食は食べたいので、さっさと話題を変えることにした。
「夕食までに屋敷を案内してもらうことってできる?全部は無理でも、この辺とか、よく使うところとかは知っておきたいかなって」
「うん、そうだね。俺が案内するよ。今からにする?」
「ランスが良ければ」
「了解。フェリも一緒に来る?」
フェリが一瞬硬直するが、侍女の矜持なのかすぐに微笑を取り戻して宜しくお願い致しますと返事をした。
「お嬢様――じゃなくて若奥様、いちゃいちゃは控えて頂けると」
「ちょっとフェリ、流石にそんなことしないわ。あと……リーナと呼んでくれないかしら」
「はい、リーナ様」
フェリが嬉しそうに笑う。
元々フェリにはお嬢様、妹が側にいるときにはリーナお嬢様と呼ばせていた。しかしここにきて若奥様と呼ばれるのは少し寂しい。ずっと専属侍女を任せ、子爵家からついてきてもらったのだ。まあ、専属侍女は全員リーナ様と呼ばせるつもりだが。
「さ、行こうか」
「うん……ひゃあっ」
ランスはエスコートしてくれなかった。何故ならひょいと私を抱き上げてしまったからである。お姫様抱っこだ。
「ランス、下ろして!」
「嫌だ。全然リーナに触れてないんだ、もう耐えられない。我慢したんだからご褒美くれてもいいと思わない?」
「当然のことじゃない!」
「ん-……でも嫌だ、放したくない」
ちゅっと口づけが降る。もうこのままでいっかと思ってしまった。
フェリが冷たい目で見てくるのには気付かないふりをする。
私は夕食の時間まで、ずっと降ろされることはなかった。
「入ってもいい?」
ノックと共にかけられた声にびくりと肩が揺れた。
「う、うん、いいよ」
心臓がうるさい。
振り向くと、ランスと目が合った。ランスが蕩ける笑みを浮かべる。いつもと同じ笑みなのに、違ったものに見える。或いは本当に違う笑みなのかもしれない。
「リーナ、愛してる」
「うん、私も愛してる」
私を抱き締めるランスの鼓動は私と同じくらい早くて、少し安心した。
唇が重なる。舌が絡まる。
ランスがゆっくりと私をベッドに押し倒した。
とても幸せだった、とだけ言っておこう。




