閑話 元パートナーの独白
ユリウス・フォン・アストレア。それが私の名前。
アストレア侯爵の次男で、婿には行かず領地の管理を手伝うことになっている。
私がカルメリーナ・フォン・ルドウィジア子爵令嬢に一目惚れしたのは多分クラスの男子全員が知っている。
あの感覚は今でも覚えている。まるで雷に打たれたような、体に電流が流れたような。びりっとして、そしてぞわぞわした。欲しい、と強く思った。
けれど私がカルメリーナと結婚する可能性が低いこともクラスの男子全員が理解していた。
カルメリーナは低位貴族だ。しかし三年間第一クラスを貫いた。きっと多くの高位貴族の令息から縁談が持ち込まれるだろう。ならば、当主夫人になりたいのは当然のこと。私が釣り書きを送っても、きっと断られる。
卒業パーティーで、カルメリーナがパートナーになった。しかしくじ引きとはいえ、運ではないのは男子だけが知っている。ある男子が誰か同じクラスの女子を想っていれば、こっそり交代したりするのだ。因みに女子の気持ちは一切考えられていない。
今回は3組が意図的にくっつけられた。私とカルメリーナ、アルベールとベリティス嬢、ジークフリートとワイアード嬢だ。
多分、後の二つのペアは婚約に至るだろう。そして、実際に婚約した。私のは泡沫の夢だった。
駄目元で縁談を持ち込んだら、会いたいという返事が来た。
期待しなかったといえば嘘になる。多分、カルメリーナとしては知っている人と婚約したいと思ったのだろう。結構可能性はあるのではないかと思っていた。
カルメリーナは誰かと悩んでいるようだった。ああ駄目か、と心の中で苦笑した。いや、落ち込んだ。結局私は知らない誰かと同じくらいのレベルなのだ。
愛しているとは伝えなかった。カルメリーナはきっと気を遣って私を選ぶと思ったから。私だけが愛するのはあまりに虚しいし、リーナを幸せにできる自信もなかった。
数日後、断りの返事が来た。一目惚れしたときからずっと分かっていたけれど、いざ断られるときつかった。
私と悩んだもう一人と婚約するのだろう。
婚約発表パーティーに招待された。惨いとも思うが、私を招待しなければならないのは自明だった。
そして私は心底納得した。相手はランスロットだった。全てが私より上。ランスロットを選ぶのは当然だった。悩んでもらったこと自体驚くべきことだったのだ。
意外だったのは、ランスロットがカルメリーナを愛していることだ。来ていた男全員を牽制するとはなかなか嫉妬深い。気持ちは分かるが。
ランスロットなら、カルメリーナを幸せにできるだろう。
私は三年間温めた恋心を捨てた。
捨てたといっても、実際に捨てられる人はほとんどいないと思う。私も例に漏れなかった。
結婚式への招待状が届いたとき、泣きそうになった。
きっと私はカルメリーナとランスロットの婚約が解消されることを心の奥で願っていたのだろうと思う。結局まだ諦めきれていなかった。
二人はとても幸せそうだった。
お互い愛し合っているのがよく分かる。カルメリーナは生涯幸せでいられるだろう。
しかしついつい挑発してしまった。
「カルメリーナ夫人。この男が貴女を泣かせたり不安にさせたりしたら、さっさと離婚して私と再婚して下さいね」
これくらい伝えるのはいいだろう。カルメリーナは一切顔色も表情も変えなかった。
それがなんとなく不愉快で。
「貴女に振られてしまった哀れな私に、貴女をリーナと呼ぶ権利を頂けませんか?」
賭けだった。そして案の定断られてしまった。ならば、と呼び捨ての権利を求めた。卒業パーティーを盾にすると、不承不承という様子で許可してくれた。
私のことも愛称で呼んでほしい。しかしやはりそれも駄目だった。呼び捨ては許してくれた。
ランスロットやアルベールほどではないけれど、彼女にとって親しい男にくらいはなれただろうか。もしそうなら、少しは報われた気がする。
そう思えば思うほど切なくなって、表情が崩れる前にと二人の元を辞した。一人になりたくて外に出た。
しかしそれは痛恨のミスだった。
二人も外に出てきたのである。一番奥のベンチに座っている私には気付いていない。どうやって戻ろうかと考えつつ、二人から目を離せなかった。
そして、ランスロットがカルメリーナに口づけた。きっとあれは深いキスだ。目を逸らしたくても逸らせない。
ランスロットの手がカルメリーナをなぞる。私は少し焦ったが、カルメリーナがランスロットを突き飛ばした。彼女が常識的で良かった。
それからしばらくして、二人はホールに戻った。一気に寒くなった気がして、体がぶるりと震えた。
帰りの馬車の中で彼女を想う。
私はどうすれば彼女を手に入れられたのだろう。
いっそ卑怯な手を使えばよかった。愛していると告げればよかった。
結婚できないと最初から分かっていたのに、いざ搔っ攫われると醜い気持ちが沸き起こる。
彼女に言った通り、私は他の女性と結婚するつもりはない。
元より結婚する必要のない立場だ。しかし愛する女性と一緒になりたいという気持ちはある。
もしも彼女が幸せだと純粋に考えられなくなったら、私は本気で彼女を奪うつもりだ。
弱ったところに付け込むのは卑怯かもしれないが、そんなことはどうでもいい。私が彼女を幸せにする。
罪深い女性だ。
私もランスロットも虜になった。
どうしても想像してしまう。彼女が私の隣にいる暮らしを。
『ユーリ』
その可愛らしい声で、私を愛称で呼んでくれるのだろうか。
「リーナ……」
許されなかった愛称を口に出す。
いつの間にか、泣いていた。
ユイシス・フォン・ワイアード侯爵令嬢。姓は初出。




