元婚約者と親友の決着
主人公カップルは出て来ません。
前回長かったので今回はちょっと短めです。
リーシャはその招待状を見て大きく溜め息を吐いた。
親友のカルメリーナと、ランスロットの結婚式。きっとアルベールにも届いていることだろう。
「いい加減終わらせなきゃ駄目ね」
アルベールは王太子殿下の配慮でリーシャとの婚約期間中に限り週一度の休暇をもらっている。しかしアルベールの記憶について二人から聞いて以降、二度しか会っていない。隣国からの使節団の来訪によって一ヶ月間は会えなかったものの、最後に会ったのはその半月前くらいだ。手紙のやり取りこそしているものの、上辺だけの会話が続いている。
けれど親友の結婚式にこのまま行く訳にはいかない、とリーシャは腹を括る。
アルベールの気持ちがどこにあったとしても、どっちみち婚約解消はできないのだ。関係改善は必須。カルメリーナの結婚式は良い機会だった。
リーシャはアルベールに会いたい旨を書き記した手紙を出した。
⁑*⁑*⁑
その日アルベールが家に帰ってくると、カルメリーナとランスロットの結婚式の招待状が届いていた。そしてリーシャからの手紙も。
元婚約者と親友の結婚式。アルベールは想像して、嘆息した。本当なら自分がカルメリーナの隣に立つ筈だったのに。
今更ながらトルストイ伯爵令嬢への恨みが沸き上がってくる。しかしアルベールは一つ深呼吸をして無理矢理それを収めた。
リーシャの手紙を開く。そこには会いたいと書かれていた。アルベールもそのつもりだった。このまま、曖昧なまま二人の結婚式に出る訳にはいかないと思ったから。
アルベールは了承の返事を出した。
⁑*⁑*⁑
ユーステス公爵家に降り立ったリーシャは、アルベールにそつのない微笑みを見せた。
「御機嫌よう。久しぶりね、アル」
「ああ、久しぶりだね、リーシャ」
アルベールも同じような微笑みを返す。
他人から見れば想い合う婚約者、しかし見る人が見ればまるで他人に接する態度。
お互いにそんな態度だった。
「いつものテラスでいい?」
「ええ、ありがとう」
アルベールがリーシャをエスコートしてテラスに出る。
完璧にセッティングされたテーブルは、いつものことだ。
「もう前置きはいいわよね。早速本題に入っていいかしら」
「ああ」
他人行儀な口調にアルベールは気付いたが、それには言及せずにリーシャを促した。
「リーナとシュリーレン様の結婚式の招待状、届いたでしょう」
「ああ、届いたよ」
「このままで出席する訳にはいかないわ。もう一度きちんと話しましょう」
「僕もそのつもりだった」
アルベールは天を仰ぎ長く息を吐く。雲に隠れた太陽が眩しくて目を細めた。
そんなアルベールを見てリーシャは紅茶を一口啜る。
「私達は婚約の解消はできないわ。貴方もそれは分かっているわよね」
「勿論」
「愛して欲しいとは言わないわ。私だって貴方を愛していないもの」
リーシャはアルベールがカルメリーナを愛していると知った後も、暫くはアルベールに追い縋った。しかしアルベールは全く振り返らなかった。前を行く二人を羨望の眼差しで見つめているばかりだった。
愛していない。確証を持てないながらも言葉にすれば、すんなりと入ってきた。もうアルベールを愛していないのだと理解した。
アルベールは何も言わずにマカロンをつまんだ。リーナはマカロンは特別好きではなかったな、と思いながら。
「でもね。最低限の関係は維持しておきたいの。せめて良い関係を築きたい。これからずっと共に生きることになるし、子供も作らなければならないわ。今のような関係では、やっていけない」
『政略だけれど仲の良い夫婦』くらいには持って行きたいとリーシャは思っていた。そしてそれはアルベールも同じだった。
「分かっている。全て僕が悪いんだ。どうやったってリーナを捨てきれない僕がね」
「どうするつもり?」
「どうするも何も。強いて言うならいつか融けるのを待つってところかな」
「まあそうよね」
アルベールは皮肉な笑みを浮かべる。リーシャは淡々と相槌を打ち、一口サイズのタルトを口に入れた。
愛し合っていた恋人同士の面影は、最早どこにもない。
「……僕が死ぬとき、僕は君を愛しているだろうとは思うよ」
二つ目のマカロンを飲み込んで、アルベールは何でもないことのように呟いた。
リーシャはぎゅっと目を瞑って溜め息を吐く。今日は溜め息を吐いてばかりだ。
「どうして?」
「僕はずっと君と一緒にいるじゃないか。君だけを見ているなら僕は君を好きになるだろうね。実際一度君を愛したんだから。それに、君を愛する努力はする」
リーシャは盛大に顔を顰めた。この男はいつだって一言余計だ。
「私は貴方を愛すると確信はできないわ。けれど貴方を愛する努力はする」
厭味ったらしく言ってみるが、アルベールはどこ吹く風。アップルパイに手を伸ばしている。それが無性に苛立った。
「……平行線ね」
「今僕達はお互いを愛していない。まあお互い愛する努力はするとして、でも今すぐ愛することは無理だろう」
「そうね」
「――その上で、お互いをまるで愛しているかのように接することはどうだろうか」
リーシャは思わず絶句する。この男は一体何を言っているのだろうか。
しかしアルベールは至って本気だった。
「要するに、擬似恋愛だ。お互いを愛するようになるまでの時間は早まると思わないか?」
それはそうだろう。想われれば、相手を意識する。そして正のループが発生する。
その代わり、お互いが本気になったとき、それが分からない。
だがリーシャにとってそのデメリットはどうでも良かった。本気になればいつか溢れるときが来るから。馬鹿馬鹿しい、けれど面白いゲームだと、そう思ってしまった。
「賛成よ」
リーシャとアルベールのどちらの口も弧を描いた。
正直アルベールは本気ではあったが了承を得られるとは思っていなかった。けれど得られたなら僥倖。
「なら決定だな。そうだな、今から始めようか」
アルベールが目を伏せ、三つ目のマカロンを口に放り込み、それを飲み込んでリーシャを見たとき、その瞳と笑みには甘さが宿っていた。
二人が愛し合っていたときに、アルベールがリーシャに向けていたもの。リーシャは不本意ながらドキリとしてしまった。
そして僅かに頬を染めたリーシャを見て、アルベールもドキリとしてしまった。あまりに魅力的な表情だった。
誰がどう見ても、恋人未満の、想い合う男女にしか見えないだろう。
相手を好きになるまでそれ程かからないだろうな、とお互いに直感していた。
次話こそ結婚式!




