神は残酷、だがそこには続きがある。
過去一で長くなってしまった……。
結婚式は約2週間後、縁起の良い日を選んで開くこととなった。
「1週間後では駄目なのですか!?」
とランスは喚いていたが、1週間後は無理なのは誰にでも分かることで、同席した全員が黙殺していた。
そのランスは今膝の上に私を乗せてご機嫌である。割と正式な場なのだが、あまりにランスが五月蝿いのでランスの父――お義父様がげんなりした顔で私に頼んできたのである。
「カルメリーナ嬢、申し訳ないがこの五月蝿い愚息の膝の上に乗ってやってもらえないだろうか」
お義父様がそう言うならそうするしかない。
ランスはお義父様のその言葉を聞くなり喜び勇んで私に手を伸ばした。
まあそんな経緯がありつつも、無事に結婚式の日取りは決定した。
日取りが決まれば次は結婚式場やドレスについて考えなければならない。
「俺の方でちょっと考えてみたんだけど、リーナとの結婚式なんだからチープなのはよくないから絞っておいたよ」
日取りも決まっていないのに考えていたらしい。
値段を見てびっくりする。一番金額が小さいものでも子爵家の5年分の生活費より多かった。
ランスは当然とばかりににこにこしている。お義父様も何も言わないし、この程度じゃ公爵家では端金なのだろうか。父は震えていたが。
「俺としてはここがいいかなって思ってるんだ」
ランスが指さしたのはその中でも最も高額な式場である。
「ちょ、ちょっと高すぎるんじゃないかな?」
「公爵家の財力を舐めないで。これくらい全然大丈夫。ですよね、父上」
「一生に一度の結婚式だからな。少々高額でも問題ない。私と妻の結婚式場もここだった」
思い出したのかお義父様が目を細める。
「折角だし、ランスとリーナちゃんの結婚式場もここにしたら?」
「母上もそう思いますか!どう、リーナ」
お義母様にまで言われてしまえば拒否権などないも同然。口元を引き攣らせながら私はハイと頷いた。父は白目だったが誰にも見られていなかったので大丈夫だろう。
そして勿論最高級プランだった。
翌日。
「リーナちゃんは何でも似合うわね!」
「うーん、でもさっきの方がもっと似合っていた気が……」
「確かにそうね。ふむ……次はこれを着て来てくれる?」
「分かりました」
私は今非常に疲れている。げんなりしながら受け取ったのは純白のドレス、所謂ウエディングドレスである。母とお義母様がきゃぴきゃぴしながら選んでいるのをひたすら着続ける。私のためなのは分かっているが、着せ替え人形にでもなった気分だ。
ウエディングドレスは新たに仕立てる予定だ。なのに何故レンタルショップでひたすら着せ替えされているかというと、大まかなデザインを決めるためだ。普通のドレスなら似合わなくてもがっかりで済むが、ウエディングドレスはそうはいかない。なのである程度のデザインをレンタルショップを用いて考えるのである。
「いかがでしょうか」
「可愛いわ!でもあれの方がいいわね」
「そうですわね。なら……リーナ、次はこれよ」
これまで着たドレスは二十着は超えている気がする。抵抗はとっくに諦めた。
着付けはショップの人がしてくれるため、私は殆ど棒立ちになっておけばいいのだ。本当に大変なのは私ではなく着付けている人。そう思って耐えている。
「あらこれ素敵ね!さっきのと互角だわ」
「次はこれを着て来て頂戴」
違いが分からない。
いや分かるのだ、装飾が違う。けれど大まかな形は同じではないか。どうせ新しく仕立てるのだから別にこのドレスを着る訳ではないのに。どうせ色々着せてみたいに違いない。
二人が満足したのはすっかり空が赤く染まる頃だった。朝から来たのに!
馬車の中でぐったりしている私を見て母が苦笑する。
「疲れた?」
「逆に疲れないと思います?」
「ごめんね。夫人が言ったようにリーナは何着ても似合うから楽しいのよ」
やっぱり着せ替え人形にされていた。
「後は私と夫人がやることになるわ。娘や義娘のウェディングドレスのデザインは母や義母が決めるのが慣例だからね。アクセサリーや宝石類は私達が決めたドレスのデザインに基づいて父や義父が決めて贈ることになるし。ランスロット君なら宝石を決めるのに参加しそうだけれど。ランスロット君のタキシードとかもそうね。後貴女がやることは、ランスロット君と一緒に結婚指輪を決めることね」
結婚指輪。
考えるだけで胸が躍る。
一気に機嫌が上昇した私を見て母は微笑んだ。
家に帰るとランスから手紙が届いていた。明後日殿下に特別に休暇を貰った、結婚指輪を決めたいから会いたいという内容だった。ランス曰く仕事に忙殺されているというのに、殿下はなかなか寛容なようだ。
私に予定があったらどうするつもりなんだと思いつつ了承の返事を出す。
左手の薬指にシンプルな指輪がはまった後も、右手の薬指にはまったランスの色の指輪を外すつもりはない。
ベッドの中でまだ見ぬ結婚指輪に想いを馳せる。右手の指輪とデザインが被るのは良くないが、あれは私の好みドンピシャなのである。どういうのがいいだろうか。
そんなことを考えているといつの間にか眠りに落ちていた。
迎えに来たランスはにこにこ笑っていた。
「どんな指輪がいいとかある?」
「うーん、考えてみたんだけどよく分からなくて。実際にお店に行って考えようかなって」
「何言ってるの?一から作るんだよ?」
ぴきっと顔が引き攣った。
デザインから全て作るとなると大体既製品の3倍、デザイナーや工房によっては10倍とかになることもある。
結婚指輪は高価だ。そこらの指輪より断然高い。そしてそこから3倍。
「工房は『名の無き工房』にしようと思っているんだ」
耳を疑った。王室御用達、国内最高の工房である。そこに注文すれば普通の工房の10倍は確実だ。父なら絶対倒れている。
「……あまりにも高すぎるんじゃないかな?」
「大丈夫。両親の指輪もそこのだから」
公爵家怖い。
私の金銭感覚は未だに『そこそこ裕福な子爵家』のものだ。未来の公爵夫人の感覚ではない。上手くお金を使える自信がないからしっかり教えてもらわないと……。
「というか結婚指輪なんて大した違いはないと思うんだけど!」
「『名の無き工房』の製品の質はお墨付きなんだよ」
「ああ、そういうこと」
デザインが凝っていればいるほど当然値段は上がる。が、質も重要だ。純度は当然のこと、均一性、形の正確さも重要となる。結婚指輪が総じて高価なのは、つける期間が普通の指輪よりも遥かに長く、そのため高品質であることが求められるからだ。
「俺たちの結婚指輪が割れたら大変でしょ?念の為に一番質を良くしておかないと」
「……そうだね」
結婚指輪が割れるとかあんまりないと思う。
けれどランスはもう他の工房にするつもりはないようなので言っても無駄だ。
私は諦めて大人しく頷いておいた。
「お坊ちゃま、ルドウィジア子爵ご令嬢。お客様がいらっしゃいました」
ノックと共に聞こえてきたのは男性の声。年齢的に、またランスの呼び方的に恐らく執事だろう。
「分かった、今向かう」
「畏まりました」
執事が去る足音が微かに聞こえる。ランスが立ち上がり、私に手を伸ばした。
「私も行くの?」
「うん。指輪のデザイナーだよ」
「なら行かなくちゃだね」
ランスの手に掴まって立ち上がる。
「お坊ちゃまはやめてくれって言ってるんだけどね。『お坊ちゃまはお坊ちゃまですから』とか言ってやめてくれないんだ」
そんなことを言いながら応接室までランスがエスコートしてくれた。
ソファーに座っていたのは好々爺然としたご老人だった。これでもデザインの腕は国一番なんだよ、とランスが囁いてくる。
「お呼び立てしておきながらお待たせしてしまい申し訳ございません」
「いえ、早く着きすぎてしまいまして。わたくし『名の無き工房』のデザイナーでありますハーマンと申します。しかしながらそんなご丁寧にして頂く身分でもございませんので」
「まさか、ご謙遜を。ランスロット・フォン・シュリーレンと申します。宜しくお願い致します」
「カルメリーナ・フォン・ルドウィジアと申します。宜しくお願い致します」
ランスに倣って軽く頭を下げる。
「いやぁ、シュリーレン公爵家の次代も素晴らしいものになりそうですな」
「というと?」
「わたくしめなんぞに丁寧に接して下さる方々こそ安泰なのですよ。失礼ながら貴族らしく接される方々はあまり上手く回せないようで」
「私は合格ということですね。ありがとうございます」
特に身分のある人からの言葉ではないにも関わらずランスは嬉しそうに微笑む。ハーマンは少し目を瞠り、目を閉じてうんうんと頷いた。
ハーマンの言葉は人によっては上から目線だという風にとられる。おそらくぼろを出さないか試しているのだろう。平民からの『お褒めの言葉』に怒るか否か。
そして、全くぼろを出さないどころか嬉しそうに言葉を受け取ったランスはハーマンのお眼鏡に適ったようだ。
「さて、デザインは如何しますかな。一応こちらの方で少しは考えてきましたが、ご希望があるならば仰って頂きたい」
そう言ってハーマンはスケッチブックと鉛筆を取り出した。
「まずはそのデザインを見せて頂けますか?」
「畏まりました」
ハーマンがスケッチブックを開いてこちらに向け、説明しながらページをめくっていく。
その数8、全て精緻な絵が描かれていた。
何も変わらない筈の結婚指輪がこれ程までに様々に変わるものなのかと驚いた。
「リーナはどう?」
「どれも素敵で選べないわ。けれど……二つ目と五つ目、最後のものが特に好きだったかしら」
「ふむ。失礼」
ランスが慎重にページをめくると、またしてもハーマンは目を瞠り、破顔した。
「どうされました?」
「スケッチブックを雑に扱われる方は多いのです。丁寧に扱って頂けるとやはり嬉しいのですよ」
話す私とハーマンを置いてランスは指輪を見比べている。
「この中から選べとは申しません。デザインはあくまで例でございます。ご希望を仰って頂ければこの場でデザイン致しますので」
「ふむ…リーナ、希望はある?」
「そうですわね……リングの形はこれがいいです」
「ならリングの形は五つ目。宝石の入れ方は最後のもので一度デザインして頂きたいのですが」
「畏まりました」
ハーマンはにこりと笑ってスケッチブックの新たなページに鉛筆を滑らせる。
簡単な絵で申し訳ございません、と言いながら机にスケッチブックが置かれた。
「リーナ」
「これが一番です!」
より私好みのデザインだ。私はつい見惚れてしまった。
「ならこれで注文させて下さい」
「宜しいので?一つ目のデザインで満足なさる方は少のうございます。遠慮せずいくらでもお申し付け下さい」
「ランスの希望を聞いておりませんわ」
ランスがうーんと考え込む。そして一つ頷いた。
「いや、これでお願い致します。どうやら私の好みと彼女の好みは似通っているようですので」
「畏まりました。ではこれで承りました。お届けは結婚式当日で宜しいですね?」
「はい」
「ではそのように。今週中に宝石のご希望をお願い致します」
「分かりました。宜しくお願い致します」
見送りは結構と応接室を出たハーマンを眺めながらランスに尋ねる。
「結婚指輪に宝石なんてつけて大丈夫なの?」
「何言ってるの?必須だよ」
意味が分からないという顔でランスが私を見る。確か両親の結婚指輪に宝石はついていなかった。貴族街のアクセサリーショップで見た結婚指輪にも宝石はついていなかった。
公爵家ほど裕福になると結婚指輪にまで宝石をつけるのか。
「あと一時間くらいしたら宝石商が来るからそれまでお茶しておこうか」
「うん」
きっととんでもない宝石商が来るんだろうなと思いながらお茶を飲んでいたのだが、勿論その通りだった。
しっかりランス色になった私の結婚指輪と、私色になったランスの結婚指輪。
本物を見るのが楽しみだ。
結婚式はまだもう少しお待ちください(>_<)




