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それはただの始まりに過ぎない。

流血表現があります。

 家族と会えなくて寂しいと思うことも多かったけれど、学院はとても楽しい。

 私は2年生になった。テストで6位を取って、無事第一クラスを維持することができた。

 メンバーは去年と全く同じだ。


「入れ替わりがなかったわね」

「そうね、でも第一クラスは入れ替わりがないことが多いんですって。ほら、第一を維持したいから必死で勉強するでしょう。特に高位貴族では第一から第二に落ちるのは恥だとすら言われているのよ、私も入学前に散々言われたわ。厳しいお家では廃嫡になることもあるそうよ、これは噂だけれど」


 それは流石に尾ひれがついているのではなかろうか。だが言いたいことは分かる。クラスが落ちるということは、努力をしていなかったと捉えられる。真面目に勉強していれば、順位を上げることはできずともクラスが落ちることはないと考えるのだ。

 トップは相変わらずアンスリア様だ。貴族を代表して王太子妃になるのだからトップにならないと、とアンスリア様は言っていた。


 勉強して、同じクラスのご令嬢と話して、勉強して。

 とても楽しい、充実した日々を送っていた。

 これが続くのだと信じて疑わなかった。

 けれど、神様は残酷だった。




 その日、私はリーシャと購買に向かっていた。

 放課後クラスの女子生徒複数人と一緒に勉強していたとき、私のインクが切れた。買いに行こうと席を立ったのだが、リーシャももうすぐインクが切れそうだから買いに行くとついてきたのだ。

 二人で歩いていると背後から彼の声がする。ちらりと盗み見ると、彼とその友人で第一クラスの同級生であるランスロット・フォン・シュリーレン公爵令息が並んで歩いている。美しい容姿を持ち公爵令息という身分を持つ二人が並ぶと壮観だ。


「私どうしても積分が苦手なのよ。微分はできるのだけれど、どうしても積分ができないの。……リーナ?」

「え?あ、ごめんなさい。積分は私もそれほど得意ではないけれど、ユイシス様が得意みたいよ」

「あら、そうなの?分からないところがあればユイシス様に相談してみようかしら」

「この前私も教えて頂いたけれどとても分かりやすかったわよ。――リーシャ!!」


 階段を下り、踊り場を越えたあたりでリーシャの上に何かが落下してくるのが視界に入った。咄嗟にリーシャを庇うが、その拍子にバランスを崩してしまう。

 あ、落ちる。

 そう思ったときに、私の腕が強い力で引っ張られた。

 リーシャを抱えたまま踊り場に尻餅をついたとき、私達の代わりに彼が階段から落ちていくのが目に入った。


「アル!!」

「アルベール!!」


 私とシュリーレン様が同時に叫んで階段を駆け下りる。一拍遅れてリーシャも追従してきた。

 階段の下に倒れている彼の頭の下に血だまりが広がる。彼は意識を失っていた。


「アル、アル、」

「ルドウィジア嬢、落ち着いて。おい誰か先生呼べ!くそ、出血が多いな」

「は、ハンカチしかないの」


 私はシュリーレン様にハンカチを手渡す。リーシャもハンカチを差し出し、シュリーレン様も自分のハンカチを取り出して3枚のハンカチを出血していると思われる側頭部に押し付けた。

 血が引いて青白くなっている彼を見て涙がとめどなく溢れ出す。


『女の涙は武器。使いどころを間違えないようにしなさい』


 モンドリアン伯爵夫人のその教えが頭をよぎって必死で涙を止めようとするが、止まってくれる気配はなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、私がサボテンの鉢を落としてしまったから」


 頭の横ににゅっとハンカチを握った手が伸びてきた。手を辿るとそこにははらはらと涙を流す、見知らぬ女子生徒がいた。確かトルストイ伯爵令嬢だったはずだ。

 シュリーレン様は小さく舌打ちをしてハンカチを受け取り、私達のハンカチに重ねる。

 そのとき廊下を走ってくる足音が複数聞こえてきた。


「おい!どうした!……大丈夫か!意識は!」

「ありません。側頭部から出血です。止血中ですがまだ止まっていません」


 野太い男性教師の問いにシュリーレン様が淡々と答える。だがシュリーレン様の顔は真っ青だった。


「医務室に運ぶ。担架に乗せるからシュリーレン、手伝ってくれ」

「はい」


 1、2、3の掛け声とともに先生とシュリーレン様が彼を担架に乗せた。


「シュリーレンとそこ3人もついてきてくれ」


 先生と医務室の教諭が駆け足で担架を運んでいく。シュリーレン様と私、リーシャ、サボテンの鉢を落としたという女子生徒がそれに続いた。

 医務室に着き、教諭がテキパキと彼に処置を施してゆく。私達4人は先生に状況を説明することになった。話すのはシュリーレン様だ。


「僕とユーステスがルドウィジアとベリティスの後ろを歩く形で階段を下りていました。そのときトルストイが階段上からサボテンの植木鉢を落とし、落下先にベリティスがいました。ルドウィジアはベリティスを庇ってバランスを崩し、階段から落ちそうになったところをユーステスが助けて代わりに落下しました」

「訂正事項、補足事項はあるか」


 先生の問いに私達3人はないと答えた。


「トルストイ、植木鉢を落とした経緯を説明しろ」

「は、はい。私の班が清掃担当だったため、床に置かれていたサボテンを上に置きました。私の不注意で体がサボテンに当たってしまい、サボテンが落下しました」


 トルストイ伯爵と私達4人の家は特に関わりがなく、敵対もしていない。私はともかく身分が上である3人に怪我をさせても良いことは何もない。故意でないことは怯えて震えているのを見れば明らかだった。


「トルストイ。君が故意でなかったとしても結果的に傷害を負わせたことになる。学院としては両家とここにいる3人の家に経緯を伝えなければならない。未成年だから罪には問われないが、おそらく慰謝料を支払うことになるはずだ。ユーステスがどれだけ回復するかにもよるが、少なくともユーステス公爵家には相当額を支払わなければならなくなるだろう。確かに君は故意ではなかったが、君の不注意でこうなっている。責任は君が負わなければならない。分かるか?」


 はいと頷いたトルストイ伯爵令嬢は可哀想なくらい真っ青になって震えている。彼女にとってのベストは私が階段から落ちることだった。それを彼が助けたことで事態は重くなった。

 だが彼は悪いことをしていない。愛する婚約者を守った、それだけだ。どんな結果になろうとも、いくら彼女が怯えても、悪いのは彼女である。

 トルストイ伯爵はおそらく莫大な金額を慰謝料として支払うことになり、社交界では針の筵となるだろう。そして伯爵家で彼女は肩身の狭い思いをすることになる。彼女はもう終わりだ。

 それをいい気味だと思う私がいる。私の愛する彼に怪我を負わせたのだからそれ相応の罰を受けなければならない。故意でなかったとしても関係ない。

 ジャッと背後でカーテンが開いた。


「処置を終えました。出血は多かったですが命に別状はありません。ただ意識が戻るまでどれだけかかるかは不明です」


 命に別状はない。

 その言葉を聞いて私は安堵で膝から崩れ落ちた。


「よかった……」


 止まっていた涙が再び溢れる。リーシャが私をぎゅっと抱き締めてくれた。

一クラス10人です。リーナのクラスは女子と男子が五人ずつでした。

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