誰にも文句は言わせない。
説明回。
私達貴族は例外なく貴族学院への入学が必須となる。
3年制の義務教育みたいなもので、学費も食費も日用品の購入費も必要ないが、全寮制であり、外部との接触は親兄弟を含めて全面禁止となっている。勿論例外はあって、三親等までの死亡と王族からの正式な召喚だけは許可されている。
学院では身分の上下は存在しない。公爵家の跡継ぎと男爵家の三女であっても全く同じ身分となる。だからこそ子爵家の令息であった父と公爵家の令息であった彼の父親が親友となり、男爵家の次女であった母と侯爵家の長女であった彼の母親が親友となることができた。とはいえ貴族の常識としてある程度の礼儀は必要となるのだが。
クラスは成績順である。入学時と学年末のテストの点数でクラスが決定する。一般的に最上位である第一クラスには高位貴族が多く、下がっていくにつれて爵位も下になっていくのだが、第一クラスにそれこそ男爵家の次女がいることもあるし、第三クラスに公爵家の後嗣がいることもある。後者は滅多にないが。
私と彼は順調に仲を深めていた。数回のお忍びデートもした。間違いなく愛し合っていた。
正式に婚約者として発表されていない私達が学院で過度に接触するわけにもいかないし、そもそも学院では恋愛が禁止されている。相談の末、学院では同級生としての距離以上には近付かないことにした。
「距離があっても僕の君への気持ちが冷めることはないよ。君もそうだろう?」
「ええ、勿論。三年の我慢よ、三年経てば私達は婚約者になっていくらでもイチャイチャできるもの。それを楽しみにしているわ」
「寂しいけど僕も我慢するよ。きっとクラスも同じ筈だ」
そのとき初めて私達は口づけをした。惜しむように繰り返された口づけに、私は陶然とした。
「アル……」
「ああもう、煽らないで」
「二人きりで会えるのは今日で最後だもの。アル、愛してる」
「ああ、僕も愛してるよ」
欲の滲んだ甘い声でかけられた愛の言葉に私は泣きそうになった。
私も彼も第一クラスだった。皇太子妃にでもなれるレベルだとモンドリアン伯爵夫人に太鼓判を押された私が第一でなければモンドリアン伯爵夫人の名折れだ。
少なくとも同じクラスでいられたことに私は安堵した。クラスが異なれば会える機会は滅多にない。
私達は完全に関係を断った。好きで好きでたまらなくて、けれどそれを悟られないように細心の注意を払った。彼の甘い瞳も甘い声もなくなって、すごく寂しかったけれど彼との結婚生活のためだと思ってひたすら我慢した。
私には親友ができた。侯爵令嬢のリーシャ・フォン・ベリティスだ。高位貴族は教育によって表情が乏しい傾向にあるが、彼女も例に漏れず表情があまり変わらない。けれどその性格は明るく、冗談を言って周囲を笑わせることも多かった。所謂クラスの人気者。
何故そんな彼女と私が親友になれたかというと、彼女は腹芸が少しばかり苦手だったからだ。もっとも、それはあくまで少しばかりであり、おそらく低位貴族と比較すれば遥かに腹芸に長けているのだろう。ただ高位貴族としてならば少し足りない。私はモンドリアン伯爵夫人のスパルタ教育のおかげでかなり腹芸は得意になっていたが、低位貴族として彼女の気持ちがよく理解できた。
「リーナとは素で話せるから嬉しいわ。アンスリア様のような方は尊敬できるけれど、とても緊張してしまうもの」
「アンスリア様のようにオーラがある方でないと王太子殿下とは婚約できないわよ」
アンスリア・フォン・エスクァイア公爵令嬢は今年の新入生の首席だったそうだ。パーシヴァル王太子殿下の婚約者で、筆頭公爵家のご令嬢である。それはそれは素晴らしい方で、正義感が強く誰にでも親切だ。気の強そうな美しい顔立ちで、実際気が強い面はあるが、驕ったところもなく、身分を振りかざすこともない。学院の全ての令嬢がアンスリア様を慕っているといっても過言ではない。
ただ一点アンスリア様に欠点があるとすれば、
「ああ、ヴァル様に会いたいわ……」
殿下のことが好きすぎることである。
学院内で恋愛は禁止されているが、それは学院内でのことである。婚約者で恋人の殿下が学院生ではないアンスリア様は決して校則に抵触していない。
しかしアンスリア様の惚気は酷い。普段はオーラがあって素晴らしい方なのだが、一度殿下の話になればデレデレとした表情になって入学以前の惚気話を散々聞かされる。
因みにこれはアンスリア様の片想いではなく、殿下もアンスリア様を溺愛しているという噂だ。男子が言っていた。
羨ましい、と思う。私だってデレデレしたいのに、と。
けれどそれを私が顔に、口に出すことはない。愛する彼と結婚するためならばその程度我慢できる。
それに、学内に元々気持ちの伴う婚約者がいる生徒は私達の他にもいる。そういった生徒も、学院生の間は婚約者として、恋人としては接さない。私達のように一同級生として関わるのみだ。
いくら堂々とデレるアンスリア様が羨ましくても、我慢しているのは私だけではないのだから。
「リーナ様はすごいわね」
ある日クラスの女子生徒でカフェテリアで食事をしているとき、突然ある侯爵令嬢が言った。
「何がでしょうか?」
「リーナ様は子爵令嬢でしょう?けれど高位貴族と同じくらい教養を身に着けているわ。マナーもそうだし、知識も深い。低位貴族なのに私達高位貴族と並べるのはすごいと思いますの。ああ、嫌味ではないのです、そこは勘違いしないでくださいね。ただ単純にすごいと思ったのです」
慌てたように弁解する様子は純粋に私を褒めているようだった。
「ありがとうございます。もし高位貴族の男性と恋をしたときに、教育の差が理由で諦めることになってほしくないと両親が言っておりました。低位貴族である私が高位貴族である殿方と恋をすることなんてないと思うのですが」
実際には既に公爵令息と婚約しているも同然なのだが、それを言うわけにもいかないので眉を下げて誤魔化す。丸っきり嘘というわけでもないので許してほしいと思う。
彼女はあっさり納得してくれた。
「そうなのですね。確かに身分差は気にしなくてもマナーと教養は気にするという家も多いみたいです。確かにリーナ様ほどの教養があれば高位貴族の男性との恋を諦めなくてよくなるかもしれないですわね」
「その通りよ。実はエスクァイア公爵家でも結婚相手の条件は身分ではなく三年間第一クラスであることなの。さらにマナーも完璧であるリーナ様がこのまま3年間第一クラスを維持できれば、多くの高位貴族の殿方の妻としての条件はクリアしていると思うわ、私が保証します」
「まあ、ありがとうございます」
アンスリア様が笑顔で頷いてくれる。同席していた令嬢たちも同意する。これで私が高位貴族に嫁いでも誰も文句を言えなくなった。筆頭公爵家の令嬢であり王太子殿下の婚約者であるアンスリア様が保証したものを覆すことができる者など、エスクァイア公爵家の人間と王族以外誰もいない。
事実を言っていないのは心苦しいが、アンスリア様の保証が得られたのは大きい。
この会話を始めてくれた侯爵令嬢に、私は心から感謝した。
王族は貴族学院には通いません。教育は10歳までに終わらせ、その後は執務に取り組んでいきます。
よって乙女ゲームのように低位貴族と恋に落ちることはありません。