その幸せを知っているから。
それから1ヶ月半が経って、婚約発表パーティーの日がやってきた。
婚約発表パーティーまでの1ヶ月半の間、私達は週に一度会っていた。デートのときもあるし、どちらかの家でお喋りするだけのときもある。
本当なら側近であるランスが丸一日の休暇を毎週とることなどできないのだけれど、そこは婚約者を溺愛している王太子殿下が主人だ。ランスの気持ちは分かるとかで婚約期間のみ許可してくれたそうだ。
「好きだよ、リーナ」
ランスは沢山そう言ってくれる。初めは彼を思い出すこともあった。何故なら彼もよくそう言ってくれたからだ。
けれど、今はもう彼を思い出すことはない。だって私はもうランスを好きになっている。ただその気持ちはまだランスに伝えられていない。私も好きとそう言えばいいだけなのだが、恥ずかしくてどうしても口から出てこない。
だから今日伝えると、そう私は決めていた。
ランスは自ら私を迎えに来てくれた。
「ああ、綺麗だ。本当に、凄く綺麗だ」
うわ言のようにランスが綺麗だと連呼する。しかし私はそれどころではない。私の色を纏ったランスが素敵すぎたからだ。
「ランス、凄くかっこいい。目が離せなくなるくらいに――」
「リーナ。君はこれからもエメラルドグリーンしか着なくていいよ。俺のものだって主張しておかないと誰かにとられてしまう」
蕩けるような目で私を見たランスは、そのまま私を軽く抱き締めた。ドレスが崩れない程度の軽い抱擁だったが、それでいて私が抜けだすことのできない程度の強さ。
温かさで緊張がゆるゆると溶けてゆく。
私はおずおずと大きな背中に手を回した。ぴくりとランスが反応する。私が応えるとは思っていなかったようだ。
「だっ駄目よランス。同じ色ばかりじゃ変化がないしお針子さん達も大変でしょう」
やはりその色ならではのデザインがある。赤だと綺麗なデザインが緑だとぱっとしないということもあるのだ。
「な、なら。ドレスは俺が贈るもの以外着ないで」
ランスはこつんと額同士を合わせ、微妙に拗ねたように言った。果たしてランスはこれほどまでに独占欲の強い男だっただろうか。
まあ例えそうだとしても、私はランスを好きだから嬉しいだけで問題はない。
「もうっ、何言ってるの」
「だって俺のものだと分かるようにしておかないと誰かにとられるかもしれないじゃないか」
ランスは私から体を離して口を尖らせた。
何故だろう。今日はやけにランスが甘い気がする。誤解のないように言っておくが、いつものランスは決してこうではない。突然キャラ変した可能性もなきにしもあらずではあるが……。
そんなことを考えていたのとランスの言葉が嬉しかったのとで、私は気付けばぽろりと本音を零してしまっていた。
「そんなことしなくても私はランスのことが好きなのに」
我に返って失言に気付き、ばっと両手で口を押さえる。
「リーナ、」
「ち、違うの!違くて、その、」
「違うの……?」
ぱっと分かりやすく顔を輝かせたランスだったが、これまた分かりやすくしょんぼりとしてしまった。これじゃあ叱られた大型犬みたいではないか。ぺたんと垂れた耳としっぽの幻影が見えてきそうだ。
しかし私とてランスをしょんぼりさせるのは本意ではないし、そもそも何も違わない。元々今日告白するつもりだったし、と腹を括った。
「……違わない。ずっと言わなくてごめんね。ランス、私もランスのことが好き」
ランスがひゅっと息を吞む。その唇が小さく震えている。
次の瞬間、ランスががばっと私に抱きついてきた。ぎゅうっと強い力で抱き締められる。
「リーナっ、愛してる!」
「ストップ、ランス!ドレスが崩れてしまうわ!」
特に今日は婚約発表パーティーということもあって繊細なドレスなのだ。
慌てて私が引き剝がそうとするとランスもはっとしたように私を解放した。
「申し訳ございません。そろそろお時間でございますので続きは馬車の中でお願い致します」
大して申し訳なくなさそうに声をかけてきたのは我が家の執事だ。
二人きりの世界に入ってしまっていたことに気付いて顔が熱くなった。
「取り敢えず馬車に入ろうか」
エスコートに腕を差し出すランスは非常にご機嫌である。にっこにこだ。
馬車に乗り込んだ私達は、使用人全員に見送られてシュリーレン公爵家に発った。
⁑*⁑*⁑
シュリーレン公爵夫妻、というよりはランスのご両親に挨拶をし、パーティーが始まった。
婚約発表が済んで、参加者が私達への挨拶のために列をなす。その多さにうんざりした。
主催者への挨拶は家の爵位が高い者からだ。爵位が同じ場合、五十音順となる。
挨拶は所詮挨拶。おめでとう、ありがとう程度の話しかしないので楽だが、全員の挨拶が終わった頃にはかなり疲れてしまった。
「はは、リーナ疲れてるね」
「ん……。結婚披露パーティーはもっと沢山の人が来るでしょう?自分が心配だわ」
「それまでにパーティーはまたあるだろうし慣れるよ。さ、行こうか」
ここからは個人行動だ。ノンアルコールのシャンパンを取って私は元第一の女子生徒の元を回った。
想い合っていることは皆分かったようで、すごく祝福してくれた。
さてどうしよう、と思ったときに私に話しかけてきたのはユリウス様だった。
「カルメリーナ嬢」
「まあユリウス様。その節は申し訳ありませんでした」
「いいんですよ、気にしないで下さい。それに私が貴女の立場ならランスロットを選ぶでしょうし」
「ありがとうございます」
ユリウス様は本当に何も気にしていないようだ。とはいえ、それならいいかという訳にもいかないので曖昧に笑っておく。
「いえ、本当に。それにランスロットにして正解だと思います。彼は貴女のことを女性として愛しているようですし」
ユリウス様が揶揄うように笑う。ユリウス様のそんな表情を見るのは初めてで、私は内心少し驚いてしまった。
「ええ、その、あ、愛していると言っていただけました」
「今もこちらをちらちら見ていますしね」
「へっ!?」
ユリウス様が私の背後に視線を向ける。その先に目を向けると、ランスとしっかり目が合った。ぱっとランスが顔を背ける。
「はは、愛されていますね。貴女も彼を、ですよね」
「はい。愛しています」
女の子組にも言われたが、やはりこの話は少し恥ずかしい。
ユリウス様から目を逸らした私には、ユリウス様の表情は見えなかった。
パーティーの同爵位の入場順、五十音順とアルファベット順で悩んで五十音順にしました……。
序列はない設定なので。




