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そこにあるのはきっと幸せの大小の違い。

大学が始まって忙しくなったので隔日更新にします。

 暇になってしまった。

 厳密には特に暇という訳ではない。他の招待客に挨拶をしなければならない。

 本来は身分の高い人のところに行くべきなのだが、誰かと話をしているところに割り込むのは必ずしも正しくはない。それを見極めることができるかが社交の要の一つだ。

 一人になっている人を探す必要がある。フロアを見渡すと丁度アンスリア様がキルケニー様と別れたところだった。このパーティーに王太子殿下は参加していないようで、現時点で身分が最も高いのは王族の婚約者であるアンスリア様だ。丁度よかった。


「アンスリア様、ご無沙汰しております」

「リーナ嬢、久しぶりね。そんなに堅くならないで学院のときのように話して頂戴。第一だった方の何人かとお話したのだけれど、皆リーナ嬢みたいに堅いの。ただでなくてもこの身分の所為で距離を取られがちなのよ、学院でのクラスメイトにくらいは仲良くしてもらってもバチは当たらないと思うの」


 鉄壁の微笑みから発された声は完全に拗ねている。そのギャップについ笑ってしまった。


「ではそうさせてもらいますね」

「ええ、それでいいのよ。それにしても早かったわね」

「そうですね。けれどアンスリア様もお気付きだったのでは?」

「ふふふ、そうね。伊達に王太子殿下の婚約者を務めている訳ではないのよ」


 目的語を述べない会話は貴族特有のもの。内容は勿論彼とリーシャの婚約だ。

 扇で隠された口元は挑戦的に笑みを象っていることだろう。


「リーシャが好きな人と結婚できるのであれば私も嬉しいです」

「割り切っているならいいけれど。貴女もつくづく不運ね、重なってしまうなんて」


 私は目を瞠る。つまり、アンスリア様は。


「……お気付きだったのですか。隠し通せている自信はあったのですが」

「人の機微を読むのは得意なの。隠し通せてはいたんじゃないかしら。シュリーレン様は気付いていらっしゃったようだけれど」

「先程そのようなことを仰っておりました。ですがアンスリア様がご存知だったことはお気付きにならなかったようです」

「気付かないふりくらいはできるのよ。……貴女を覚えていない、で合っている?」

「仰る通りです」


 小声で交わされる会話は核心を突いていた。アンスリア様がこれを訊いたのは、ランスロット様と同じ目的が半分と、私への心配が半分。


「そうなのね……貴女が第一にいたのは?」

「アンスリア様は全てお見通しのようですね」


 くすくすと笑ってみせるとアンスリア様は苦笑した。


「そう。貴女は婚約は?」

「いえ、まだ。努力を無駄にしないようなお家に嫁ぎたいのですが、なかなか上手くはいかないものですね」


 私が眉を下げると、アンスリア様が確信めいた笑みで首を傾げた。


「一年経つ頃には婚約者が決まっていると思うわよ」

「そうだと良いのですが」

「もしも貴女のお眼鏡に適う相手がいらっしゃらなければ私に任せておきなさい」

「そんな恐れ多い」

「折角のクラスメイトとしての縁ですもの」


 そう言うとアンスリア様はぱちりと扇を畳んだ。この話題はこれで終わり、という合図だ。


「それでは他の方々にも挨拶をしなければなりませんので一旦失礼します」

「そうね。ではまた」


 薄く微笑みを浮かべてアンスリア様の元を辞し、片っ端から挨拶を終わらせていく。男性とはそれほど交わす言葉もないため簡単に終わらせ、女性とは後で集団で話すことになるのは分かり切っているのでこちらも簡単に済ませる。

 人数が少ないが、ほぼ初めてのパーティーと言っても過言ではない。喉も渇いたし少し疲れた。

 ノンアルコールのドリンクの区画とスイーツの区画が反対側にあるのに舌打ちしそうになりながら、まずは飲み物を取りに向かった。

 赤ワイン、白ワイン、シャンパン、果実酒が数種類。パーティーで用意される飲み物としては定番だ。少し迷って私は檸檬水を選んだ。理由は簡単、お酒に飽きたのと今からスイーツを食べまくるからだ。甘いのは無理。

 一口飲んで、グラス片手にスイーツの区画へ向かう。ランスロット様と侯爵令嬢が去ったのは確認済みだ。


「ん、美味しい」


 ユリウス様に勧められたチョコレートを一つずつ口に放り込む。沢山あるのに全て味が異なるのが素晴らしい。お気に入りはやっぱりホワイトチョコレート。

 ただチョコレートばかりも飽きるので、たまに焼き菓子やケーキも口にする。

 ほろほろのクッキーやしっとりしたマドレーヌ、濃厚なチョコレートケーキやとろけるクレームブリュレ。

 色々あるが一番気に入ったのは主張しすぎないアーモンド風味のフィナンシェだ。


「やあ、カルメリーナ嬢、また会ったね。いいスイーツはあった?」

「あら、ランスロット様。私はこのフィナンシェが一番でしたわ。ランスロット様は如何でしたか?」

「俺はまだあんまり食べられてないんだけどね。そうだな、ガレットとポルボロンが気に入ったかな。でもこれもいいよね、パブロバ。こんなに生クリームが載ってるパブロバは初めてだ」


 ランスロット様がパブロバを手に取り、一口食べた。瞬間口元がとろりと緩む。


「ランスロット様は生クリームがお好きなのですか?」

「大好きだね。しっかりしてるのもいいけど、とろっとろのやつが好き。君はそうでもない?」

「いえ、私も生クリームは大好きです。クッキーにとろとろの生クリームを載せて食べるのが好きです」

「ああ、いいよね。邪道だとか言う人もいるけど俺もすごく好き」


 話が楽しいのは事実だが、実は早くどっか行けとか思っていたりもする。同じ異性と長い間、それも親しそうに話していたら関係を疑われるからだ。

 この場合、私は侯爵家以下の貴族からの縁談が少し減ることになりかねない。それは困る。

 しかしこの男、多分気付いていてやっている。何という嫌がらせ。でも公爵家と子爵家という圧倒的な身分差があるから構われてしまえば返すしかないのだ。


「今度君を案内したい店はいくつかあるんだけど、生クリームメインの店もあるんだ。ケーキとかスコーンとか色々あるんだけど、そこに生クリームが添えられているんじゃなくて、それが生クリームに添えられているんだよ」


 思い出しているのか虚空を見つめるその表情は蕩けている。だらしのない表情のはずなのに、ランスロット様が浮かべると見惚れてしまうほどに似合っている。


「きっと気に入ると思うよ。楽しみにしててね」


 ランスロット様にとって私と下町に行くのは決定事項らしい。身分的に目上であるランスロット様に言われれば拒否できないので決定事項であるのは確かなのだが、何気に腹が立つ。


「分かりました。では私はこの辺で。折角なのでスイーツを楽しんで下さいませ」

「……じゃあまた今度ね」


 ランスロット様は笑顔で応えるが、明らかに不服そうである。

 私としては話が途切れた絶好のチャンスだったのだ、逃す筈がない。

 檸檬水を飲み干し、代わりにノンアルコールのシャンパンを手に取った。視線で周囲を見渡すと、アンスリア様を含めた第一クラスの女子生徒三人が話している。スイーツにも満足したしすることもないので、私もそこに混ざることにした。


「私もご一緒していいかしら」

「リーナ様!是非どうぞ。今王都に新しくできた文具店の話をしておりましたの」

「文具店?」

「そうなのです。ソーラス通りにあるそうで、クラリス様が行ったことがあるのですって。私もアンスリア様も知らなかったのだけれど、カルメリーナ様はご存知?」


 クラリス・フォン・ベルトラン侯爵令嬢。第一クラスの同級生だ。暇なときは基本貴族街をうろついているそうで、貴族街のことには凄く詳しい。

 因みにソーラス通りは貴族街で三番目に大きい通りだ。雑貨店や文具店、裁縫店や書店などが立ち並んでいる。


「いえ、私も初めて知りました。何というお店ですか?」

「デュボア文具店というお店です。どの文具もデザインがとても素敵なの。けれど私はそこに併設されたカフェがお勧めですわ!カフェ*フランソワといって、文具店のオーナーの奥様がオーナーを務めていらっしゃるの。あのふわとろのパンケーキはもう忘れられなくて……」


 うっとりとしたその表情はランスロット様のそれを思い起こさせる。


「私も行ってみたいですわ!クラリス様のお墨付きですもの、美味しいに違いありませんわ」

「そうですわね、私も行ってみたいです」


 私が同意するとアンスリア様が笑みを深めた。


「なら今度そのカフェでお茶会でも如何?巷で聞く女子会というものね。どなたかの家に集まるのもいいけれど、たまには外で集まるのも悪くないのではないかしら」

「アンスリア様!素晴らしいお考えですわ!参加者はリーシャ様も含めた元第一の五人で如何でしょう?」

「いいですね!そうとなってはリーシャ様にお声掛けをしなければならないわ」

「あら、私を呼びましたか?」


 私達が視線でリーシャを探していると、リーシャ本人が声を掛けてきた。


「ええ、今探しておりました!リーシャ様はカフェ*フランソワをご存知?」

「知っております、文具店に併設されているカフェですよね?」

「そうです!流石リーシャ様ですね、もうご存知だとは」

「実はアルがデートで連れて行って下さったの」


 リーシャが頬を染めて照れた。

 笑顔がひび割れなかった私を、褒めて欲しい。

パブロバ

 ニュージーランド発。土台がメレンゲ、その上に生クリームとフルーツをトッピングしたケーキ。

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