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貴方のためなら頑張れる。

 私と彼は婚約者で、恋人だった。

 けれど彼は、私を庇って私との記憶だけを失った。

 熱量が違ったのかな、と今になっては思う。

 もう二度と戻ってくることのない恋だ。


⁑*⁑*⁑


 私、カルメリーナ・フォン・ルドウィジアはルドウィジア子爵家の長女だ。兄が一人と妹が一人いる。

 私は嫁入りすることになるが、そこは貴族の結婚だ。所謂政略結婚の駒になれるならば本望。

 なのだが。

 私が幼い頃、私は恋をした。相手は父の親友と母の親友の息子のアルベール・フォン・ユーステス公爵令息だった。

 子爵家と公爵家は本来交わる筈のないほどに身分の差がある。それが何故交わってしまったかといえば、原則身分平等である貴族学院で父同士、母同士が親友になってしまったからに他ならない。

 彼が彼の両親に連れられて我が家にやって来たときのことを私は今でも覚えている。




「今日はね、久しぶりに息子を連れて来たのよ。リーナちゃんの遊び相手にでもなれればいいんだけど」

「まあ!リーナと同じだから今6歳ね。すごく大きくなったわねぇ!公爵様にそっくりじゃない、将来は女泣かせになりそうね」

「否定はしないわ」


 母の言う通り、彼は幼いながらにすごく格好良い顔立ちをしていた。

 身分の礼儀も忘れて見惚れてしまった私に、彼はにっこりと微笑みかけてくれたのだ。


「初めまして。ユーステス公爵が長男、アルベールです。君は?」

「し、しつれいしました!ルドウィジアししゃくがちょうじょ、カルメリーナともうします」

「そんなに固くならないで。僕のことはアルと呼んでほしいな。君のことはリーナって呼んでもいい?」

「はいっ、ありがとうございます、アル様」

「はは、堅苦しいな。アルでいいよ、敬語もなしにしよう。何てったって幼馴染になるんだからね」

「おさななじみ……ならかたいのはだめだね!アル!」


 公爵令息という遥か上の身分の人間と初めて話すということでガチガチになってしまった私を彼は柔らかい態度で解してくれた。

 実際は一度畏れ多いと断るべきだったのだろうが、まだ6歳になったばかりの私は子爵家の緩い教育と相まってそこそこ頭が悪かった。


「おかあさま!アルにおにわをごあんないしてもいい?」

「あらあら。いいわよ、遠くまで行き過ぎないようにするのよ」

「はいっ」


 母の許可を取って私は意気揚々と彼を案内した。といっても所詮子爵家の庭だ、それほど広いはずもない。

 さっさと案内は終了し、私達は遊んだり、母親たちのテーブルの上のクッキーをつまみながらぐだぐだとお喋りをしたりした。

 同じ6歳の筈なのに、彼は公爵家の子供だからか全く以て知識量もマナーも何もかも完璧で、私は彼に憧れた。

 そしてその憧れが恋に変わるまで1年もかからなかった。


 彼は、私と彼が結婚できないと理解していた。でも私は馬鹿だったから、馬鹿正直に彼に言った。


「ねえアル、私アルのことすきだよ。あのねぇ、大きくなったら私とけっこんしてほしいな」


 このときの上目遣いは渾身の出来栄えだったと思う。

 彼は切なそうに笑った。


「僕もリーナが好きだよ。本当はね、僕もリーナと結婚したい。でも僕は公爵家の跡継ぎで、君は子爵家の令嬢だ。身分が違いすぎるんだ。結婚はできないと思う」

「そっかぁ……でもアルも私とけっこんしたいなら、いっかいお父さまとお母さまに言ってみてもいい?だめならだめでいいの」

「……そうだね。言ってみるだけなら」

「じゃあいこ!」

「え、今!?」


 私は彼の手を握って両親同士が会話しているところに乱入した。


「お父さま、お母さま、私ね、アルとけっこんしたいの!アルもね、本当は私とけっこんしたいんだって。だめ?」


 私は私の少し後ろにいる彼が真っ赤になっていることに気付かなかった。

 しっかりと手を握った私達を見て、両親たちは口元を綻ばせて顔を見合わせた。好感触かと思ったが、そのまま困ったように口を噤んでしまった。


「だめなの……?」

「うぅん……うちとユーステス公爵家とじゃ身分が釣り合わないのよ。メリットもないの。うちはともかくユーステス公爵家は高位貴族だし、政略結婚の意味合いがうちより強くなるわ。だからね、」

「構わないよ」


 眉を下げた母の言葉を遮ったのは彼の父であるユーステス公爵様だった。


「私とモニカはたまたま身分が釣り合っただけで恋愛結婚だからな、息子が恋人と引き裂かれるのは忍びないと思ってしまうんだ。ただまあ、二人とも7歳でこれから気持ちが変わることもあるかもしれないから正式な書類を作るのはそうだな、学院の卒業のときでどうだ?」

「ええ、それがいいわ!大丈夫よ、書類と婚約式をしないだけで婚約者とはしておくわ」


 公爵夫妻がどんどんと話を進めていってしまい、私の両親がおろおろとしている。

 後で知ったのだが、正式な婚約を学院の卒業のときとしたのは、令嬢令息はその時期に婚約を結ぶことが多いからだそうだ。


「ただそうね。リーナちゃん、公爵夫人になる覚悟はある?」

「かくご?」

「そう。爵位が高くなればなるほど夫人に要求されるレベルも高くなるわ。本当ならしなくてもよかったことまで勉強しなければならないの。それでもいい?」

「それでアルとけっこんできるんならがんばります!」


 私が言うと公爵夫妻はにっこりと微笑んだ。


「ロベリア様、ニーナ、私のところから教師を紹介するわ。リーナちゃん、かなりのスパルタ教育になると思うけれど、アルと結婚するなら必要なことなの」

「はい!アルみたいになれるんですよね?私がんばります」

「そう。頑張ってね」


 よしよしと夫人が私の頭を撫でてくれる。


「待ってモニカ。流石に教師まで紹介していただくわけにはいかないわ」

「私の幼い頃の教師なのよ。スパルタだけれど成果は確かよ。後々のためにも彼女に教えを乞うのがいいわ」

「そう……ならお願いするわ。子爵家の伝手だとどうしても限界があるから有難いわ」

「気にしないで、リーナちゃんがうちに来てくれるためのことなんだから」


 その表情と声に嘘はなく、本当に私を歓迎してくれるつもりのようだった。

 幼いながらに私は気合を入れて公爵夫人になるための教育に励んだ。


 教育が終わったのは12歳のときだった。


「お嬢様、完璧です。実は王太子妃になれるレベルの教育までしていました。公爵夫人になるためだけの勉強なら本来ここまでしなくてもよいのですが、お嬢様は子爵家のご令嬢です。身分の差があります。公爵夫人として誰にも文句を言われない程度の教育が必要でした。もう誰も文句を言うことができないでしょう。お嬢様、よく頑張りましたね」


 いつも厳しかった教師が優しく微笑んで修了を告げたとき、涙が溢れた。必死に嗚咽を嚙み殺す。


「ほらほらお嬢様。未来の公爵夫人が簡単に涙を流してはいけませんよ。女性の涙は武器です。使いどころを間違えてはいけませんよ」


 叱り方も普段よりずっと優しい。私の涙の理由を十分に理解しているのだろう。


「先生、いえモンドリアン伯爵夫人。今までありがとうございました。相応しくないとは誰も言えない公爵夫人になってみせます」

「ええ。社交の場で楽しみにしています。貴族名鑑は毎年きちんと確認して覚えておくのですよ」

「はい」


 その日を以てモンドリアン伯爵夫人が私の家に来ることはなかった。

 来年の春からは貴族学院の生徒だ。卒業パーティーが社交場へのデビューとなる。そしてその日、私と彼の婚約が正式に成立する。

 モンドリアン伯爵夫人の名に恥じないように、立派な公爵夫人になってみせようではないか。

 そう私は再度決意するのだった。

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