表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/288

85 カドレア城 6

兄の言葉を聞いた東星は、不審そうな表情で指の一本を赤い唇にあてた。


「サフィア、物の道理が分かっているお前にしては、おかしな交渉ね。お前と契約を交わしたのは、2年と364日と21時間前だわ。つまり、あとたったの3時間で、お前の魔力はお前の元に戻るというのに、わたくしが喉から手が出るほど欲しがっている『魔法使い』の情報と等価に扱おうですって? 一体、何を狙っているのかしら☆」


対する兄は、何でもないことのように肩を竦める。

「ただのゲームだよ、カドレア。……だが、そうだな。初めてこの城に、私を迎えに来る者が現れたため、浮かれているのかもしれないな。ゲームが終了次第、彼らとともにこの城を去るが、魔力が戻っていた方が、私も格好がつくだろう?」


「……ふうん★★★」

そう言った東星の目が、細く細くなる。


「全くお前の考えが読めないけれど。あれほど追及しても、魔法使いなんて知らぬ存ぜぬで通していたお前が、突然、魔法使いに言及するなんて、何を企んでいるのかしらね?」


東星は疑いの視線で真正面から兄を見つめていたけれど、兄は見つめ返すだけで返事をしなかった。

そんな兄を前に、東星は暫く考えていた様子だったけれど、ふっと手元のカードに視線を落とすと、長く伸びた爪でカードの一枚を弾いた。


「……いいわ、その賭けに乗りましょう。わたくしの手札はこのままで結構よ。では、……ショーダウン★☆★」


そう言いながら、東星は勝ち誇ったような表情で、テーブルの上にカードを広げた。

「ストレートフラッシュ★」


公開された東星の手札は、ハートの7、ハートの8、ハートの9、ハートの10、ハートのジャックだった。

全てのカードが同じマークで構成され、連番の場合のみ成り立つこの手は、ストレートフラッシュと呼ばれる最強の役だ。


揃えようと思っても、なかなか揃えられるものではなく、この役を超えるには、同じくストレートフラッシュで、より数字の大きな連番を揃えるしかない。

つまり、5枚の手札全てを入れ替えてしまった兄に、ほとんど勝ち目はないということだ。


「お、お兄様」

思わず動揺したような声を上げてしまったけれど、兄は表情を崩さないまま、自分のカードに視線を落とした。


恐らく、手持ちのカードを入れ替えてから、初めて自分の手札を確認したはずなのだけれど、―――そして、自分の窮地を誰よりも分かっているはずなのだけれど、兄は何の感情も滲まない表情で「ああ」と呟くと、そのまま手札を公開した。

「同じくストレートフラッシュ」


兄の手札は、スペードの10、スペードのジャック、スペードのクイーン、スペードのキング、スペードのエースだった。


10以上の同種のカードで構成された連番は、ロイヤルストレートフラッシュと呼ばれる、ストレートフラッシュの中でも特別な役だ。

数十万回に1回出るかどうかの組み合わせで、それだけでも驚愕すべきことだというのに、さらに―――スペード、ハート、ダイヤ、クローバーの4種類のマークの中で、最も強いスペードで揃えられていた。


つまり、兄の手札はゲームの中で最強の手であり、完膚なきまでに東星を叩きのめしたということだった。


そのことを十分分かったうえで、兄はとぼけたような声を上げる。

「ああ、失礼。正確には、ロイヤルストレートフラッシュと言うべきだったな」

そうして、邪気がなさそうな表情でにこりと微笑む。


けれど、東星は兄の表情に着目することなく、兄のカードを確認した瞬間、乱暴な仕草で椅子から立ち上がると、ぎりりと唇を噛み締めた。

「サフィア、お前は何をしたの!?」


「うむ、質問の意味が分かりかねるが」

兄はわざとらしくも首を傾げると、質問の意図が分からないといった様子で返事をした。


……けれど、どんなに兄の芸が細かろうとも、誰もが演技であると分かっていた。

私たちも、そして、東星も。


その証拠に、東星は大きく表情を歪めると、糾弾するような声を上げた。

「とぼけないでちょうだい! スペードのロイヤルストレートフラッシュですって!? 全ての役の中でも最強の手札よ! 5枚ともに手札を変えておいて、そんな役を作るなんて、絶対に不可能だわ!! お前が今日中に死ぬ確率の方が、何倍も高いわよ★★★」


「やあ、ということは、この手札を揃えられた私は、今日を生き延び、明日まで生き残れる可能性が高くなったということだな」

兄は涼し気な表情でそう言うと、座っていた椅子から立ち上がった。

それから、美しい所作で洒落た形の手袋を外すと、テーブルの上に置いた。


「悪いな、カドレア。お前は私の魔力を戻すつもりなどなく、その前に私を喰らうつもりだったのだろうが、……約束という名の契約だ。魔力を返してもらおう」


そう兄が言葉を発した瞬間、―――契約の履行が開始され始める。

兄の言葉に呼応するかのように、兄の手の甲、そして、東星の手の甲が光り出した。


「くっ、サフィア……!!」

東星が噛み締めた唇の間から、悔し気な声を漏らす。

けれど、兄は東星に一切構うことなく、光り始めた自分の左腕を前に突き出した。


兄の手の甲に描かれていた東星の紋がより一層強く輝くと、紋のみが勢いよく浮き上がり、兄の手と分離した。

そして、兄の手から分離した東星の紋は、勢いよく東星の手の甲に戻る。

同時に、東星の手の甲に描かれていた兄の紋が、兄の左手に移った。


―――瞬間、空間を震わすような力の振動で、城全体が揺れる。

私を含めた誰もが、恐ろし気な表情で城の壁を見つめたけれど、兄だけは目を瞑り、左手の甲を反対側の手でぱしりと押さえた。

それから、目を瞑ったまま、何かを感じ取るかのように左手の甲を撫で続ける。


しんとした沈黙が続いた後、兄が恍惚とした声を上げた。

「……やあ、魔力が体中を巡っている。久しぶりの感覚だな」


それから、兄は少しだけ目を開き、口の端を引き上げた。

「カドレア、君に魔力を戻してもらったおかげで、私は非常に良い気分だ。この高揚した気分のまま、仲間たちとともにこの城を去ろうと思うのだが、遊戯終了ゲームオーバーということでよいかな?」


「いいわけ、ないでしょう★★★」

憎々し気な表情とともに東星が叫んだ。


東星の声が響くと同時に、天井から床まで、あるいは、床から天井までを貫く形で、轟音とともに太い柱が何本も現れる。


ドン、ドン、ドン!! との音とともに現れた数百本の柱は、私たちを東星とともに閉じ込める形で、四方全てをぐるりと囲った。


「サフィア、よくもこのわたくしを謀ったわね! まさか、まさか、この場に魔法使いがいるなんて!!」


東星はそう叫ぶと、ぎらりとした視線で私を睨みつけてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★Xやっています
☆コミカライズページへはこちらからどうぞ

ノベル9巻発売中!
ルチアーナのハニートラップ講座(サフィア生徒編&ラカーシュ生徒編)
サフィア&ダリルと行うルチアーナの断罪シミュレーション等5つのお話を加筆しています

ノベル9巻

コミックス6巻(通常版・特装版)発売中!
魅了編完結です!例のお兄様左腕衝撃事件も収められています。
特装版は、ルチアーナとサフィア、ラカーシュの魅力がたっぷりつまった1冊となっています。

コミックス6巻


コミックス6巻特装版

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

― 新着の感想 ―
[気になる点] 契約は絶対だから、魔力が戻ったは良いとして、元々の契約の方、魔力を戻すつもりがなく食おうとしてたは契約違反では?
[良い点] え!?兄最強?? (๑°艸°๑)‼✧ステキ [気になる点] サフィアが素敵過ぎて最近攻略対象者の影が薄すぎる件・・・(笑) メインヒーロー(王太子)に至っては全く出てこないないし!ꉂꉂ◟(…
[一言] お兄様がこんなにカッコ良かったらブラコン真っしぐらですねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ