78 コンラート 12
現実的で常識派の3人がどうしたのかしら!? と、動揺した私の口から可笑しな発言が飛び出る。
「そんなことはあり得ませんよ! いつだって、悪い魔女の呪いを解くのはお姫様だと相場が決まっているんです! 私はお姫様ではなく、悪役令嬢でして……!!」
「ルチアーナ嬢?」
訝し気なラカーシュの表情を見て、自分が意味不明なことを口走ってしまったことに気付き、はっとして口をつぐむ。
私の突拍子もない発言の意味を全く理解していないだろうに、ラカーシュはまるで私を慰めるかのように微笑むと、優し気な言葉を続けた。
「落ち着いて、ルチアーナ嬢。あくまで推測の範囲だし、ダリル殿が取り戻した体も一時的なものかもしれないのだから。……いくら魔法使いの魔道具だとしても、命付きの器を完全に手に入れられるなど、さすがに荒唐無稽すぎるように思われるからね」
「で、ですよね」
というか、マジックアイテムというよりも、ただのお菓子ですけどね。
そして、仮初だとしても人間の肉体を手に入れるなんて、十分荒唐無稽な話に聞こえますけどね。
そう心の中で言い返しながら、少しだけましになったラカーシュの推測に同意すると、項垂れているコンラートを見つめた。
「コンちゃん、お姉さまは全然よく分かっていないのだけれど、多分、……コンちゃんは昔、ダリルだったのだけれど亡くなっていて、『東星』にもらった獣の姿でいたんだけど、今は一時的にダリルとしての体を取り戻したと、そういうことみたいよ」
もっともらしく説明はしてみたものの、私自身が理解していないというのに、そんな私から説明をされても分からないわよねと困ったようにコンラートを見つめると、どういう訳か彼は納得したかのように頷いた。
「そうなんだ。だから、僕はお姉さまと話すことができるようになったんだね。……だとしたら、嬉しいな。獣でいたいと願ったけれど、実際になってみると誰にも相手にされない生活は寂しくて、……だけど、お姉さまだけはいつも話しかけてくれたから、僕はいつか人間に戻って、お姉さまとお話をしたいなと思っていたんだ」
「そうなのね! お姉さまもコンちゃんとお話が出来て楽しいわ」
コンラートの孤独の深さはとても理解できないけれど、私と話をすることが嬉しいと聞いて、楽しいものがあることが嬉しくなる。
けれど、私の言葉を聞いたコンラートは、悲し気な表情になった。
「でも、僕は……人間になるためには、カドレアとの契約を完了させる必要があると分かっていたけれど、契約でがんじがらめにされるのが嫌で、『新たな命のはじまり』を申し出なかったんだ。……望みを叶えるために対価を払うことは当然なことなのに。僕は昔からずっと弱虫で、すぐ逃げ出すんだ」
俯いたまま、コンラートは落ち込んだような声を出した。
コンラートの気持ちが理解できるため、私は「仕方がないわ」と言いながら、彼の頭をゆっくりと撫でる。
……失った命を取り戻すなんて、大変な事象だ。
その対価がどれ程大きなものかだなんて、想像に難くない。
だから、コンラートが差し出すものの大きさに怯えて躊躇したとしても、責められるはずがないわ。
そう思って、慰めるかのようにコンラートの頭を撫でていると、彼は小さな声で言葉を続けてきた。
「それにね、カドレアだって、いつまでたっても僕の『魅了』を使用しようとはしなかったから……、だから、僕も弱い心のままに、ずるずると契約を曖昧な状態のままにしてしまった」
「え?」
それはどういうことかしら? 『東星』はダリルの『魅了』がほしくて、契約をしたはずだよね?
それなのに9年もの間、1度も使用しないなんてことがあるのかしら?
そう不思議に思う私に対して、コンラートは説明を続けた。
「……たとえばね、カドレアはサフィアの魔力が欲しくて、3年前に策を弄して契約を結んだけれど、本来ならば、僕の『魅了』でサフィアを虜にした方が簡単なはずなんだ。けれど、カドレアはサフィアとの契約時を含めて、1度だって僕の『魅了』を利用したことはない」
「そうなの? どうしてなのかしら?」
全く理由が分からないため、質問する。
「特殊魔術はその家柄だけに秘されてきた、解析されていない魔術だから、行使することでその魔術について知る者が増え、対抗魔術を編み出されるリスクが高まってしまう。だから、カドレアは僕の『魅了』を使いたがらなかった。とっておきの1人にだけ使うのだと言っていたけれど……」
そこでコンラートは一旦言葉を切ると、顔を上げ、私を正面から見つめて来た。
「だけど、カドレアはそう繰り返すだけで、1度だって『とっておき』が誰なのかを僕に指示することはなかったから、カドレア自身『とっておき』が誰なのかを識別できていなかったんだと思う。そして、その『とっておき』は、偶然なのだろうけれど、……お姉さまだと思う」
「えっ? コ、コンちゃんまでそんなことを言うの!?」
弟のあんまりな言葉に、私の口からは慌てたような言葉が零れた。