77 コンラート 11
「ええと……」
幼い年齢にそぐわない様子で、理路整然と話を進めているコンラートを見つめながら、私はぱちぱちと瞬きをした。
コンラートの口から語られたのは、ウィステリア公爵家の4男であるダリルの人生だ。
ダリルの人生をまるで自分のもののように語っていたということは、このコンラートの姿をしている幼児はダリルということなのだろうか?
頭の一部は焦っていて、すぐにでもサフィアお兄様の居所を尋ねたい気持ちだったけれど、コンラートを改めて見下ろすと、その眦にうっすらと涙が溜まっていることに気付かされ、思わず小さな体を抱きしめる。
……コンちゃんの口から語られたのは、6歳の子どもが体験するには酷過ぎる人生だ。
母親に他の全ての者と引き離され、歪な愛情を注がれている。
母親がダリルを愛していたことは間違いないのだろうけれど、『魅了』が絡んでいるので、ダリルは母の愛情を素直に信じられないのかもしれない。
そして、3人の兄たちから母親を奪ったと考えているので、兄からは当然好かれていないと思っているのだろう。
私は意識して優しい声を作ると、最も重要な質問をする。
「コンちゃんはダリルなの?」
私の言葉を聞いたコンラートは、自信がなさそうな表情で下を向いた。
「違う……と思う。確かに以前はダリルだったけれど、死んでしまったし。東星は時がきたら僕を生き返らせると言っていたから、その時にはダリルに戻るのかもしれないけれど……、今の僕はダリルではなく、人間でもなく、獣なんだと思う」
「獣……」
それは、コンちゃんがそう信じたいという話なのじゃないかしら。
だって私には、コンちゃんが可愛らしい人間の男の子に見えるもの。
……ああ、いえ、違うのかしら。
私はコンちゃんに『魅了』を掛けられていて、だからこそ人間に見えるという話だったかしら?
そう考えながらも、やっぱり人間にしか見えないわーと思い、柔らかい髪の毛をよしよしと撫でる。
「コンちゃん、お姉さまにはコンちゃんが獣には見えないわ。コンちゃんは人間じゃあないのかしら?」
すると、コンラートは目に見えて項垂れた。
「……分からない。ダリルとしての生は終わって、カドレアに仮の器をもらったのだけれど、その器は獣の姿をしていたから。だから、僕は自分が獣だと思っていたのだけれど……」
コンちゃんの声が段々と小さくなるところからも、どうやら自分の回答に自信がないらしい。
私としても、コンちゃんは人間だと思うものの確証がないため、何と返事をしたものかと躊躇っていると、私の後ろに立っていたラカーシュが口を開いた。
「……恐らく、ダリル殿は人間を止めたいと考えて獣の姿を取ったものの、再び人間に戻りたくなったのではないかな?」
決して押しつけがましくはない様子で、自分の意見を口にするラカーシュを振り返ると、彼は静かな調子で言葉を続けた。
「ルチアーナ嬢とともに過ごしてきた暮らしの中で、ダリル殿はもう1度、人間としての生を得たいと渇望し、だからこそ、ダリル殿の中で人間の器のイメージは出来上がっていたのではないだろうか」
「ええと、……つまり、私はそのダリルがイメージした姿を、コンちゃんだと思っていたということですか? 私が連れてきた時には獣だったはずですけれど、いつの頃からかコンラートはずっと人間に見えていたんです」
要するに、ダリルの人間になりたい気持ちがどんどん強くなるのに比例して、私にも獣が人間に見え始めたと、そういうことをラカーシュは言っているのかしら……?
こてりと首を傾げて確認すると、ラカーシュは小さく頷いた。
「ああ、君の感知能力が高いとしたら、そういうことがあるのかもしれない。君にだけは人間の姿に見えていたとのことだから、君とダリル殿は互いに作用しあっていたのだろう。そして、昨晩、君が部屋に引き上げた後にサフィア殿から聞いた話によると、君の作った菓子が発動条件となって、ダリル殿のイメージは具現化したということだった。……あるいは、魔法使いの力ある品によって、ダリル殿は体を取り戻したと言い換えるべきか」
「はいっ!?」
物凄いことをさらりと言われ、思わず可笑しな声が出る。
私が作ったお菓子が原因で、コンラートに見えていた獣が、本来の姿であるダリルの体を取り戻したですって!?
何て馬鹿げたことを言うのだろうと、驚いてラカーシュを見上げると、彼は至極真面目な表情で私を見下ろしていた。
自分の発言の非常識さに気付いていないどころか、むしろ発言の正当性を信じているように見える。
そして、ラカーシュの肩越しに見えたジョシュア師団長とルイスの2人も、まるでラカーシュの発言に同意するかのように小さく頷いていた。
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