7 ラカーシュを避けるべきか? 避けざるべきか? それが問題だ 2
真後ろにいた美少女と、正面から目が合う。
見つめ合った美少女の瞳は真っ黒で、あれ、この瞳は見たことがあるな、と既視感を覚えた。
けれど、私がその既視感が何かに思い至る前に、美少女はつんと顎を上げると、あからさまに私から顔を背けた。
……あ、あれ、嫌われた?
ぶつかりそうになったから、機嫌を損ねたのかしら?
まずいわ。私の目標は「平和主義になって、無用な敵をつくらない」だったはずよ。再出発の登校初日から敵を作ってどうするのよ。
慌てた私は目の前の美少女に進路を邪魔したことを謝ろうとしたけれど、美少女はその時間を与えてくれず、すたすたと王太子に向かって歩いて行った。
「ごきげんよう、王太子殿下」
「やぁ、セリア。これから領地に戻るんだって?」
心を許しているような穏やかな王太子の表情にも驚いたけれど、その話の内容に私はもっと驚かされた。
……領地に戻る?
この会話の流れでいくと、領地というのはフリティラリア公爵領に思えるのだけれど、でもラカーシュは一人っ子だったよね?
ゲームでのキャラ紹介にはそう書いてあったし、間違いはないはずだ。
不思議に思い、じっと彼らを凝視していると、セリアはこれ見よがしにぼふんとラカーシュに抱き着いた。
抱き着きながらも、勝ち誇ったようにこちらをちらりと見る。
うーん、小生意気な仕草ではあるんだけど、年下の女子にやられると子どもっぽくて可愛らしいな。
もしかして、この美少女はラカーシュが好きなのかしら?
だから、私を牽制している?
そうだとしたら、美少女に嫌われたかもしれないと心配した件も解決ね。
私は決してあなたのラカーシュに近付きませんから、ご安心ください!
ほっと安心した私の前で、美少女は爆弾を落とした。
「私の準備はできていてよ。早く帰りましょう、お兄様」
「……私の妹は、大きな赤ん坊か? いつになったら、その抱き付き癖が直るのか」
呆れたような声を出しながらも、ラカーシュの表情には優しさが感じられた。
整った彫像のように感じていたラカーシュが、生身の人間だと初めて感じられた瞬間だった。
けれど、その時の私は、ラカーシュの人間化を喜ぶ心境にはなれなかった。
驚きと疑問の感情が上回っていたからだ。
「……セリア様は、ラカーシュ様の実の妹なの? それとも、ラカーシュ様の親戚か何かで、『お兄様』と呼んでいるだけなのかしら?」
ルチアーナの頭の中を探ってみても、イケメン一覧と取り巻き一覧しか出てこないため、私の横に立っていた女子生徒に尋ねてみる。
答えを待つ間、私の頭の中は疑問符で一杯だった。
……あれ、この世界は、私がプレイしていた『魔術王国のシンデレラ』が舞台だよね?
設定が一部ゲームとは異なっているってことは、あるのかしら?
息を詰めて答えを待つ私に対して、女子生徒は一瞬訝し気な表情をしたけれど、丁寧に教えてくれる。
「もちろん実の妹さんですよ、ルチアーナ様。とても仲の良い兄妹で、特にセリア様はお兄様が大好きなのです」
「……妹。ラカーシュ様の妹……」
セリアはラカーシュの妹だった。
ということは、この世界はゲームの設定とは少し異なっているということ?
もしかすると、私が追放されないという未来もあるのかしら?
ぶつぶつとつぶやいていると、聞きとがめたラカーシュからじろりと睨まれた。
私に妹がいることすら知らなかったのか、といった侮蔑の表情だった。
全くごもっともな話だったので、それ以上手厳しい言葉を浴びせられないようにと、私は慌てて教室を飛び出した。
「そ、それでは皆さま、ごきげんよう!」