71 ウィステリア公爵家の晩餐会 11
どんどんと大袈裟な話になりつつある状況の中、私は一人顔を強張らせていた。
時間が経つにつれて、ジョシュア師団長の言った通りだったという気持ちが強まってきたからだ。
陸上魔術師団長、国立図書館副館長、魅了の一族、先見の一族、『東星』の契約者……そうそうたるメンバーだ。
何事かの秘密ごとを語らうにはうってつけの重要人物たちの会合で、お兄様の言っていたような、楽しい家族同士の食事会などでは、初めからなかったのだ。
それなのに、『全員が恐ろしく高位貴族で、恐ろしく美形だわ』などと浮かれたような感想を言っていた私は間が抜けていたと言わざるを得ない。彼らの真価は、その身分でも外見でもなかったと言うのに。
……どうしよう。なぜだか全員一致で私が魔法使いだという稀有な存在だと思い込んでいるけれど、私は絶対にそんな存在ではないと思う。
だって、これまで1度も私が魔法使いであることを暗示させるような兆候はなかったのだから。
確かに昨日、フリティラリア城でちょっとだけおかしな魔法もどきを使いはした。
魔術のルールに反したと言われれば、そうかもしれない。
けれど、たった1度の魔法もどきを披露したからといって、魔法使いに認定するのは早計ではないのだろうか。
何らかの偶然が重なって、普段では発動しない魔術が発動してしまったと考える方が、私が魔法使いだと考えるよりも自然だと思うのだけれど。
私の個人的な見解では、彼らは憧れの魔法使い会いたさに、無理やり私を魔法使いにしてしまおうとしているように思えてならない。そんな無理をしたって、偽物は本物になりはしないのに。
そう考えていると、兄が片手を振った。
「世界のルールを破棄出来るほどの力を与えられた存在だ。魔法使いに役割がないとは考え難いが……情報が少なすぎて、推測するのも難しいな。この件については、今後、実地でデータを収集していって、推論を補強していくしかないだろうな」
兄は私をちらりと見ながらそう結論付けると、ジョシュア師団長を振り返った。
「さて、それでは情報が出揃ったので、大元の話に戻すとしようか。……『東星』がルチアーナに手を出した理由として可能性の高いものは2つだ。1つ目は、私との魔力供給契約の終了を惜しんだがゆえの行為ではないかということ。そして、2つ目は、妹が魔法使いだということだが……」
そこで一旦言葉を切ると、兄は考えるかのように片手を顎に当てた。
「情報を1つ補足しておくと、『コンラート』が獣から人間に変態したその日の昼に、ルチアーナは魔法を使っている。うむ、このタイミングであることを考えると、ルチアーナ自体が目を付けられた可能性が高いな」
「サフィア、またお前は重要な情報を後出しして! お前の言う通り、間違いなく理由の2だろう。あるいは、1との混合かもしれないが、2が主な理由であることに間違いはないはずだ」
ジョシュア師団長が諦めた様に言葉を継いだ。
兄は小さく頷くと、真面目な表情でジョシュア師団長を見つめた。
「これでルチアーナの瞳に入れられた印の2つは推測がついたな。最後の1つだが……この印は、『ウィステリア公爵家』の印だった。推測するに、『東星』には『魅了』の力はないと思われる。魅了持ちであるのならば、私と契約を結ぶなどとまどろっこしいことをせず、直接取り込もうとするはずだからな。そのため、ルチアーナに魅了を掛けるためには、能力保持者の介在が必要なのだが」
兄はそこで一旦言葉を区切ると、ちらりとルイスを見つめたが、ルイスは真っ青な顔をして俯いているだけだった。そのため兄が言葉を続ける。
「ルイス殿からウィステリア公爵家の魅了の能力は、1代に1人しか継承されない稀有なものだと聞いた。そして、今代でその能力を引き継いだのは、ルイス殿の弟であるダリル殿だと」
「ああ、それは間違いないが」
兄の言いたいことが分からないようで、ジョシュア師団長は眉根を寄せて兄を見つめた。
「つまり、ダリル殿であれば『ウィステリア公爵家』の印が使用できるし、魅了の魔術も行使できるということだ」
はっきりと歯に衣着せぬ物言いをした兄に対して、ジョシュア師団長は信じられないといった様子で声を荒げた。
「あり得ない! あれはとっくに亡くなった! 既に静謐な眠りの中にいる!」
対する兄は否定するかのように首を横に振ると、平静な声を出した。
「かかわりの可否を生と死で分けるのは、人間の理だろう。『四星』は私たちとは全く異なる理の中で生きている」
兄の言葉を聞いたジョシュア師団長は、しばらく黙って兄の言葉を整理していたようだったけれど、やがて諦めたかのようにぽつりと呟いた。
「つまり、サフィア、お前は……ルチアーナ嬢に術をかけた術者は、ダリルだと言うのだな?」