69 ウィステリア公爵家の晩餐会 9
「それは……」
兄の言葉を理解した師団長が、残念な子を見る目で私を見た。
リリウム魔術学園の生徒は未来の幹部候補生のため、王国魔術師団が生徒たちに注目していることは間違いない。
その魔術師団のトップであるジョシュア師団長のことだ。きっと、秘密裏に手を回して、生徒の優秀さの度合いについての情報を掴んでいるはずだ。
つまり、私が高位貴族の出身にもかかわらず、非常に出来が悪いということは既に耳に入っているのだろう。
ジョシュア師団長の表情は、そのことを示すかのように驚きではなく、同情に満ちたものだった。
生まれつき魔力が低い私を蔑むでもなく、同情してくれるなんて、師団長はいい人だなと思う。
けれど、私は別に魔力が低いことを卑下していないんだけどな。
そう考える私の前で、兄が言葉を続けた。
「私の常識では、3要素の1つでも一致しなければ魔術は発動しないのだが、……ルチアーナは誤った手順にもかかわらず、魔術と同等の超自然的な力を発生させたのだ」
「……は?」
ジョシュア師団長は壁から背中をおこし、まっすぐ直立すると、間が抜けた声を上げた。
それから、師団長は全く意味が分からないと言った風に眉根を寄せると、まっすぐに兄を見つめる。
対する兄は、真面目くさった表情で言葉を続けていた。
「兄馬鹿かもしれないが、私は思ったのだ。妹は魔術の超天才で、これまでとは原理原則が異なる新たな魔術を編み出したのではないかと」
「おい、サフィア? お前は何を言っているんだ……?」
いよいよ意味が分からないといった風に顔をしかめる師団長を見て、これは兄が悪いと思う。
言っていることに間違いはないのかもしれないけれど、内容が非常識すぎるので、もう少し表現を考えるべきではないだろうか。
けれど、兄は全く理解できてない様子の師団長に構うことなくラカーシュを振り返ると、同意を求めるかのように問いかけた。
「ラカーシュ殿、君も妹の力を目撃したな?」
話を振られたラカーシュは静かに頷くと、兄の言葉を肯定した。
「ああ。私もその場に居合わせたが、ルチアーナ嬢が魔術発動時に口にしたのは、『風魔術_風花』という一言だけだった。その言葉を契機に渦巻く風が発生し、見事なコントロールで凶悪な魔物を空中へ持ち上げて移動させたのだ」
そこでラカーシュは一瞬、躊躇したけれど、何事かを決意したかのような表情で言葉を続けた。
「『先見』の能力を受け継ぐ一族として発言する。恐らくルチアーナ嬢は運命を覆せる。……サフィア殿の話に乗るならば、ルチアーナ嬢は魔術の超天才で、因果律を前提とする世界の法則に反することができるのだ」
「……お、前らは何を言っているのだ!!」
いよいよ我慢ならないと言った風に、ジョシュア師団長が大声を上げた。
「魔術は世界とつながるルールだ! 必ず定められた法則に従う必要があり、天才だろうが超天才だろうが、その法則からは逃れられない! もしも、その法則に反することができるというのならば、それは……」
「うむ、それは?」
ジョシュア師団長が大声で叫んでいた途中で突然言いさし、目と口を大きく開けたまま停止したので、先を促すように兄が言葉を差し挟んだ。
けれど、師団長は一言も発することなく、驚愕の表情のまま視線だけを動かすと、真面目くさった表情の兄を見やった。
師団長はしばらくの間、そのまま兄を見つめていたけれど、兄の表情から何かを悟ったのか、同様に視線だけを動かすと今度はラカーシュを見つめ、何事かを決意したかのような彼の表情を見てごくりと唾を飲み込んだ。
「おま、お前ら……正気か? お前らは本当に……冗談だよな? そんな存在はあり得ない!!」
「うむ、何がだ?」
「魔術のルールを無視して、同様の超自然的な力を発生させただと? 因果律を無視して、定められていた運命を覆せるだと? そんなことが出来る存在は1つだけだ」
「そうだな」
「世界中探しても1つしかない」
「そうだな」
「『開闢記』に記載される『四星』よりも貴重な存在だ」
「そうだな」
ジョシュア師団長の言葉を全て肯定する兄を見て、あるいは何一つ否定しないラカーシュを見て、師団長は信じられないと言った風に首を振った。
「『魔法使い』……なのか? ルチアーナ嬢は、『世界樹の魔法使い』だと、お前たちは言っているのか?」
掠れたようなジョシュア師団長の声を聞いたオーバン副館長とルイスが、驚いたようにソファから立ち上がる。
けれど、ウィステリア3兄弟に囲まれた兄は、相変わらずとぼけたように首を傾けただけだった。
「さて、それが分からないから師団長に質問しているのではないか。魔術3大要素の手順を間違えても超自然的な力を発生させることが出来るルチアーナは何者かと? ……だが、そうか。兄馬鹿な私は妹が魔術の超天才かと思ったが、妹はそんなものではなく、『世界樹の魔法使い』だと師団長は言うのだな」
ぽつりと呟いた兄の言葉は、部屋中に波紋のように広がった。
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今回、素敵なファンアートをいただきましたので、活動報告にてご紹介しています。よろしければご覧ください。