65 ウィステリア公爵家の晩餐会 5
思い出せないか、と言われても、夢というのはたいてい目覚めた瞬間に忘れてしまうものだ。
うたた寝とも呼べないような一瞬の眠りの間に見た夢で、さらに目覚めた瞬間イケメン軍団に囲まれてしどろもどろになった私の心中をお察しください、お兄様。
目覚めた時には奇跡的に少しくらい覚えていたとしても、イケメンの一軍に見つめられた時点で、全てが吹き飛んでいます。
つまり、欠片も残らないほど忘れてしまいました……
実際、何一つ記憶が残っていない頭を押さえながら、情けない表情で兄を眺めていると、兄はそんな私の表情を見て、ふっと息を吐いた。
「そうか、思い出せないか……。まあ、そうだろうな。だが、少なくともお前の無意識領域に彼の星は干渉しているということだ」
そう言うと、兄はわざとらしいほどの流し目でオーバン副館長を見やった。
対するオーバン副館長も、わざとらしいため息で答える。
「そんなあからさまに見つめなくても自分の役割は理解しています。私に饒舌になれと言われていることは。……そうですね、私はワインに酔うと、独り言を言う癖があるのです。例えば、図書館の奥の奥、限られた者しか入れない最奥の部屋に隠された本の中身を話してみたくなったりする……そんな悪癖が」
それから、オーバン副館長は面白くもなさそうに笑った。
「ははは、これ普通に首が飛びますけど。職を失うという意味ではなくて、物理的に首が体から離れるという意味ですから。それを理解して聞いてください。………これは、世界樹について、1番初めに書かれている記述です」
オーバン副館長はすぅと小さく息を吸うと、不思議な声で言葉を紡ぎ出した―――私は知らなかったけれど、それは図書館員がその役割として、書物について語る時に発する声だった。
「世界に四星あり。そのうち2星は男性の姿をしており、1星は『北の悪しき星』、1星は『南の善き星』。残りの2星は女性の姿をしており、1星は『西の善き星』、1星は『東の悪しき星』。4星は世界樹の守り手なり」
―――あってはならない話ではあるのだけれど。
『秘密中の秘密』、『門外不出』などと言っても、どういうわけか特権階級は、その秘密の幾ばくかを掴んでいたりするものだ。
その証拠に、国家レベルの秘匿情報である『開闢記』の一節を諳んじられたというのに、私とルイス以外の参加者は、驚愕や感嘆といった反応を一切しなかった。
ええっ! ちょっと、オーバン副館長は命を懸けて本の一節を紹介したのだから、もう少し反応すべきじゃないのかしら!?
と、そう思ったのはオーバン副館長も同じだったようで、ソファの背もたれに乱暴な動作で頭を預けた。
「……これ、私が参加する意味があるんですかね? 第一級禁書の内容だというのに、参加者の誰もが既知の情報だなんて、……こんな集まり、初めて参加しましたよ! 完全なる茶番じゃないですか!」
「オーバン、そう言うな。私の古き同胞からのたってのご指名だったのだ。サフィアは意味があると考えたのだろう……国立図書館副館長であるお前の口から、ルチアーナ嬢に語られることに」
ジョシュア師団長の言葉を聞いたオーバン副館長はちらりと私を見やり、……当然のように、今聞かされた『四星』について一生懸命理解しようと頭を働かせている私を見て、ふっと小さく笑った。
「なるほど。少なくとも私の可愛らしい弟に加えて、お一人は私の言葉を新鮮な驚きでもって受け止めてくれる方がいらっしゃるようですね。分かりました、私はルチアーナ嬢に向かって話すとしましょう」
それから、オーバン副館長は自然な動作で私の前に片膝をつくと、穏やかな笑みを浮かべた。
「ルチアーナ嬢、君の瞳は琥珀色なのですね。角度によって色が変わるなど、何とも神秘的です。私にその美しく煌めく瞳を覗き込む許可をいただけないでしょうか?」
「え、ええ、もちろんですわ」
……あくまで建前は家族同士の食事会で、何事かを公式に話し合ったり、認めたりする場ではないのは分かっているけれど、……けれど、こんな風に思わせぶりな言葉回しを使う必要があるのだろうか。
私はもう、男性陣の一言一言に振り回され過ぎて、息も絶え絶えなのですけど。
そこのところをご理解ください。
オーバン副館長は手袋をはめた両手を私の頬に当てると、ゆっくりと私の顔を上に向かせた。
そして、真剣な表情で私の瞳を覗き込んできた。
……ま、またですか。
ルイスに、ジョシュア師団長に、オーバン副館長。サフィアお兄様まで入れたら4人目ですよ、私の目を覗き込んできたのは。
ああ、もう、あなた方はただの確認行為なのでしょうけど、私からしたらガリガリと精神が削られる行為なので、そろそろ顔が見えないようなお面を被るとか、工夫してもらえませんかね。
くう、美形。オーバン副館長までもが美形なんて、これはどうすればいいのかしら?
ええと、どうすればいいのかなんて分からないので、取り敢えず呼吸を止めておきますね。
そんな私の目に見えない努力には気付かないようで、オーバン副館長は観察する目で私の瞳を間近から見つめていた。
「……確かに、ルチアーナ嬢、あなたの瞳には印が入っていますね。これはまた、……複雑な三重印だ」
オーバン副館長の言葉を聞いた瞬間、ジョシュア師団長が弾かれたように顔を上げた。
サフィアお兄様も何かを考えるかのように目を眇める。
けれど、背を向ける形になっていたオーバン副館長は気付かなかったようで、言葉を続けた。
「一つは、……『四星』の印。もう一つは、……『東』の印。そして、最後の一つは………」
そこでオーバン副館長は言葉を切ると、自分が見ているものが信じられないとばかりに目を見開いた。
「オーバン?」
突然言いさしたオーバン副館長を不審に思ったようで、ジョシュア師団長が探るように弟の名前を呼ぶ。
すると、オーバン副館長は気を取り直すようにぐっと唇を噛みしめ、震える声で続けた。
「最後の一つは、我が……『ウィステリア公爵家』の印です」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
1つご紹介をさせてください。
私は本作品の他に、「転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す」という作品を書いているのですが、5/15(金)にノベル3巻が発売予定です。
1、2巻も発売中ですので、興味があられる方はお手に取っていただければ幸いです。
〇「転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す」
前世で大聖女だったフィーアが、聖女の力が廃れてしまった300年後、絶大な能力を引き継いだまま転生する話です。命の危険があるので、聖女の力を隠して騎士になろうとするけれど、便利だから少し使っちゃえ! と試してみて、騎士たちから「お前すげえな!」と驚愕されたり、伝説の黒竜を従えたり、騎士団総長と対決したりします。
読むと明るい気持ちになれると思いますので、どうぞよろしくお願いします!