64 ウィステリア公爵家の晩餐会 4
「私はそんなことをつぶやきましたっけ……?」
どうしよう。本気で覚えていない。
……ええ、すみません。本当は眠っていました。
そして、眠っている時、だいたいの人間は荒唐無稽な夢を見て、支離滅裂なことをつぶやくものです。
「ふ、ふふ、ふ、あまりよく覚えていないのですけど、無意識にお兄様のことを呟くだなんて、私はお兄様のことを慕っているのかもしれませんね」
満面の笑みを作り、可愛らしく首を傾け、兄のご機嫌を取るような発言をしてみる。
寝言だったとしても、『好みがお兄様だなんて、個性的な趣味だこと』という言葉は、明らかに兄を貶める発言だ。少なくとも褒めてはいない。
まずい、まずい。
何だかんだと兄は私のために良くしてくれるというのに。
そして、直接顔を突き合わせて冗談交じりの悪口を言うのと、夢を見て無意識に悪口をつぶやくのは全然意味が違う。
夢の場合は、常日頃からそう思っていた感じが出てしまう。けれど。
「違います、違います! 私は決して、お兄様を嫌ってはいませんから! むしろ、好きです!!」
誤解されてはたまらないと、思わず心の裡を口に出す。すると、その必死な気持ちが通じたのだろうか。
「……そ、そうか。だが突然、何の告白だ?」
兄は私の言葉を聞くと、焦ったかのように立ち上がった。
それから、利き腕を上げると、前腕部分で口元を隠すように抑える。
そんな兄を見たジョシュア師団長がソファから背中を上げ、面白いものを見つけたというように口を開こうとしたけれど。
「師団長! 一言でも言葉を発したら、本気で追い込むからな!!」
との兄の発言を聞いた途端、師団長は開きかけた口をそのままぴたりと閉じ、再びソファに背中をあずけた。
あまりにも従順な師団長の態度に驚いて視線を巡らすと、師団長は考える風を装って目まで閉じており、完全に関わらない態度を明らかにしていた。
私はきょろきょろと居並ぶ5人の男性陣を見回すと、何だかもう色々と観念して、謝罪会見をするような気持で口を開く。
「あの、本当にすみませんでした。ごまかそうとしましたけれど、確かに私は少し眠っていたようです。そして、夢の中でお兄様の悪口を言っていたようで、……だけど、お兄様は私にすごくよくしてくれるし、嫌なことをされたことはないので、悪口を言った私が悪いです」
そこで一旦言葉を切ると、私は黙って私の言葉を聞いている男性陣に向かってぺこりと頭を下げた。
「兄のことをお好きな『ひがしのあしきほし』さんは、……ええと、東、に由来のある方なのでしょうね、きっと」
寝ぼけていた私が、このヘンテコな愛称をどんなつもりで付けたのかは不明だけれど、明らかに出来が悪いと思う。
「この愛称について反省の弁を述べさせてもらうならば、『悪しき』という悪いイメージを想起させるような音の単語を付けたのは問題でした。『ひがしのあしきほし』……もう、今となっては、自分がどんなつもりでこんな愛称を付けたのか、全く分かりませんが。あ、いえ、話がずれました。つまり、その方がお兄様を好きなのだとしたら、よいご趣味だと思います、ええ、心から」
そう言うと、もう一度頭を下げる。
誠心誠意謝罪したつもりだけれど、考えながら話をしたので、あちこちと話が飛んでしまった。
上手く気持ちが伝わっただろうかと、頭を上げて男性陣を見回すと、ぽかんとした表情で見返された。
「これは……、サフィア以上のからめ手の名人なのか? すごいな、驚くほど理解不能な流れで、主題をずらされたぞ」
片手を額に当てたまま、驚いたようにジョシュア師団長に呟かれる。
師団長の弟であるオーバン副館長が、兄の言葉を肯定するかのように深く頷いた。
「その通りですね。サフィア殿を褒めるところから始まり、『東の悪しき星』の意味不明な解釈に続いたので、この唐突な話題の転換の意味は何なのだろうと考えている間に、するすると話を逸らされた感じで、……テクニックだとしたら恐ろしいことです」
ラカーシュに至っては、どこかを痛めたような表情をしていた。
「ああ、ルチアーナ嬢。君はいつだってこんな風だから、私は君に翻弄されているのかな?」
一人だけ普段通りの表情をしていたルイスは、言いにくそうにぽつりと呟いた。
「ええと、僕にはルチアーナ嬢がサフィア殿の言葉を、ただ自己解釈していただけに思えるのだけれど」
最後に兄が、―――どうやら、いつの間にか普段の調子を取り戻したようで―――真面目腐った表情で口を開いた。
「今回はルイス殿が正解だと思われるが。さて、すごいな、ルチアーナ。全ての音を正確にとらえているので、お前の聴覚は非常に優れていることが証明されたぞ。……が、肝心の変換機能が仕事をしていない。『東の悪しき星』だ。『四星』の中の一星なのだが、……思い出せないか?」