63 ウィステリア公爵家の晩餐会 3
お兄様と私が最後の到着者だったため、晩餐会はダイアンサス侯爵家の到着をもってスタートした。
……一言、どうでもいい話を言わせてもらえるならば。
私以外のメンバーは、ウィステリア公爵家の3兄弟、フリティラリア筆頭公爵家の嫡子、ダイアンサス侯爵家の嫡子という、信じられないほどの超高位貴族で構成されていた。
全員が恐ろしく美形で、恐ろしくマナーに精通している。
私がテーブルに着席する際、全員が起立して私が座るのを見つめていた光景には、正直指先が震えた。
いや、レディーファーストというのは正しいけれども、全員で私を見つめるというのはどうなのだろう?
完璧なマナーを叩き込まれている貴公子たちの厳しい目に晒され、私の一挙手一投足を確認されているのだと思うと、ただ歩行するだけの動作ですら難しく感じた。
これまで数百時間にも及ぶマナーのレッスンを受けていたのは、この時失敗しないためだったのだと思ったほどだ。
そして、私が着席した後、全員が揃ったように着席するのを目にした時は、男性陣の流れるような動作に瞬きも忘れて見入ってしまった。
……あああ、集団の破壊力ってすごい。軍隊の一員でもないはずなのに、どうして全員の動作が揃っているのか。そして、イケメンで所作も美しい一軍って、私の心臓を止める気なのか。
さて、晩餐会に話を戻すと、まずはウィステリア公爵家ご自慢のワインの試飲から始まった。
年代物のワインが大事そうに何本も取り出され、テーブルの上に並べられる。
「澄み切った光沢のある色調で」「ベリーのような香りに」「舌触りがなめらかな」「心地よい苦みがあって」などと、男性陣はワインについて思い思いの感想を述べていく。
私はグレープジュースをちろちろと舐めながら、皆の話を聞くともなしに聞き、男性陣は忍耐強いわねと考えていた。
誰もがこのワインの部分は茶番だと分かっているのに、それでも全員で付き合うなんて、大したものだわ。
やがて食事が運ばれてきて、食する時間になったというのに、それでもまだ本題に入ろうとする者はいなかった。
さすが高位貴族の息子たちだわ。我慢力とポーカーフェイスが半端ないわね。
ああ、セリアのような先見の能力はないけれど、私には未来が見えたわ。
将来きっと、王宮を舞台にして、同じような光景が繰り広げられるのよ。
5人ともに滅多にないほどの高位貴族だし、有能だから、間違いなく全員揃って王宮の中枢にポストを与えられるだろう。
そこで、同じようにポーカーフェイスで化かし合いをして、時間を無駄にするのだわ。
……もしもその時、私が王城で働いていたとしたら、間違いなくこの連中を置き去りにして、夕方には家に帰ろう。
私は時間を無駄にしないタイプなのだ。
そう決意しながら、私もポーカーフェイスを装って……と思っていたけれど、食事の最中に、ジョシュア師団長がしてくれたサフィアお兄様に関する軍生活の話は面白かった。……笑った。
オーバン副館長の図書館にまつわる極秘話も興味深かった。
ルイスのウィステリア公爵家3兄弟の話は微笑ましかった。
ラカーシュのセリアに関する話は心がほっこりした。
そして、サフィアお兄様の従魔の話は、意外にもしんみりした。
………何なのだこの5人は。話し上手でもあるなんて、もう死角がないのかしら?
よしよし、私は絶対にこの5人と勝負はしないわよ。
そう考え、心の中で頷いていたところで、場所を移してゆるりと話そうという提案がなされた。
いよいよだわ。……と部屋を移し、ソファに座ったところで、突然眠くなる。
……考えてみたら、フリティラリア公爵家で魔物を討伐したのは昨日の昼の話だ。
更に、昨日の夕方には、コンラートが弟ではないと分かって慌てて学園寮へ戻って来ており、続く今日は、教室でラカーシュの混迷劇に巻き込まれ、ジョシュア師団長の訪問を受け、そして今、ウィステリア公爵家での晩餐会に出席しているというわけだ。
昨日からこっち、対応した案件を羅列してみると、どう見ても2日でこなす行事量ではない気がする。
ええ、ええ、私は国の重鎮でも何でもなくて、ただの学生ですからね!
それにしては、対応した案件の内容は重いし、次から次へと降りかかってくる気がします……
と、うとりうとりとしたところで、兄から呆れたような声が掛かる。
「……お前はすごいな、ルチアーナ。王国でも選りすぐりの男性が集合し、お前ひとりを歓待しているというのに、眠り込むだなんて。お前にとって私たちは、よほど退屈な相手のようだな?」
「ふえ? ……も、もちろん、眠ってなどいませんよ!」
はっと気づいた時は、隣に座っていた兄に寄り掛かっていたような態勢だったため、慌てて体を起こしながら言葉を返す。
……まずい、まずいわ。
確かに一瞬、魂がどこかへ飛んでいたけれど、きっと、今は眠っていたと認めてはいけない場面だわ。ご立派な紳士の皆様の顔を立てるためにも、眠っていたなんて決して言ってはいけないはずよ。
そう思い、作り笑いとともに新たな言い訳をしようとすると、兄に機先を制される。
「そうか、だとしたらお前が今つぶやいた、『「東の悪しき星」の好みがお兄様だなんて、個性的な趣味だこと』……とは、どういう意味だ?」
「え……」
気付いた時には、真剣な5対の目にまじまじと見つめられていて、……いっぺんに眠気は吹き飛んだ。







