61 ウィステリア公爵家の晩餐会 1
―――ウィステリア公爵家の晩餐会。
その会に出席するに当たって、私は一旦王都にある侯爵邸に戻り、夜会用のドレスを身にまとっていた。
兄が裏から手を回したようではあったけれど、正式にウィステリア公爵家嫡子であるジョシュア師団長から晩餐の招待を受けたのだ。正式な格好で臨むのが礼儀だろう。
そう思いながら選んだのは、紫色の髪に合う濃い紫と白を組み合わせたドレスだった。
腰までの髪は全て結い上げて斜め上でまとめてもらい、髪に何本もの花を飾る。
使用したのは、もちろん全て撫子の花だ。
貴族の家名はいずれかの花の意味を持ち、その花を意匠化したものがそれぞれの家紋となっている。
自分の家柄の家紋以外の花を挿した場合、色々な意味を読み取れる形になるので、男女間のトラブルに発展しかねない。
そのため、遊び心がないと言われようが、いつだって同じ花で野暮ったいと思われようが、前世の記憶が蘇って以降の私は、撫子のみを身に着けるようにしていた。
そして、いつものように撫子の花を髪に挿した私だったけれど、鏡を見て十分美しいと満足する。
―――ええ……。か・ん・ぺ・き・な美女だわ☆
本当にルチアーナは、外見だけは驚くほど整っているなと改めて思う。
びっくりするほどの美貌に、完璧なスタイル。
うはあ、まさに悪役令嬢! 敵役ってのは、外見が整っているほど憎まれがいがあるものだけど、その意味でルチアーナは完璧なる悪役令嬢だわ!
そう思いながら鏡を見ていたところ、段々と綺麗なドレスを着ていることに気分が高揚してきたようで、ふふふと笑い声が漏れる。
前世の私は、スカートをはくこと自体がほとんどなかった。
色味が派手な服を身に着けることも滅多になく、無難な服を着て過ごしていた。
たまに綺麗なひらひらの服を着ている後輩を見ては、羨ましく思ったりもしたけれど、アラサーで地味な私には、絶対にそんな服が似合わないことも分かっていた。
だから、可愛らしい服は好きだったし、着てみたいなと思ったことはあったけれど、客観的に見て似合わないことが分かっていたため、決して身に着けたことはなかったのだ。たとえ、家の中だけだとしても。
そんな鬱屈した思いを抱いてきた私にとって、綺麗なドレスを堂々と着用することは、すごく気持ちがいいことだった。
しかも、このひらひらで色鮮やかなドレスが、自分に似合うと思えるのだ!
ああ、綺麗な服を着て、自分でその服を似合うと思えて、顔を上げていられることは、何て気分がいいのだろう。
そう思い、くるりと回ってドレスの広がり具合を確認していたところ、部屋に入ってきた兄と目が合った。
「美しいな、ルチアーナ。お前の姿は秋の妖精のようだぞ」
そう発言した兄の格好が、紺と紫を組み合わせた落ち着いた色合いのものだったので、驚いて口を開く。
「えええ、お兄様ったらどうしたんですか、その格好は? 普通の服を着たら、普通にイケメンじゃないですか!! いつものキラキラしい、趣味の悪すぎる服を脱いだら、そんなイケメンが出てくるんですか!?」
「やー、相変わらずお前の言葉は歯に衣を着せないな。驚くほど褒められている気がしないぞ」
「それはそうでしょう。実際、私は褒めているのではなく、驚いているのですから。というか、お兄様、そんなイケメンが現れるのでしたら、普段のキラキラしい服を全て捨て去ることをお勧めします!!」
「むー、そうしたら、ご令嬢方が寄ってきて大変じゃあないか。私は近寄ってきたご令嬢方にノーと言うことはないので、そもそも彼女たちが近寄らないようにと自衛しているのだが?」
わざとらしく色男を気取るような発言をした兄だったけれど……あれ、これは案外、本音じゃないかしらと思う。
なぜなら、伝統的な貴族服を着用している兄は、びっくりするほど見栄えが良かったのだから。
確かにこんな姿を見たら、女性たちは大挙して押しかけてくるだろう。
けれど、今夜に限っては、私以外の女性は参加しないので、兄がどれだけイケメンだとしても女性に押しかけられる心配はないのだ。
だからこそ、普段のキラキラしい奇天烈な服を止めて、落ち着いた常識的な服を身に着けているのじゃあないだろうか。
長めの青紫の髪に、けぶるようなまつ毛の下から、少し閉じたような目で斜めに見つめてくる兄は、間違いようもなく圧倒的な美貌の持ち主だったのだから。
……ひ、人目を引くキラキラしい服とおかしな言動に惑わされていたけど、サフィアお兄様ってちょっと、類を見ない程の美貌じゃないの。き、気付かなかったわ。
そう驚きながら言葉もなく見つめていると、兄は「ふうむ」と私の髪型を見て不満そうに呟いた。
「一分の隙もなく花を飾るなど、……そういうところが、お前が今一歩、男性との駆け引きを上手く行えないところだな」
そう言いながら手を伸ばしてくると、私の髪から数本の撫子を抜き取り、自分の胸ポケットに挿す。
ピンクがかった紫の花は、兄の服装にとてもマッチした。
まあ、自分を着飾る意図もなく行った動作で、こうも男ぶりが上がるなんて、お兄様ったら小憎らしいくらい気障だわね。
そう思いながらも、兄が差し出してきた腕に手を掛けると、兄はするりと上手に誘導してくれる。
とても歩きやすいので、歩幅も私に合わせてくれているのだろう。
う――ん、まいったわ。
気付かなかったけど、お兄様は侯爵家の嫡男だけあって、女性へのマナーは完璧なのだわ。
ちょっとこれ、超優良物件じゃないかしら?
恐ろしいまでに整った兄の美貌を見上げながら、私は心の中でそう思ったのだった。