59 魅了の力 17
カードを切る?
ジョシュア師団長の話にはところどころ意味が分からないところがあるわね、とこてりと首を傾けていると、それに気づいた師団長が説明をしようと口を開いてくれた。
……優しい。この陸上魔術師団長は面倒見がいいタイプだわ。
そう思いながら、師団長を見つめる。
「ルチアーナ嬢、サフィアと一緒になると昔話が入り、周りの者たちを置いていってしまう形になるようで申し訳ない。サフィアとは軍で3年間一緒だったため、色々と積もる話があるのだが、このつれない男は3年前に軍を去って以来、全く音沙汰がなかったのだ。久しぶりに会えたことで懐かしくなって、つい話に花が咲いてしまった」
生真面目な表情で説明する師団長に対し、兄が理解を示すような表情で頷く。
「やー、仕方ない。とにかく年寄りは昔話をしたがるものだから」
「お前、私はまだ27だぞ! 年寄り扱いは止めろ!!」
思わずといったように兄に言い返した師団長だったけれど、私との会話の途中だったことを思い出したようで、気まずそうに咳払いをすると話を続けた。
「まあ、つまり、サフィアは常にこんな感じだったものだから、私はこの男に誰よりも苦労させられた。……が、それ以上に多大なる恩義も受けた。なのに、この男は私からの感謝を一切受け取ろうとしなかった。だから、私は言ったのだ。『いつか必ずこの恩を返すから、私が必要となった時は訪ねて来い。いつになったとしても必ずだ』とね」
師団長はそこで一旦言葉を切ると、何かを思い出したかのように小さく笑った。
「その際、『お前のためには、いつだって最上のワインを用意して待っている』とも付け加えた。サフィアは私の台詞を覚えていたようで、先ほどその台詞を引用したから……私は気付けたというわけだ。今こそが、サフィアが私の力を借りようとしている時で、私は最上のものをサフィアに用意しなければいけないのだと。それが、国立図書館副館長のオーバンであり、非公式の場だったというわけだ」
それから師団長は兄に向き直ると、唇の端を歪めた。
「……いや、正直驚いたよ、サフィア。お前がこれほど妹に甘いとは。この案件は、個人に判断を委ねることが許されるようなレベルのものでは全くない。そのことを十分分かっているお前が、それでも、当事者であるからとお前の妹の意向を尊重するとは。そして、妹に判断基準を与えるために、私へのカードを切ってまで非公式な場でのオーバンとのコンタクトをお膳立てするとはね」
「………………」
師団長の言葉を聞いた兄は、珍しく言い返すこともなく、沈黙を保っていた。
「お、お、お兄様……」
けれど、兄は何てことをしているのだと、私は思わず口を開く。
……た、確かに直感的におかしいとは思った。
サフィアお兄様が選択肢の中からどれを選ぶかを判断しろと私に言った時、王国の陸上魔術師団長が直接出向いてくるような案件だから、国家単位で考慮すべき問題ではないかと、瞬間的に考えはした。
けれど、お兄様の提案にジョシュア師団長が口を差し挟むことがなかったから、そんなものなのかと納得したのだ。
けれど、全然、そんなものではなかったようですね!
そ、そうですよね。……どう考えても、『開闢記』がらみの案件は、個人が判断するレベルの話ではないですよね。
そんなこと、この兄なら十分分かっているだろうに、一体どうしたのかしら。
まさか、ジョシュア師団長の言葉通り、私を甘やかそうとして兄の行動がおかしくなったわけでもあるまいに。
と、そこまで考えたところで、私ははっと1つの可能性に思い当たった。
「ジョ、ジョシュア師団長!」
「どうした、ルチアーナ嬢?」
私の呼びかけに不思議そうに答えてきた師団長に対し、私は勢い込んで話し始めた。
「わ、私には、兄が今回のことを非公式に、秘密裏に処理しようとしている理由に心当たりがあります!」
「何?」
「じ、実はもう一人、『魅了』にかかっていることを疑われる人物がいまして」
「何だって!?」
私の言葉に、師団長が弾かれたように顔を上げた。
それから、手袋をはめた両手で私の肩を掴み、真剣な表情で見つめてくるので、私も真剣な表情で師団長を見上げる。
「で、ですが、そのお相手はものすごい、超高位貴族でして。ですから、影響が大きすぎることを懸念して、兄は公にするのを躊躇っているのだと思われます」
「…………それは、誰だ?」
師団長が瞬きもせずに、ひたりと見つめてくるので、私も視線を逸らすことなく口を開く。
「…………筆頭公爵家であるフリティラリア家の嫡子、ラカーシュ様です!!」
けれど、どういうわけか、私の答えを聞いた途端、ジョシュア師団長は「ああ」と興味を失くしたように視線を外した。
「いや、彼は問題ない。あれは状態異常ではなく、病の一種だ」
「へ?」
何の根拠も示さず、はっきりと否定する師団長を見て、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
隣では兄が、わざとらしく片手を額に当てながら、呆れたようなため息をついた。
「まだお前は気付いていないのか。……あれは、四百四病の外だ」