56 魅了の力 14
兄の言葉を聞いたジョシュア師団長は、慎重そうな表情で兄を見た。
「……これまでの経験に照らし合わせて考えると、お前が私に何事かを一任しようとした時は5割の確率で、お前が手を出さない方がいい、含みのある案件だった。そして、残りの5割は、お前が絶対にやりたくないと思うような、ただただくそ面倒くさい案件だった。サフィア、どちらだとしても、私には損しかないぞ!」
憮然とした表情で口を開いた師団長に対し、兄は真面目腐った顔で答えていた。
「やー、行動をする際に損得で考えるようになっては、人間おしまいだ。師団長ともあろう方が、考えを改めますよう」
「くっ、サフィア、本当にお前という奴は……!」
悔し気に言いさしたジョシュア師団長だったけれど、頭を大きく一振りすると、気を取り直したように私に向き直り、身体を屈めてきた。
「ルチアーナ嬢、甚だ失礼な行為に思われるだろうが、私を医師だと思って、瞳を覗き込む許可をいただけるだろうか?」
どうやらジョシュア師団長は、兄の相手をしていても埒が明かないことに気付き、本題に入ることにしたようだ。
「え、ええ、もちろんですわ」
私はまっすぐ師団長を見つめると、こくこくと頷いた。
「では、失礼する」
師団長は私の前に片膝をつくと、片手を私の頬に当て、瞳を覗き込んできた。
「……………………」
師団長の長い藤色の髪が、風に吹かれてふわりとなびく。
師団長の美しい髪が、その背景に広がる一面の藤の色に重なり、それはとても幻想的な光景に見えた。
……ふわあ、破壊力! 藤の花の美しさに同化する師団長の破壊力って、半端ないわね!
師団長は立派な大人だし、色気だって自然に駄々洩れている。
こ、このような状況に陥った場合、世の女性たちはどうやって耐えているのかしら??
焦って瞬きをしそうになったけれど、だめだめ、私は今、瞳を覗き込まれているのだから、師団長の邪魔をしてはいけないわと思い、目に力を入れて瞬きをしないように努める。
すると、当然の帰結として、私の前に跪いていたジョシュア師団長の顔が、視界一杯に入り込んできた。
……し、真剣。ジョシュア師団長、真剣だわ。
だ、だ、だから言えない。
跪かれて瞳を覗き込まれるなんてシチュエーションは、元喪女にはハードルが高すぎて、息をするのも難しいですなんて。
ええ、そんな浮ついたような話は一切言えなさそうな雰囲気だから、表情に出すこともなく我慢します。
「…………………これは……」
そんな私の心の声が聞こえたわけでもないだろうに、たっぷりと時間を取った後、ジョシュア師団長はかすれたような声を出した。
表情はあくまで真剣で、先ほど兄とやり取りをしていた際の砕けた雰囲気は一切ない。
「…………『四星』、の……」
そのまま、それ以上は声が出ないと言った風に師団長が言いさす。
それから、師団長はごくりと唾を飲み込むと、片手で顔の下半分を覆った。
「サフィア、お前、これは…………」
けれど、その言葉も続かず、ジョシュア師団長はかすれた声を出した。
「ル……、ルイス、オーバンを呼べ! いや……、やはり…………」
けれど、またしても最後まで続けることができずに、途中で言いさす。
そんなジョシュア師団長を黙って待っていた兄だったけれど、しばらく待っても結論を出せない師団長を見て、誰にともなくぽつりと呟いた。
「オーバン殿を呼んで、確定させる。……なるほど。それも、選択肢の一つではあるな」
……「オーバン」。
ジョシュア師団長と兄が口にした名前に、私は聞き覚えがあった。
―――オーバン・ウィステリア。
ウィステリア公爵家の次男―――ジョシュア師団長(長男)とルイス(三男)の間に生まれた、王国国立図書館の副館長を務めている男性で―――多分、2人が口にした名前は彼のことだろう。
まるで独り言のような兄の言葉だったけれど、その言葉を聞いたジョシュア師団長は、何かを思い出すかのように目を眇めた。
「……サフィア、お前はお前の意見を述べるべきだ。考えてみれば、お前がルイスを通して呼び寄せたのは私だけだ。何事にも用意周到なお前が、必要な人間を呼び忘れるはずがない。つまり、お前は私を呼び寄せようと思った際、オーバンを呼ぶ必要はないと、……このことを確定すべきではないと考えていたのだろう? ……多分、お前には私より多くのものが見えている。だとしたら、今この場では、お前の判断が最良なのだろう」
けれど、兄は師団長の言葉を否定するかのように肩をすくめた。
「ジョシュア師団長、それは買い被りというものだ。全体像の大きさから考えると、私の見えている範囲は師団長とほとんど変わらない。師団長の経験の豊富さを考えれば、その経験に基づく直感で、十分に埋められる差異だろう」
兄はそんな風に、ジョシュア師団長の肩を持つかのように言葉を重ねたけれど、師団長は納得していないような表情で兄を見つめてきただけだった。
「……それでもきっと、お前の判断が最良だ、サフィア」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
それから、たくさんの、本当にたくさんの感想や評価をありがとうございます!!
とっても気持ちが伝わりました!!
ありがとうございます!!
(すみません。少し遅れました)