54 魅了の力 12
「ルチアーナ嬢は男性の憧憬を集めるタイプなのだね」
ジョシュア師団長は突然、歩きながら可笑しなことを言い出した。
「え? いや、わ、私はそんなタイプでは全くありませんので!」
鋭そうな師団長にしては、ずれた発言だ。
きっとジョシュア師団長は、先ほど、王太子が私に向けた憎々し気な表情を見ていなかったのだろう。
基本的に私は、全ての攻略対象者から嫌われているというのに。
残念ながら、私の周りにいるのは、私の家柄に惹かれる腰ぎんちゃくの男性ばかりだ。
その証拠に、私は1度も男性から告白されたことがない。
学園内のイベントで、パートナーが出来たことすらない。
私がモテないということは、私が1番知っているのだ。
ほほほ、そうは言っても、モテないことは前世からの引き続き事項ですから、全くもって平気ですけど。
前世の私は喪女を極め過ぎていて、男性から見えない仕様になっていたようで、声を掛けられること自体がレアな出来事だったけれど、今世では挨拶のためだとしても、毎日声をかけられていますからね。
ものすごい進化ですよ。
ただ、『男性の憧憬を集めるタイプ』というのは、私を表現する言葉ではありません。見込み違いですね。
そう理路整然と考える私に構うことなく、師団長は可笑しそうに声を上げて笑った。
「ふふふ、この場合、謙遜は嫌味だよ。あなたが私に手を重ねた時のラカーシュ殿の顔をみたかい? あのいつだって無表情な令息が……いいかい? 私は非常に的確に表現していると思うのだが、あの何事にも表情を変えない冷静な令息が、誰が見ても分かるほどに、切なそうな表情をしたのだ。いやー、やっぱり長生きはするものだね。思ってもみないものが見られる」
……そこは確かに的確ですけど、ラカーシュは唯一の例外ですよ。
なぜなら、強力な魔術にかけられていて、私が素敵に見えているだけですからね。
そう思ったけれど、多くの人が行き交う廊下で、魅了について指摘することは躊躇われた。
きっと、師団長が「春の庭」に向かっているのは、人がいないところで秘匿性が高い話をするためで、人払いの意味があるのだろうと思ったからだ。
そのため、核心に触れない、当たり障りのない返事をする。
「ええと、ジョシュア師団長はまだ20代ですよね? 長生きをするという表現は、年齢にそぐわないと思うのですが」
「私はもう27だよ。あなたのような学生からみたら、十把一絡げにおじさんだろう。それに、長年、魔術師団に所属しているため、1度や2度は死にそうな目に合っている。死を身近に感じた経験があると、少しでも楽しいことがあれば、生きていて良かったなと、つい思ってしまうものなのだよ」
「それは……」
穏やかそうな口調とは正反対に、話している内容はハードだ。
師団長はさらっと口にしているけれど、きっと物凄く苦労しているんだわと思い、つい情けない表情になると、師団長は子どもを相手にするかのようにぽんと頭を叩いた。
「うん、私が言っている意味は分からなくていいことだ。私を含めた魔術師団は、私が口にした心情を理解できない者を多く作るために存在しているのだからね」
「ジョシュア師団長……!」
さらりとした発言の中に、陸上魔術師団トップとしての覚悟を見たような気持になり、思わず感心したような声が出たけれど、ジョシュア師団長は雰囲気を変えるかのように楽し気な表情を作った。
「いいかい、ルチアーナ嬢。学生というのは大事な時期だ。この多感な時期に抱いた様々な感情が、その人物を形作る。社会に出ると、色んな人がいるからね。この学園のように、全員のレベルが高くて、同じような環境の者のみが集まる機会は二度とないだろう。学園の生徒たちとできるだけ多く関わり、多くの時間を持つことが、最終的にはあなたの財産になると私は思うよ」
それから、師団長はいたずらっぽく微笑んだ。
「子どもでいられる最後の時間でもあるのだから、存分に楽しむことも忘れずにね」
きちんと私を見て話をしてくれるジョシュア師団長を見て、私は素直に素敵だなと思った。
……師団長は立派な大人だわ。
王国でもトップクラスの高職位者が、私みたいな物の数にも入らない学生を相手に、きちんと対応してくれるなんて、通常ではあり得ないことだ。
それなのに、師団長は真面目に私のことを考え、ためになる話をしてくれる。
前世では、1度社会に出た経験があるので、『学生の時間は貴重だ』と教えてくれようとする師団長の言葉の意味が、私にはよく理解できた。
だからこそ、ジョシュア師団長が真剣に私のためを思い、話をしてくれたことが分かる。
……本当に、人間としてご立派な方だわ。
そう感心している間に、「春の庭」に到着した。
まあ、相変わらず藤の花が見事ねと思いながら、ぐるりと辺りを見回した私は、ぱちぱちと瞬きをする。
なぜなら、どういうわけかその場にサフィアお兄様がいたからだ。
我が物顔でベンチに座り、藤の花を見上げている。
……あれ? お兄様には花を愛でる習慣があったのかしら?
ジョシュア師団長が突然学園に現れたのは、つい今しがただ。
学年が異なる兄に、そのことはまだ伝わっていないはずだし、私たちがこの場所にくることを見越して先回りすることは不可能だ。
だから、兄がこの場にいるのは偶然なのだろう。
それにしても、すごい偶然だよねと考える私の隣で、ジョシュア師団長は呆れたようなため息を漏らした。
「サフィア、相変わらずお前は、嫌になるくらい優秀だな。お前を出し抜くつもりで、完璧に魔力を隠蔽していたというのに、……一体お前は、どうやって私の到着が分かったんだ?」
「やー、勿論分かりませんよ。私はたまたま花を愛でに来ていただけですから。そうしたら、偶然にも師団長閣下がいらっしゃったというわけです」
「お前……よくもそう、ぬけぬけと嘘をつけるな。まず、お前に花を愛でる習慣などない。次に、お前の行動にはいつだって、きちんとした理論と裏付けがあることは立証済みだ。たまたまということは、お前にだけはあり得ない! それから、その気味の悪い口調は止めろ! お前に馬鹿丁寧にしゃべられると、馬鹿にされている気にしかならない!」
兄を相手にした途端、ジョシュア師団長の言動ががらりと変わった。
余裕のある大人ぶった態度は鳴りを潜め、どういうわけか、兄の方が年上に見えるくらいの幼い態度に変化する。
対する兄は、普段通りのとぼけた口調で言葉を紡いでいた。
「やー、久しぶりに会ったというのに、酷い言われようだな」
傷付いたような表情で、ぽつりと言葉を零した兄だったけれど。
私も、……きっとジョシュア師団長も、兄のこの表情が演技だということを分かっていた。