51 魅了の力 9
声を発した途端、あ、しまったと思う。
私と会話をしていた際に割り込んできた王太子を、ラカーシュは「マナー違反だ」と詰ったのだ。
そのルールでいくと、今のは完全に、セリアとラカーシュが会話中だったところに私が割り込んだ形になる。ラカーシュから詰られるのは必至だろう。
そう考え、恐る恐る隣に立つラカーシュを見上げると、「セリアの怪我を心配するなんて、ルチアーナ嬢は優しいな」と呟かれた。
そのうっとりとした表情を見て、私はぽかんと立ち尽くす。
……すごいわ、魅了状態というのは最強だわ。
ラカーシュの持つ常識ルールでは、私が詰られるところだろうに、詰られないどころか、私が素敵に見えてくるなんて。魅了状態は全てを凌駕するとしか思えない。
そう感心していると、セリアが近付いてきて、笑顔で私を見上げてきた。
「ルチアーナお姉様、1日ぶりですわ。そして、私の怪我を心配してくださって、ありがとうございます!」
あれ、セリアが私のことをお姉様と呼んだわよ、と思ったけれど、セリアの怪我を差し置いてする話題ではないと思い、怪我について尋ねる。
「セリア様、その腕はどうしたんですか? もしかして、例の……あの時、怪我をしていたんですか?」
魔物に襲われたというのは醜聞に属するので、はっきりと口にすることは躊躇われた。
そのため、何を言いたいのか分からないくらいぼかしてしまったのだけど、セリアには通じたようで、首を横に振って否定される。
「いいえ、違いますわ。フリティラリア城の地下室のお相手が原因ではありません。その、お恥ずかしい話ですが、今朝、朝食用にとお城の庭に生み落としてある卵を拾いに行ったんです。そうしたら、黒鳥に見つかって、くちばしで突かれてしまったのです」
セリアは包帯にまかれた片手を撫でながら、情けなさそうな表情をした。
「ま……あ、黒鳥に。そ、それは、黒鳥はくちばしが大きいから、さぞ痛かったでしょうね」
公爵家のご令嬢が自ら卵を集めたりするのね、と思いながら慰めの言葉を掛けていたけれど、ふと気付いたことがあってラカーシュを見やる。
そういえば、ラカーシュは魔物に襲われた時、足がおかしな方向に曲がっていたわよね。
あれは完全に足の骨が折れていたと思うのだけれど、大丈夫だったのかしら?
そう心配したのだけれど、視界に入るラカーシュの立ち姿に不自然なところはなく、包帯などを巻いている様子も見られなかった。
昨日はお客様の手前、怪我が治りきっていなかったとしても、無理をして怪我をしていない振りをしているのだろうなと思っていたのだけど、少なくとも今の時点では完全に治っているようだ。
んん? ラカーシュの骨折を1日、2日で治す優秀な回復師をフリティラリア城は抱えているのに、セリアの怪我は治せないということ?
不思議に思う私の目の前で、セリアは申し訳なさそうな表情をした。
「ルチアーナお姉様、ごめんなさい。領地に戻っている間、危険なことはしないというお約束を守れませんでしたわ」
「へ?」
約束……確かにしたけれど、あれはセリアが魔物に襲われる前の話で、セリアに約束させた『フリティラリア公爵領にいる数日間は、絶対に危ないことはしない』というのは、城壁外の森だとか、魔物が潜んでいそうな場所には近付かないという意味を込めた約束だ。
だから、庭で卵を集めるというのは、結果として鳥から突かれたとしても、『危ないこと』には入らないと思うのだけれど。
そう思ってセリアを見つめていると、段々とセリアの頬が真っ赤になっていく。
え? と思って見つめていると、セリアは言いにくそうに口を開いた。
「だから……、だから……、つまり……」
「セリア様?」
何を言いたいのかしらとセリアを見つめていると、隣からラカーシュが口を出してきた。
「つまり、……セリアは君との約束を履行できなかったので、君が私に近寄らないという約束が無効になるということだ」
「へ??」
ラカーシュは私の片手を取ると、にこりと微笑んだ。
「だからね、君は好きなだけ私に近寄ってもらって構わないということだ」