49 魅了の力 7
突然、身近で上がった叫び声に、私は驚いて声を上げた。
「きゃあ!」
そして、何事かと辺りを見回そうとした時、目の前にラカーシュが立っていることに気付く。
ラカーシュは私と視線が合うと、はにかんだように小さく微笑んだ。
それを見た女生徒たちから、再度の叫び声が上がる。
「きゃ―――!! ラ、ラ、ラ、ラカーシュ様がルチアーナ様のお名前をお呼びしましたわ!!」
「ラ、ラ、ラ、ラカーシュ様がルチアーナ様を見て、微笑まれましたわ!!」
「そんな、そんな、そんな! 『彫像』様が、『彫像』様が、殿下以外に無表情を崩されるなんて!!」
えらい言われようだが、どれもが女生徒たちにとって驚くべき事案なのは間違いない。
……ほーらね、ラカーシュ。
だから、私が忠告したじゃない。
私を名前呼びしたり微笑んだりしたら、私がラカーシュの特別だと皆に勘違いされるわよって。
忠告しても、忠告しても、一切聞き入れようとしなかったラカーシュの頑固さを思い出し、この状況を招いたのはラカーシュ本人だわと、同情しないことにする。
ほーら、大変なことになっているわよ。
さあ、この状況をどう収めるつもりかしらと、お手並み拝見とばかりに、黙ってラカーシュを見つめていると、ラカーシュは微笑んだまま口を開いた。
「よかった。君に会いたくて、予定を早めて領地から戻って来たのだけれど、何とか間に合ったようだね」
ラカーシュの言葉を聞いた女生徒たちが、3度目の叫び声を上げる。
けれど、ラカーシュは一切気に留めることなく、嬉しそうに私を見つめていた。
……そ、そうきたか!
私は一瞬にして敗北を悟ると、宇宙人を見るような気持ちでラカーシュを見つめた。
やられたあああああああ!
ラカーシュは周りを一切気にしないタイプなのだわ。
きっと彼は、生まれた時から大勢の注目を当たり前のように浴びてきたので、衆目を集めることが常態となっていて、見られることに何の痛痒も感じないのだ。
あああ、自分に自信があるタイプによくあるパターンだわ。
このタイプは、誰にどう思われようと、一切気にならないのよね。
まさか、ラカーシュがこのタイプだったなんて。
がくりと項垂れた私だったけれど、大事なことに気付く。
……あれ、そういえば、例の魔物騒動から一晩経ったわけだけど、もしかしてラカーシュの混乱状態は継続中なのかしら?
そして、『ルチアーナ素敵フィルター』がかかりっぱなし?
恐る恐るラカーシュを見つめてみる。
すると、ラカーシュからきらきらとした目で見つめ返された。
信じたくはないけれど、嬉しそうに私を見つめ、「ルチアーナ嬢」と名前で呼んでくるラカーシュは異常状態が継続中に見えた。
「ああっ!」
そして、私は突然閃いた。
も、も、もしかして! ラカーシュも『魅了』にかけられているんじゃないのかしら!?
そうよ、そう考えれば、このラカーシュの異常状態も説明がつくじゃない!
まるで天啓のように突然閃いた考えだったけれど、考えれば考える程、そうだとしか思えなくなる。
そうか、そうなのね。
私一人だけが滅多にない魔術をかけられていたのだと思っていたけれど、仲間がいたのね。
私は優しい気持ちになると、『魅了』にかけられた先輩として、後輩であるラカーシュを導くことにした。
手に持っていた教科書を机の上に置くと、正面からラカーシュを見つめ、にっこりと微笑む。
「ラカーシュ様、安心してください。私には、あなたの状態が理解できます。相手の全てが素晴らしく見えて、もうどうしようもなく夢中になっているんですよね?」
コンラートのことを思い出しながら、私はラカーシュに同調しようと努める。
分かる、分かるわよ、ラカーシュ。
コンちゃんは可笑しな笑い方をするし、頭も弱いんだけど、そこが可愛いと思ってしまうのよね。
他の相手であればマイナスポイントになる部分が、コンちゃんの場合は全てプラスポイントになってしまうんだから、どうしようもないわ。完全に魅せられているのよね。
「その通りだ、ルチアーナ嬢。昨日からずっと、私は君のことしか考えられない」
ラカーシュは私を見つめると、うっすらと頬を赤らめた。
どうやら、突然の仲間の出現に喜んでいるようだ。
私はさらに調子を合わせるため、勢い込んでラカーシュの言葉に返事をする。
「まあ、それは私よりも重症ですね! ただ、こればっかりは、医師にも回復師にもどうしようもないので……」
「分かっている。この病を何とかできるのは、君だけだ」
「へ? よ、よく分かりましたね」
ラカーシュの言葉を聞いた私は、驚いて声を上げた。
えええ、私が魅了解除の方法を探っていて、王国内でも一番詳しそうな魔術師団長に問い合わせ中だって情報を、いつの間にラカーシュは掴んだのかしら?
つい先ほどのことだというのに。
さ、さすが公爵家の情報網ってすごいわね!
というか、衆人環視の中なので、ラカーシュは魅了されていると、はっきりと言うことがはばかられ、ぼかした言い方をしていたのだけれど、ラカーシュの言い方だと既にそのことに気付いているようね。
そうでなきゃ、私の言葉にこれほどまで的確に返せないもの。
私なんてサフィアお兄様に指摘されるまで全く気付かなかったというのに、自分で魅了の魔術をかけられていると気付くなんて、やっぱりラカーシュは優秀だわ!
感心する私とは裏腹に、聞き耳を立てていた女生徒たちが、断末魔のような悲鳴を上げながら、一人、また一人とぱたぱたと倒れていく。
え、と驚きながらも、そうね、ラカーシュが状態異常の魔術をかけられていると思わなければ、聞きようによっては、ラカーシュが私に夢中であるように聞こえるわよねと納得する。
まあ、ラカーシュが私に夢中なのは確かで、けれど、それは魔術のせいで、そして、そのことをラカーシュも自覚しているのだけれどね。
そう考える私の考えを肯定するかのように、ラカーシュは言葉を続けてきた。
「ルチアーナ嬢、私は昨日、君とフリティラリア城の地下室で一緒になった時から、ずっと魅了されたままだ」
「え……」
ラカーシュの優秀すぎる一言に、思わず言葉に詰まる。
す、すごいわ! ラカーシュったら、魅了されたタイミングまで特定しているわよ。
私は心から感心して、ラカーシュを見つめたのだった。