46 魅了の力 4
「ええ、もちろん。僕で答えられることならば」
ルイスは大きな丸い目で兄を見つめると、誠実そうに頷いた。
……ああ、そうだった。
ルイスは名門公爵家の末っ子だったわ。
皆から大事にされ愛されてきたから、すごく素直に育っているのよね。
受け取り方によっては不躾だとも取れる、突然の兄からの質問に対し、誠意をもって対応しようとするルイスの態度を見てそう思う。
ルイスに案内されるまま、藤棚の側に設置されていた木製のベンチに3人で腰を下ろしたところで、兄が口を開いた。
「ルイス殿に聞きたいことは他でもない、『魅了』についてだ。単刀直入に言うと、妹のルチアーナが魅了にかけられている。だが、私はこの特殊魔術について詳しくはないので、術者と解除方法が分からない」
兄の言葉を聞いたルイスは、言いにくそうな表情をした。
「……失礼に聞こえたら申し訳ないけど、ルチアーナ嬢は本当に魅了にかかっているのかな? 魅了にかかっていると言ってくる者は大勢いたけれど、どれもが勘違いだった」
「ルチアーナの瞳に紋が刻まれている。私の理解が誤っていなければ、これは魅了されている者の印だったと思うのだが?」
兄がさらりと大事なことを言う。
え? え? 私の体に、私の知らないところで、何かが刻まれているんですか?
や、ちょ、前世ではピアスすらしたことなかったのに。これは、タトゥーの一種ですかね?
驚き慌てる私とは対照的に、ルイスはより困ったような表情をしただけだった。
「……では、ルチアーナ嬢、君の瞳を確認してもいいかな?」
育ちがいいので、はっきりと否定はしてこないけれど、明らかに私が魅了にかかっているという話を信じていない様子だった。
ルイスがこのような態度を取るということは、彼にとっても魅了の魔術は珍しいものなのだろう。
興味が薄い様子で至近距離から覗き込んできたルイスだったけれど、私の瞳に視線を移した途端、はっとしたように息を飲んだ。
それから、肌が触れ合うくらいに近付いてくると、真剣な表情で私の瞳を覗き込んでくる。
……え、ちょ、こ、これは駄目な距離ですよ!
むりむりむりむり、こんな美少年に近寄られるほどの修行を私は積んでおりませんから。
う、うわあ、ルイスってば、間近で見ても整っているって、どれだけなのよ。
美少年! これは、本当に美少年だわ。
間近で美少年に覗き込まれるという衝撃に、私は目を見開いたけれど、ルイスにとっては観察しやすかったようで、角度を変えて丁寧に瞳を覗き込まれる。
緊張し、呼吸をすることも躊躇われるような時間が続く。
実際の所要時間は分からないけれど、ルイスが姿勢を正した時には、疲労のあまりずるりとベンチに倒れ込んだ私だった。
び、美少年の破壊力って半端ないわね!
「……サフィア殿、大変失礼した。信じがたいことだけれど……間違いなく、ルチアーナ嬢は魅了の魔術をかけられている。こんなにはっきりとした紋は、僕も初めて見た。つまり、これほどの印を残せるということは、術者は強力な力の持ち主だということだ」
ルイスは、先ほどとは全く異なる真剣な表情で兄に説明を始めた。
対する兄は、わずかに頷くと先を促す。
「むー、それで、妹に術をかけた相手は特定できるものか?」
「……印の紋は、術者が『自分のものである印』をつけるためのものだ。だから、……この紋を正しく読み解ければ分かるのだろうけれど、申し訳ない。僕にはこの紋様に心当たりはない」
ルイスが申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。
「そうか。ところで、『魅了』の魔術を行使できるのは、ウィステリア公爵家だけだったな?」
聞き方によっては、ルイスの家を疑っているような発言を、兄はさらりと行った。
けれど、ルイスは反発することなく、真面目な表情で頷くと、兄の言葉を肯定した。
「その通りだ、サフィア殿。『魅了』は本当に特殊な魔術だから、王国広しと言えども、我がウィステリア公爵家の者しか行使できない。そして、そんな我が家でも、1代に1人しか継承されないほど希少なものだ。……今代でその稀有な特殊能力を引き継いだのは、僕の弟だった。けれど、弟は、……ダリルは6歳の時に亡くなった。だから、今現在、ウィステリア家の者で『魅了』の術を使える者は誰もいない」
「……まあ」
私自身は信じ切れないでいるものの、弟のコンラートは亡くなっているという話だった。
そのため、同じように弟を失くしたというルイスの悲しみが身につまされた。
「ルイス様、弟君のご逝去、心からお悔やみ申し上げますわ」
痛ましげな表情で言葉をかけると、ルイスはぱちくりと目を瞬かせた。
「ダイアンサス家の侯爵令嬢は、思いやりも常識もない女性だって聞いていたけれど、……噂なんて当てにならないね」
それから、ぺこりと頭を下げる。
「今朝は自己紹介もできなくてごめんなさい。ルイス・ウィステリア、学園の1年です」
「まあ、ご丁寧に。(でも、面と向かって、私の悪い噂を述べるところは、いかにも純粋培養された良家の坊ちゃんだわね。)ルチアーナ・ダイアンサスです」
同じように自己紹介をすると、ルイスは視線をずらし、じっと私の髪を見つめてきた。
「今朝遠目に見た時から、ルチアーナ嬢の髪色が気になっていたんだけど、近くで見ても、咲き初めの藤の花のような美しい色だね。だから、魔物も君を所有したくなったのかな?」
さらりとルイスが恐ろしいことを言ってきた。