45 魅了の力 3
正確に表現すると、女生徒が一方的にまくし立てており、ルイスは黙って聞いている状況だった。
「ルイス様、酷いわ! 私がこんなにルイス様のことを好きなのは、ルイス様が『魅了』の魔術をかけたせいなのに! なのに、好きになるだけならせておいて、後は知らない振りだなんて! 私に『魅了』をかけた責任を取ってください!!」
えっ、ルイスは『魅了』が使えたの!?
彼らの話を聞いていた私は、心の中で驚きの声を上げた。
ゲームの中で、ルイスが特殊な魔術を使えるという設定はなかった。
それなのに、この世界のルイスは『魅了』が使えるということなのだろうか?
訝しく思う私の前で、ルイスは困ったような表情で女生徒に向かって微笑んでいた。
「……僕は、『魅了』の魔術は使えないよ。あれは非常に稀有な特殊魔術だから。我が公爵家の人間においても、1代にたった1人しか能力者は現れないくらいだ。そして、今代でその特殊能力を引き継いだのは僕じゃない」
ルイスは何気なさを装って発言していたけれど、その目が悲しそうに陰ったのは、側で見ていて簡単に気付くことができた。
……ああ、ルイスは『魅了』の能力を引き継ぎたかったのだわ。
そんな彼に対して、……望んでいた『魅了』の能力を引き継げなかったルイスに対して、『魅了』の魔術をかけただろうという言いがかりは、辛いに違いない。
この女生徒がルイスを好きだと言うのならば、もう少し彼の表情に着目して、せめて傷付けないように発言してくれるといいのだけれど。
そう考え、どう対応したものかと迷っていると、自由人である兄が陽気な声を上げた。
「やー、ルイス殿が持っているのは、『魅了』ではなくてただの魅力じゃあないのか? 魔術の力で万人を魅せられるのならば、ぜひとも私の妹にかけてほしいものだな。恋愛的な感情面が未発達な妹の高等教育を完成させるためにも」
「な! お、お兄様、何を言っているのですか?」
突然、話題にされたので、驚いて声を上げる。
けれど、驚いたのはルイスと女生徒も同じだったようで、兄の発言にびくりとしたように振り返った。
驚いたという行為自体は私と同じだったけれど、彼らが驚いた理由は、兄の発言内容というよりも、2人きりだと思われたところに、突然声を掛けられたことによるものだろう。
「え……と……」
その証拠に、兄を見たルイスが戸惑ったように瞬きを繰り返す。
多分、いつの間にか盗み聞きをしていた傍観者が、図々しくも発言してきたことに驚いているのだろう。
分かります、茫然とする気持ちは分かりますよ。
けれど、早めに自分を取り戻さないと、いつの間にか兄のペースに巻き込まれてしまいますからね。
果たして、兄はとぼけたような表情で口を開いた。
「やー、お取込み中に申し訳ない。藤の花があまりに美しかったので、妹とともに鑑賞しに来たところだったのだが、まさか藤の花とも見紛うような美しい2人がいるとは思いもしなかった」
「ま……あ、サフィア様ったら!」
女生徒は兄のことを知っているようで、兄の名前を呟いた。
というか、兄を見た女生徒の頬が赤らんでいる。
……いやいや、あなたはたった今、ルイスに好きだと告白していたのでしょう?
それなのに、兄の適当な一言にも頬を染めるというのはどうなのかしら?
本当にきっと、全く心がこもっていない一言ですよ? そんなものに心を乱される価値はありません。
そう心の中でつぶやいていると、横から兄が口を差し挟んできた。
「アンナ嬢、恋を成就させるためには、駆け引きが大事だ。今の君は十分なくらいルイス殿を押しているので、次は引いてみるのもよいのじゃないか?」
「まあ、サフィア様が私にアドバイスをしてくださるなんて! そう……そうですわね。サフィア様のおっしゃる通りですわ。サフィア様、ルチアーナ様、お見苦しいところをお見せしました。それでは、ルイス様、またお会いしましょう。ごきげんよう」
アンナはくるくると表情を変えると、最後は恥ずかしそうな表情で足早に去って行った。
……ルチアーナは学園の有名人だから、アンナが私の名前を知っていたとしても、驚きはしないけれど……けど、お兄様はどうしてアンナの名前を知っていたのかしら?
不思議に思い、ちらりと兄を見上げる。
「お兄様はアンナ嬢とお知り合いでしたの? 少なくともお名前を憶えているくらいには?」
「やー、学園に通う女生徒は、たかだか100名程度だ。礼儀として、全員の名前を憶えているに決まっている」
「な、なるほど。お兄様ならそうでしょうね……」
兄の言葉に納得した私は、ぽつんと立ち尽くすルイスに向き直った。
ルイスは兄に視線を向けると、自嘲するように小さく微笑んだ。
「助けてくれて、ありがとう。僕はどうにも言葉を操ることに長けていなくてね。サフィア殿がうらやましい」
いやいや、誰もがお兄様のようになったら、大変だわ。
ルイスはそのままでいてちょうだい。
というか、ルイスがお兄様の名前を知っているということは、今度こそ知り合いなのかしら?
兄とルイスを交互に見つめていると、兄からため息をつかれる。
「ルチアーナ、聞きたいことがあるのならば口に出しなさい。それは、淑女の控えめな態度ではなく、好奇心に満ち溢れた子どもの態度だ」
「えっ」
「それから、お前の表情から読み取れる質問に答えると、学園内の生徒のほとんどは知り合いだな。そう大きくもない学園だ、知り合わない方が難しい」
……本当に、お兄様は社交的ですよね。
侯爵家の嫡男に、生まれるべくして生まれてきた感じだわ。
そう感心する中、兄が口を開いた。
「ルイス殿、聞きたいことがあるので、少し時間をいただけるかな?」