43 魅了の力 1
まだあどけなさが残る、整った貌が私を見つめてくる。
その白皙の美貌を見て、間違いない、攻略対象者である公爵家の三男、ルイス・ウィステリアだわと確信する。
ルイスの大きな黄色い瞳は長いまつ毛に覆われており、すっと通った鼻筋の下、女性よりも赤い唇が少しだけ弧を描いていた。
どこからどう見ても、完璧な美少年だ。
15歳という年齢からも分かるように、身長がまだ伸び切っていないようで、ルイスは私よりも少し高いくらいの背の高さだった。
そのため、視線の高さがほとんど同じで、安心感を覚える。
「……詩歌と呼ぶには短いし、珍しい形式をしているけれど、とても素晴らしい歌だと思う」
ルイスは少年特有の澄んだ声で、ゆっくりとそう言った。
突然のルイスの出現についていけず、硬直する私を知らぬげに、ルイスは言葉を続けた。
「藤の美しさを賛美する気持ちが、痛いほど胸に響くね……」
そして、……ルイスは、幹に預けていた体を起こすと、ゆっくりと藤の下まで歩み寄り、藤の花を見上げた形で……涙を流した。
ルイスの真っ白な肌の上を、透明の液体がゆっくりと滑り落ちていく。
「特に、藤が風に吹かれる様子を『藤波』と、波のように揺れ動く様だと表現したところが秀逸だ。……そうだね、もう一度愛しい人に会いたいと思いながらも、結局は叶わずに死んでいくものなのだね」
最後は独り言のように呟くと、腕を伸ばして藤の一房に触れた。
「藤は美しい花だ。華やかで、人を魅了する。藤のようになりたかったな……」
ぽつりと呟くルイスを見て、私は状況を理解しようと必死だった。
……ええと、ルイスは何を言いたいのかしら?
藤のようになりたかったと発言したけれど、ウィステリア公爵家の家紋は藤だ。
その家出身のルイスは、正に藤と表現しても差し支えないだろう。
髪色だって藤の色そのままで、ルイスの背後にある藤の花と同化しているように見える。
……というか、そもそもどうして泣き出したのかしら?
未だに静かに涙を流し続けるルイスが気になってしまい、私はちらちらと彼の顔に視線を送る。
ルイスは突然、涙を流し始めたわよね?
私は悪役令嬢ではあるけれど、彼を泣かすような意地悪な言葉は口にしていないわ。
それなのに、急に泣き出すなんて、一体何が理由なのかしら?
それに、出会った場所と相手が一致していたため、思わずゲーム通りの出会いだわと思ってしまったけれど、冷静に考えるとゲームとは異なる流れだわ。
そう考えながら、ゲームの主人公がルイスに出会うシーンを思い浮かべる。
主人公は確かに「春の庭」でルイスに出会いはした。
けれど、ゲームの中の出会いは、こんな早朝ではなく昼休みの時間帯だったし、ルイスは木の幹に体を預ける形で眠っていた。
すやすやと眠るルイスが風邪をひかないようにと、主人公が自分の上着を着せかけて去っていくという、今後の展開を期待させるシーンだった。のに、……はて、何だこれは?
現状が理解できず、思わず顔をしかめかけた私だったけれど、突然ひらめいて、「ああ!」と声を上げた。
そうだわ、私はゲームの主人公じゃないのだから、ゲームと同じシーンが用意されているわけがないじゃない!
あのシーンは主人公のものなのよ。
そうよね。こんなに可愛らしい美少年のお相手を私が務めようなんて、おこがましいにもほどがあるわ。
そう納得しながらも、……でも、個人的意見だけれど、あくまで私の主観だけれど、……このルイスが落涙するシーンは、ゲーム中の出会いのシーンよりも印象深いわねと思うのだった。