36 コンラート 2
「わ、分かったわ、コンちゃん。おやつは1日3回ね」
それくらいなら手を打とうと、私はコンラートの要求をのむことにした。
前世で一人暮らしをしていた時の料理スキルが私にはある。
世の中には、安価な手作りお菓子というものがあるのだ。
放逐されたら、侯爵邸で食べているような高級なお菓子は食べられなくなるけれど、庶民の味というのも結構いけるはずだ。
そう考えた私だったけれど、いや、まてよ、と思いとどまる。
「おふくろの味」という言葉があるわよね。
あれは幼少期に形成された味覚を、大人になっても最上のものだと思い込む、というような意味じゃなかったかしら。
あれ、だとしたら、コンラートは生まれてこのかた、高級なお菓子しか食べたことがないから、安っぽいお菓子は口に合わないなんて、言い出すかもしれないわ。
まずい、まずい。
今のうちから庶民のお菓子を食べさせて、舌に馴染ませておかないと!
私はコンラートに向き直ると、弟の小さな両手を握りしめた。
「コンちゃん、今日の晩御飯のデザートはお姉さまが作ります。コンちゃんが見たこともないお菓子だけど、きっと美味しいからね」
「わああい! コンちゃん、お菓子すき。いっぱい! いっぱい、作ってね」
コンラートは嬉しそうにソファの上に飛び乗ると、おかしな動きを始めた。
全身を不自然にくねらせ、上下運動をしている。
「コ、コンちゃん、それは何かしら?」
「コンちゃん、喜びの踊りだよ。『おねえっさまの、お菓子がたーべーたい♪ おねえっさまの、お菓子がたーべーたい♪』」
言いながら、短い手足を法則性もなくぷるぷると動かしている。
か、可愛い。コンちゃん、本当に可愛い!
この手足の短さが、コンちゃんの可愛さを強調しているわね!
弟のあまりの可愛さに打ち震えた私は、こんな可愛らしいコンちゃんのためになら、美味しいお菓子をどれだけでも作るわよと、と素早く立ち上がる。
「コンちゃん、それじゃあお姉さまは、コンちゃんのために美味しいお菓子を作ってくるからね! ああ、でも、コンちゃん。このお家をみんなで出て行くのは、最後の手段だから。お姉さまは、できるだけこのお家で暮らせるように、頑張るからね!」
あまりコンラートを心配させないようにと、万が一の話であることを強調する。
けれど、コンラートはあまり分かっていないようで、嬉しそうににっこりと笑った。
「大丈夫だよ。コンちゃんはお姉さまと一緒なら、どこにいても大丈夫だから」
「ぐわあああああ、コンちゃん可愛い! コンちゃんに、心臓をわしづかみにされたああああ」
私は扉の前まで移動していたにもかかわらず、びゅんと引き返してくると、コンラートにぎゅうぎゅうと抱き着いた。
こんな煌びやかな家や生活を捨てることになっても、私といられるだけで構わないなんて。
こんなに健気なことを言う人間が、コンちゃんの他にいるかしら?
いや、いない。世界中探しても、いないわね。
ああ、世界中で、私のことをこんなに好きでいてくれるのは、コンちゃんだけだわ!
「コンちゃん、コンちゃんは世界で一番可愛いわ! コンちゃんのためなら、お姉さまは何だって頑張れるからね!」
「えええ、それは、コンちゃんが可愛いから?」
小首を傾げて尋ねてくるコンラートがあざとくて、可愛い。
「そうです、そうです。コンちゃんが、可愛いからよ!」
「やったあ! コンちゃんは、お姉さまが大好き」
「ひゃあああああ! お姉さまもコンちゃんが1番好きよ!!」
弟から「大好き」をもらった私は有頂天になって、スキップしながら部屋を出て行った。
ああ、可愛い、可愛い、コンラート。
私は悪役令嬢かもしれないけれど、できるだけ頑張って断罪を回避するからね。
そして、あなたの生活を守るから!