35 コンラート 1
開いた扉の先で、コンラート(3)が床に座り込んでいるのが見えた。
よく見ると、片手にブリキでできた魔術師の人形、もう片手に魔物の人形を持っている。
どうやら、右手と左手で戦わせているようだ。
「コンちゃん」
声を掛けると、コンラートははっとしたように私を見上げた。
サラサラの薄い青紫の髪に緑の瞳を持った、天使のように可愛らしい容貌の男の子だ。
頬はちょっと下膨れでぷにぷにしているが、それがとても可愛らしい。
大きな丸い目が驚いたように見開かれ、頬は最初からバラ色に染まっている。
その見開かれた緑の目と、明らかに目が合った。
にも関わらず、コンラートはおもちゃを投げ出して、脱兎のごとく部屋の隅へ駆けて行った。
「へ?」
何をするつもりかしらと見ていると、積まれている大きなぬいぐるみの山の中に突っ込んでいく。
そして、たくさんのぬいぐるみの真ん中に位置すると、澄ました表情をして静止した。
……何をしているのかしら?
弟の行動が理解できずに、困惑して扉近くに立ち尽くしていると、コンラートは私を見て「ひゃひゃひゃ」と嬉しそうに笑い声を漏らした。
そこで初めて、コンラートはかくれんぼをしているのだと気付く。
えええ、目が合ったのに。
なのに、私がコンラートに気付いていないと思っているのかしら?
不思議に思ったけれど、実際にコンラートは自分が隠れ切っていると思っているようで、可笑しくてたまらないと言ったように笑い声を漏らしている。
「ぷくくく、ひゃひゃー」
仕方がないので、コンラートに乗っかった振りをして、私は困惑した声を上げた。
「あれー? コンちゃんがいないわね? あれれれれ、どこに行ったのかしら?」
「ひゃはははははー」
コンラートの笑い声が大きくなる。
……どうして、これで隠れているつもりなのかしら?
確かに、コンラートは混じっているぬいぐるみと同じくらいの大きさで、隠れ場所としては悪くないのかもしれないけれど、明らかに笑い声が出ているし、体全体が動いている。いや、気付くよね。
そうは思いながらも、コンラートが満足するまで付き合おうと、「あれー?」「コンちゃん、どこ行ったのー?」と繰り返しながら、ベッドの上や机の下を探す振りをする。
部屋の中を一通り探し終えたので、仕方なくもう一度机の下を探す振りをしていると、たたたたたと駆けてくる音がした。
来たわね、と思いながらも、気付かない振りをして机の下を覗き込んでいると、「ばああ!」と言いながら、弟が後ろからしがみ付いてきた。
「ええ、コンちゃん!?」
と驚いた声を出して振り返ると、コンラートは嬉しそうに、「げっげっげっ」と喉の奥で笑った。
わぁ、気持ちが悪い笑い方。なのに、コンちゃんだとそれも可愛く見えるから不思議よね。
「コンちゃん、どこにいたの? お姉さまは、コンちゃんがいなくなったかと思って、心配して探していたのよ」
そう言うと、コンラートは得意げに話し始めた。
「コンちゃん、ずっと部屋にいたよぅ。ぬいぐりみんと一緒にいたんだよぅ」
「そうか、ぬいぐりみんか。お姉さま、それは気付かなかったわ!」
驚いた振りをして答えながら、褒めるように頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
あああ、コンちゃんは今日も可愛いわね!
この可愛さだから、自分大好きのルチアーナも、例外的にずっと弟を可愛がっていたんだわ。
そう考えながら、弟の手を握る。
「コンちゃん、お姉さまはちょっとだけ、コンちゃんにお話があるのだけど」
そのままコンラートを誘導し、ソファに並んで座る。
話があると言ったにもかかわらず、私は話を始めるでもなく、ぴたりとくっついて座っているコンラートのつむじを見下ろした。
すると、しっかりと膝の上で組んでいたはずの私の手が、無意識のうちにさまよい出てしまい、コンラートの頭を撫で始める。
それから、頬をぷにぷにとつまみ出す。
ああ、相変わらずコンちゃんの髪はサラサラしているわね。頬だってぷにぷにして、何て触り心地がいいのかしら。
そう思って好きなだけ撫でまわしていても、コンラートはいつものことだと全く気にする素振りもなく、手の中にあるおもちゃの魔術師を見つめていた。
うーん、コンちゃんったら、私がこれだけ構っているにもかかわらず、一切無視して自分のやりたいことをやっているなんて、つれなくて可愛いわ。
というか、コンちゃんになら、優しくされても、冷たくされても、何をされても可愛いわよね。
ああ、こんな可愛らしいコンちゃんを路頭に迷わせたりしては、絶対にダメだわ。
そう考え、私は両手を膝の上に置くと、神妙な表情を作った。
「コンちゃん、お話があります。お姉さまは失敗しました。もしかすると、お父様やお母様みんなで、このお家から出て行くことになるかもしれません。綺麗なお家はなくなるけれど、お姉さまはずっとあなたのお姉さまです。……それでも、いいですか?」
私が話を始めると、顔を上げてじっと聞き入っていたコンラートだったけれど、話を聞き終えた途端に不思議そうに首を傾けた。
「? 分からないけど、お菓子は食べられる?」
「え?」
「コンちゃんは、お菓子を食べないと動けなくなるよ」
「え……と……、お菓子は1日1回でいいかしら?」
「ええ? 1日3回だよぅ」
3回! うう、思ったよりもお金がかかる子ね。
やっぱり、侯爵家の末息子だわ。何て甘やかされているのかしら。
その末息子を一番甘やかしている張本人であるにもかかわらず、コンラートの答えを聞いて、私はそう思ったのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
おかげさまで、今朝確認したところ、ジャンル別の日間、週間、月間、四半期で1位でした。
本当にたくさんの方に読んでいただいて、ありがたいことです。
しばらくは、コンちゃんとルチアーナが楽しくやれたらいいなと思っていますので、読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお付き合いください。