34 フリティラリア公爵の誕生祭 25
筆頭公爵家の領地は王都に隣接しているだけあって、それからすぐに、ユーリア様の自宅に到着した。
公爵家に同行させていただいたことのお礼を丁寧に述べた後、ユーリア様とは別れた。
……さあ、サフィアお兄様と2人きりになったわよ、これからが訊問タイムの本番ね、と身構えたけれど、なぜだか兄は一切質問をしてこなかった。
我慢できなくなった私が思わずそのことを尋ねると、実に兄らしい答えが返ってきた。
「やー、お前が珍しくも面白い存在だということは分かったからな。1度に全てを解明してしまっては、面白くないだろう。推測する時間を楽しもうと思ってね」
「……お兄様の考え方に賛成はできませんが、心から感心しますわ。全てにおいて、楽しむことを優先させる姿勢を貫けるなんて、すごいことです」
私は本心から感心して、賞賛するかのように兄を見つめた。
人間には色々な義務だとか、役割だとかがあるのに、それら全てを無視して面白さを優先させるなんて、ある意味誰よりも人生を楽しんでいるわね。
普通は、色々なものにがんじがらめにされていて叶わないはずなのに、自分の立場を保ったまま実践できるなんて、すごいことだわ。
でも、お兄様が質問をしないなら、逆に私が質問してもいいかしらと口を開く。
「お兄様、その、先ほどユーリア様と話していた内容ですが、……ええと、ラカーシュ様が私との交際を望むかもしれないとか、そんな話に聞こえたのですが、本当にそんな可能性があると思います?」
図々しい質問だとは思うけれど。
でも、兄とユーリア様の会話は、そんな風に解釈せざるをえないように聞こえたのだ。
兄はちらりと私を見ると、頬杖をついた。
「可能性はいつだってゼロではない。私としては強い相手を返り討ちにしたいので、ラカーシュ殿を歓迎するがね」
「それは、歓迎するとは言いません」
言い返しながら、困ったなと内心でため息をついた。
行きの馬車の中では、セリアの命が助かるようにと、それだけを祈っていた。
そして、その祈りは聞き届けられたようで、セリアは救われた。
だから、フリティラリア公爵家を訪問したことは1ミリも後悔していないけれど、でも、冷静に考えてみると、ラカーシュとの距離はすごく縮まったのではないだろうか。
つまり、攻略対象者から距離を置くという、元々の目標は全く達成されていない。というか、悪化している。
だからといって、一足飛びにラカーシュが私に好意を持つとは考えにくいけれど。
そもそもラカーシュは、そんな風に恋にうつつを抜かすようなタイプには見えないけれど。
けれど、もしもラカーシュに好意を持たれてしまったら。
そして、半年後に現れるゲームの主人公が、ラカーシュを選択してしまったら。
主人公からしたら、私は完全に恋のライバルだわ!!
ええ、もう、私が何をしたって意地悪に見えて、悪役令嬢と呼ばれ出すんですよ。
まずい、これはまずいわ。
……と、とりあえず、断罪されて、平民落ちした時の心積もりをしておかないと。
そ、そうだ、その時は一緒に放逐されるし、迷惑をかけることになるから、コンラートに平民落ちの可能性について説明しておかないと!
「お、お兄様、コンラートは家にいるのでしょうか?」
弟であるコンラートのことを思い出した途端、そわそわと気になり始め、ついつい兄に質問してしまう。
兄は数秒間黙って私を見つめた後、わずかに目を眇めながら口を開いた。
「お前が家にいる時間は、必ずいるだろう」
「そ、そうよね。あんなに小さいんだから、一人でどこにも行けないわよね」
私は安心したようにつぶやくと、馬車の窓から外を見た。
馬車は丁度、我が家の敷地に入って行くところだった。
私は兄に向き直ると、頭を下げた。
「お兄様、今回は私の突然の我儘に付き合っていただき、ありがとうございました。おかげで、全てが上手くいきましたわ」
兄は私がお礼を言うのを黙って聞いていたが、礼を言われるほどのことではないといった風に片手をひらひらとさせた。
私が感謝を込めて見つめると、居心地が悪そうに咳払いをして、「それよりも」と続けた。
「ルチアーナ、今後、同様なことが起こりそうな場合には私に伝えなさい。人命がかかわる可能性があるならば、確証がなかったとしても必ず協力しよう」
……やっぱり、お兄様は正義の味方じゃないのかしら。
そう言ったら、不愉快そうな表情をされるのだろうけど。
そう思いながら、私は玄関先で兄と別れた。
それから、汚れていた髪を隠すために被っていた帽子を脱ぐと、手渡されたタオルでごしごしと髪を拭きながら、弟の部屋へ向かった。
「コンちゃん、コンちゃん、開けるわよ?」
コンラートの部屋をノックしながらそう声を掛け、私はその扉を開けたのだった。