31 フリティラリア公爵の誕生祭 22
ラカーシュの真剣な様子に、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
ええと、ラカーシュはどうしてしまったのかしら?
エルネスト王太子と妹のセリア以外、他人には全く興味がないタイプだと思っていたのだけれど。
私の説明が足りてなかったのかしらねと困惑しながら、口を開く。
「なぜなら……ラカーシュ様はサフィアお兄様に強制されて、呼び方の変更を私に打診されたからですよ。ラカーシュ様の気持ちから出たものでもないのに、つけ込むのはよくないと思って、お断りした次第です。セリア様を救ったことに対する感謝は受け取りました。これまでの言動に対する謝罪も受け入れました。ただ、謝罪に関しては、これまでの私の言動にも非がありましたので、私も謝罪します。自分勝手な行動でラカーシュ様を煩わせて、すみませんでした」
根が生真面目なラカーシュからしたら、私の言動は目障りだったろうなと思い、素直に頭を下げる。
すると、反射的にラカーシュから腕を取られた。
「顔を上げてくれ、……ルチアーナ嬢」
「あの……」
「サフィア殿に強制されたわけではなく、私が君を識別したいと思ったのだ。……君自身を意味する、名前でもって。……不愉快かな?」
「………………不愉快では、ないですけど。そして、学園の生徒の多くが、私のことを名前で呼んではいますけど。でも……ラカーシュ様は女生徒の誰も、名前で呼ばれないでしょう? これでは、私が特別に見えますよ」
私は冷静に現状を指摘すると、ラカーシュに対して注意喚起を行った。
孤高の『歩く彫像』様ですよ。私ごときを相手に、地上に降りてくるものではありません。
冷静さを取り戻してください。
「特別……なのだろう、君は」
けれど、ラカーシュは未だに混乱しているようで、その返答は冷静さとは程遠かった。
……どうしてしまったのかしら、ラカーシュは。
相手が私以外なら、勘違いしてもおかしくない台詞ですよ。
そう思い、ラカーシュが後で後悔しないようにと、冷静に諭す。
「ラカーシュ様、目を覚ましてください。きっと、あなたは長年セリア様のことを心配されてきたのでしょう。その心配が取り除かれてほっとした分、一緒に心配を取り除いた私を仲間と見做し、信頼を置いてくれているのだと思います。でも、冷静になってください。私はたまたま、ここに居合わせただけですから。ここに居合わせていたのが他のご令嬢であったなら、協力したのはそのご令嬢で、その方がラカーシュ様の特別になったはずですから」
「いや、おかしなことを言っているのは君だろう。居合わせたのが君以外だったら、そもそも運命を覆すことなどできやしない。その前に、ご令嬢は我が身可愛さに、この場から逃げ出しているだろう。……通常のご令嬢は、君のように勇敢ではないよ」
……ダメだわ、これは。
何だかよく分からないけれど、私が素敵に見えるフィルターが、ラカーシュにはかかっているようね。
彼が冷静さを取り戻すためには、時間を置くしかなさそうだわ。
そう思った私は曖昧な表情を浮かべると、取り急ぎこの場を去ろうと考え、退出のための言葉を探した。
すると、その雰囲気を感じ取ったラカーシュが、そっと私の片手を取る。
「ルチアーナ嬢、一つだけ……具体的に謝罪をさせてもらえないか。君が学園の教室で、私を観劇に誘ってくれた件だ。あれは、……私をこの領地から、件の魔物から遠ざけようとしてくれた、君の配慮だったのだろう?」
「へ?」
突然の話に、私は驚いて声を上げた。
ど、どうして今さら、そんなことに気付くのかしら。
そして、なぜ今さら、そんな話を持ち出すのかしら。
ああ、サフィアお兄様の目が光ったわよ。あれは、面白いものを見つけた目だわ。
間違いなく、帰りの馬車で、このことを追及されるわね。
私はラカーシュの質問に何と返答したものかと考えていたけれど、その前に話を続けられる。
「ルチアーナ嬢、誠に申し訳なかった。君が私を観劇に誘ったのは、深い考えあってのものだったというのに、私の考えが不足しており、衆目の中で簡単に断ってしまった。よければ、……改めて、君を観劇にさそうことは可能だろうか?」
「いいえ、不可能です!」
想定もしていない話の流れに、私は驚いて否定の声を上げた。
あれ、あれ、あれ? どうして、こんな流れになったのかしら??
ぼんやりしていたつもりはないのだけれど、なぜこんな会話になっているのかしら?
ラカーシュは5本の指に入る主要な攻略対象者ですからね。近付くなんて、恐ろしいことはしませんよ!
私の拒絶を聞いたラカーシュは悄然とした様子を見せたけれど、思い直したように顔を上げると、言いにくそうに口を開いた。
「ルチアーナ嬢、誠に、……誠に耳障りな発言だということは自覚しているが、魔物と戦う際、『後ほど、淑女の在り方について話をさせてくれ』と君に言ったな。だから、話をさせてもらえるならば、……淑女の正しい在り方としては、男性の誘いをその場で断るものではないと思われる」
「へっ?」
「だから、観劇の件は今、この場で断るのではなく、保留にしてもらえると有難い」
「は……、え? いや、でも、……えええ?」
あれえ、これは本当に、ラカーシュなのかしら?
血も涙もなく、動く心もないと言われる『歩く彫像』で間違いないのかしら?
何だか訳が分からなくなり、?マークを頭の周りに飛び散らかしていると、兄から声を掛けられた。
「ルチアーナ、男性にここまで言われたのだ。たとえお前が末席淑女だとしても、微笑みとともに受け入れておきなさい」
「…………はい、お兄様」
正解が分からなくなってきたところだったので、1番物事が分かっていそうな兄に従うことにする。
……ま、まあ、後から断ればいいだけですからね。
ええ、もちろんラカーシュには決して近付くつもりは、ありませんけどね。
色々と言い訳をしていたけれど、心の中では分かっていた。
ええ、これは、その場を丸く収めようとする、私の悪い日本人気質ですね。
そして、大体の場合において、『あの時、もっとはっきり言っておけばよかった』と後悔するんですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
本作を投稿し始めて、今日で1か月になります。
毎日投稿することができて、自分でも驚いています。読んでくださる方のおかげですね。
どうも、ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いします。