29 フリティラリア公爵の誕生祭 20
ラカーシュは天気を語るような気安さで口を開いた。
「ダイアンサス侯爵令嬢、君が『世界樹の魔法使い』について、何も知らないことは理解した。そして、君と件の魔法使いの関係については、私の中で結論が出ている。……多分、サフィア殿も同様だろう。そのため、君にこれ以上尋ねる必要はないと思っていたのだが、……確かに、君の希望を聞いてはいなかったな。君はどうしたい?」
おもねるように尋ねてくるラカーシュを前に、私の答えは一つだった。
「もちろん、今後一切、私と『世界樹の魔法使い』を一緒に語らないでほしいです。ラカーシュ様もお兄様も結論が出たとのことなので、私が魔法使いではないと分かっていただけたようですが、今後は、冗談でも私を『魔法使い』と呼ばないでいただくと助かります。私は絶対に、そんな貴重な存在ではありませんから!」
私の言葉を聞くと、ラカーシュは探るように私を見つめてきた。
「『世界樹の魔法使い』と見做されるのは、嫌なのか?」
全く、愚かなる質問だ。
「もちろんですよ! お兄様の説明によると、魔法使いはとっても重要な存在みたいじゃないですか。冗談ででも、私が『世界樹の魔法使い』だと噂されてしまったら、それを信じた国の中枢部だとかが調べに来るかもしれないじゃないですか。そうしたら、偽物だとすぐに分かるので、騙った罪とかで、きっと私は断罪されるんですよ!!」
私は両手を握りしめると、勢い込んで話し始めた。
そう。この『世界樹の魔法使い』というのが、断罪の新たなパターンではないかと、私は閃いたのだ。
この世界がゲームの世界だろうという推測は以前行った通りだけれど、実のところ、前世において、ゲームの全ルートをプレイしたわけではなかった。
人気のあるルートはほとんどプレイしていたし、大抵の場合はお家取りつぶしの上、ルチアーナ一家が追放されるという筋書きだったため、どのルートを通ったとしても、本筋はそれで間違いないだろうと、一人決めしていただけだ。
けれど、今回の『魔法使い』云々の話を聞いて、私の知らない断罪パターンがあるのかもしれないと閃いたのだ。
つまり、『世界樹の魔法使い』の名前を騙った罪で断罪、というパターンがあるのかもしれないと。
私が知っている断罪理由は、主人公とヒーローの関係を汚い手段で邪魔をしたというものばかりだったので、魔法使いを偽称したというのは、これまでの罪と比べると異色だ。
けれど、だからこそ、この罪が他のパターンと比べて、重く裁かれる可能性があるんじゃないかと心配になったのだ。
何と言っても、『開闢記』にまで記されている存在だ。
重要な存在を偽証したと、厳しく断罪される可能性だってあるのじゃあないだろうか。
そう考えながらも一方では、緩めのゲームだったので、命を取られるほどの罪にはならないだろうと楽観視しているところはあるのだけど。
そんな風に色々と考えながら、私は口を開いた。
「先ほどお兄様から受けた『私は何者か』という質問ですけど、答えは選択肢の3ですわ。私は魔術の超天才でもなければ、『世界樹の魔法使い』でもなく、ただの侯爵家の平凡令嬢です!」
そもそも私は決して主人公になれない、ただの悪役令嬢でしかないですし。
『世界樹の魔法使い』なんて設定は聞いたこともないし、あったとしても悪役令嬢ごときに用意された設定ではないはずだ。
そう思い、自信満々に否定したのだけれど、ラカーシュと兄からはもの言いたげな表情とともに、沈黙を返されただけだった。
「ちょ、何ですか、その表情は! 言いたいことがあるなら、言ってください」
無言ではあるものの、完全に反論の意を雰囲気で表している2人に対して言い返すと、兄は諦めた様にくるりと目を回した。
「むー、私の経験から言うと、女性がそのような表情をした時は、何を言っても無駄なのだ。真偽のほどは別にして、本人の中ではもう事実が出来上がってしまっているからな。決して、意見を変更しない。こちらが言葉を連ねるだけ時間の無駄だということを、私は悟り済みだ。……まあいいだろう、『平凡令嬢』だったか? これほどお前にそぐわない単語もないが、しばらくは、お前の遊びに付き合うことにしよう」
相変わらずの斜めからの兄の回答だったけれど、私の気持ちを肯定はしてくれたようだ。
ラカーシュとセリアはどうかしら、と思って2人を見ると、セリアがぶんぶんと首を縦に振っていた。
「ルチアーナ様、もちろんです! 私も『先見』の能力持ちであることは、隠しております。卓越した能力を隠蔽することは、必要なことだと思います」
……明らかに、解釈がずれている。私が魔法使いであることを肯定されているし。
そうは思ったけれど、黙っているという結論は私の希望通りなので、セリアの答えに満足することにする。
どの道、今後はあまりセリアと関わることはないでしょうからね。
そう思い、最後の1人であるラカーシュを見やると、彼は1歩前に踏み出してきた。
「ダイアンサス侯爵令嬢、君の望みであれば、私が支持しないはずはない」
全くもって、ラカーシュに似つかわしくない話ぶりだ。
ラカーシュはこんな風に、誰かにおもねるような話し方はしない人のはずだけれど?
そう思い、ちらりと見上げると、ラカーシュの頬は再びうっすらと赤く色付いていた。
無表情で彫像のように整った美貌のラカーシュは、鑑賞対象としては満点だったけれど、人間としての感情があるかどうかは疑わしかった。
けれど今、顔に表情がついたラカーシュは、どこからどう見ても人間に見えた。非常に魅力的な人間に。
ぐふあっ。どうしてそこで、うっすらと嬉しそうに微笑むのかしら。
だめだ、ラカーシュの瞳がきらきらしてきた。
やばい、これやばい。本能的に警告がでるレベルだ。
逃げ出さないと……