289 緩衝地帯で一休み? 5
私たちは食堂でカールと別れると、『過去を振り返って話をする談話室』に向かった。
ここでは色々な話が聞けるから楽しいのよねと思いながら足を踏み入れると、なぜか1か所に人が集まっていた。
どうしたのかしらと覗き込むと、人々の中心に見知った顔が見える。
黄色とオレンジ色の神秘的な2色の髪をふわりとなびかせ、翠玉色の瞳をきらきらと輝かせた背の高い男性だ。
滅多にない美丈夫が普段着用している白い師団服ではなく、深緑色のかっちりした軍服を着用し、リラックスした様子でソファに座っていた。
彼の服の襟元や袖口には、赤や白の差し色が入っているけれど、きっと聖夜カラーに合わせたのだろう。
いかにも彼らしい遊び心だわと思いながらも、なぜ学園にいるのかしらと驚いて名前を呼ぶ。
「アレクシス?」
すると、彼は私に気付いてくれて、柔らかく微笑んだ。
「こんばんは、ルチアーナ。久しぶりだね」
「まあ、本当にアレクシスなのね」
私の言葉を聞いておかしそうに微笑むアレクシスは、先ほどまでカールに誘い掛けていたカンナ侯爵領を治める侯爵家の継嗣だ。
それから、王国に3つしかない師団のうちの1つ、海上魔術師団の団長でもある。
アレクシスと顔を合わせるのは王宮舞踏会以来だけれど、彼は高位貴族の出身だから、きっとこの学園の卒業生だろう。
とっくに卒業したはずの学園で何をしているのかしらと考えたところで、はっとする。
「もしかしてアレクシスは、どこかのチームから協力者として招待されたの?」
陸上魔術師団長であるジョシュア師団長が東チームの協力者として呼ばれていたため、アレクシスも同じようなものかしらと思ったけれど、彼は微笑みながら否定した。
「いや、私は聖夜のゲームとは無関係だ。学園の聖夜祭では毎年、この『過去を振り返って話をする談話室』が設置される。その際、卒業生も数名呼ばれて、学生たちと親睦を深めているんだ。今夜の私は、その中の一人というわけだ」
「へえー」
アレクシスの言うことはその通りだろうけど、私は毎年このイベントに参加しているものの、これまでアレクシスを見かけたことがないのよね。
どうして今年に限って、参加しようと思ったのかしら。
そう思ってじとりと見つめると、アレクシスは邪気のない顔で微笑んだ。
「卒業生として後輩たちと親睦を深めようと思ったのが2割。あわよくば君に会えないかなと期待したのが8割だな」
「まあ」
アレクシスらしい冗談ねと苦笑していると、彼は悲しそうに眉尻を下げた。
「過去の自分の行いが返ってきているのだから自業自得だが、……私はいつになったら君に信頼してもらえるのだろうね」
「もちろん信頼しているわよ」
「しかし、私が本気で言った言葉も、君は冗談と捉えるじゃないか」
「それはアレクシスが冗談で言ったからでしょう」
「ほら、これだよ」
アレクシスは寂しそうに笑うと、彼の隣のソファをぽんぽんと叩いた。
「座って、ルチアーナ。久しぶりに会ったのだから、話を聞かせてくれないかな。それから、お友達もどうぞ」
いつの間にかアレクシスを取り巻いていた生徒たちはどこかへ行ってしまったようで、彼の周りは閑散としていた。
不思議に思って首を傾げていると、アレクシスはおかしそうな笑みを浮かべる。
「生徒たちは全員、後ろの扉から出ていったから、きっと『ヤドリギを飾った部屋』に行ったのだろう。スーパースターでも現れたのかもしれないね」
「ふーん」
ということは、エルネスト王太子かラカーシュでも現れたのかしら。
アレクシスも同じくらいスーパースターだけど、学園内の認知度としてはあの2人の方が上よね。
そう考えながら、セリア、ユーリア様、ダリルとともに空いているソファに座る。
すると、アレクシスは穏やかに私たちを見回した。
「ここは『過去を振り返って話をする談話室』だ。だから、どこか懐かしくて、最後まで聞きたいと思うような話をしたいと思うのだが、何がいいかな?」
私はすかさず手を挙げると、当てられもしないうちに口を開く。
「私は恋愛適齢期になったわ。だから、恋愛の仕方をご指導してほしいわ」
私が知っている男性陣の中で、アレクシスが一番恋愛経験が豊富そうだし、モテそうだから、有益なアドバイスをしてくれるんじゃないかしらと期待する。
けれど、アレクシスは顔をしかめると、普段より低い声を出した。
「私が君に恋愛の指導をするだって? ……無理だよ」
アレクシスの態度を見たセリア、ユーリア様、ダリルの3人は驚いたように目を見開いた後、私とアレクシスを交互に見比べた。
「えっ」
「嘘でしょう」
「お姉様ったらいつの間に、新たな犠牲者を生んでいたの!?」
犠牲者って何かしらとダリルを睨み付けると、私の可愛らしい弟は真剣な顔で言い募ってきた。
「お姉様には恋愛指導なんて一切いらないよ。気付いてないかもしれないけど、お姉様は恋愛上級者なんだ。相手のことをよく見ていて、一番効果がある言葉と態度を使って完璧に相手を仕留めることができるから、これ以上の学習は必要ないよ」
「ダリルったら、適当なことを言わないでちょうだい。恋愛指導はお姉様にとって、どうしても必要な技術なのよ」
恋愛未経験者の私がどうやったら完璧に相手を仕留めることができるのかしら、と呆れながら言い返したけれど、ダリルはなぜか折れることなく言い返してきた。
「うん、でも、お姉様は恋人ができたことがないんでしょ。だから、恋人に対して自分がどんな風に振る舞うか分かっていないでしょ。驚かないで聞いてね。お姉様はびっくりするくらい恋人たらしだよ」
「いや、そんなはずないじゃない。そもそも恋人たらしって何かしら」
ダリルは家族のひいき目で、私が恋人と上手くやれると思っているみたいだけれど、それこそ誤解だわ。
もしも恋人ができた場合、浮かれてしまって、碌な受け答えができない自信があるもの。
「もちろん、『恋人たらし』というのはお姉様のことだよ。とはいえ、お姉様は僕やサフィアをメロメロにしているから『きょうだいたらし』でもあるし、近寄ってくる者は性別に関係なくメロメロにしているから『人たらし』でもあるけどね」
「ダリルったら、本当に適当なことを言っているわね」
酷いわよね、と同意を求めるようにアレクシスを見ると、彼は顔色を悪くして胸元を押さえていた。
「今の話は聞きたくなかったな。ルチアーナが恋人たらしとか、人たらしとか、褒め言葉かもしれないけど、今の私にはダメージが大き過ぎる。聖夜にする過去話にしても、もっと優しい題材を選んでほしいものだ。だから……私が話をしてもいいかな?」
「ええ、もちろんです」
「アレクシス様の言う通り、ルチアーナ様に恋愛指導は必要ないはずなので、お好きな話をしてもらって結構ですわ」
セリアとユーリア様がさくさくと返事をしたので、私は焦って2人に物申す。
「ちょ、し、指導がなければ、私はいつまでも独り身ですよ!」
そんなことくらい普段の私を見ていれば分かるでしょうに、と思いながら必死になって2人を思い留めようとしたけれど、私のお友達はきっぱりと否定してきた。
「「そんなことには絶対ならないので、安心してください!」」
そして、2人の後ろでは、ダリルがその通りだとばかりに、うんうん頷いていたのだった。







