268 ときめきの聖夜祭 2
麗しい兄を前に、私はぽかんと口を開けた。
「え?」
「できるか、プリンセス」
兄が重ねて質問してきたけれど、答えは決まっている。
「も、もちろん、でき、でき……」
できないと言ったら大変な目に遭うことは予想がついたので、必死でできると答えようとしたものの、兄の麗しさに魂が抜かれたようになってしまい、正しい言葉を紡ぐことができない。
そんな私を何と思ったのか、兄は触れるほど顔を近付けると、至近距離から見つめてきた。
いい香りが鼻をくすぐり、美声が耳を打つ。
「もしも私以外の男性に心惹かれたならば教えてくれ。その時は、私が何度でもお前を誘惑しよう」
人はピンチに陥った時、本来の力を出せるものらしい。
そのことを証明するように、それまで詰まっていた喉から大きな声が出た。
「ふ、不要です!! 私は誘惑をはねつけることができますから―――!!!」
「プリンセス」
兄が呼びかけてきたので、これ以上誘惑されては堪らないと、兄を見上げながら言葉を続ける。
「おおおお兄様も知っている通り、私はびっくりするほど貞淑です! 私はずっとお兄様と一緒にいます!!」
すると、兄はとろりとした甘い笑みを浮かべた。
「約束だ」
こくこくこくこく、と私は何度も何度も首を縦に振る。
まずい、まずいわ。なぜだか分からないけど、お兄様が冗談の域を超えてきた気がする。
こんな兄からこれ以上甘い言葉をかけられたら、私には耐えられないわ。
全力で肯定したことが功を奏したのか、兄は普段通りの笑みを浮かべると、私から体を離した。
助かった、と脱力したところで、学園内の灯りが一斉に消える。
「聖夜」では一晩中灯りを消し、月と星の光だけで過ごすことが慣習となっている。
そのため、灯されていた灯りが消されたようだけれど、暗すぎるんじゃないかしらと思ったところで、天上できらきらと輝いていた星が一斉に落ちてきた。
「えっ?」
驚いて夜空を見上げると、無数の星々は輝きながら落ちてきて、私たちの頭上数メートルから足元までの間の位置で停止した。
手のひらサイズの小さな星はきらきらと瞬きながら、辺りを明るく照らし出す。
どうやらこれが聖夜祭用の灯りのようだ。
ロマンティックねと思ったところで、兄の周りを漂っていた水球がぱちん、ぱちんと弾け出した。
水球は小さな星の明かりを受けて、きらきらと輝くと、滝のように光の流れを作る。
何て幻想的なのかしらと見惚れていると、その中心で兄が不敵な笑みを浮かべていた。
あ、あら、お兄様の表情は好戦的で、それはそれで素敵なのだけれど、清廉な聖騎士様にはそぐわないんじゃないかしら。
お兄様は聖騎士として、もっと清らかで邪気のない表情を浮かべるべきよねと注意しようとしたところ、兄が挑むような眼差しで私を見てきた。
その瞬間、嫌な予感がして、踏み出しかけた足を後ろに下げる。
そんな私に向かって、兄は邪気に満ち溢れた表情を浮かべた。
「余興は終わりだ。ルチアーナ、これからは全力でお前を獲得しようとしてくる有象無象の若者たちを返り討ちにする時間だ」