266 聖夜祭前イベント 3
それから、4時間後。
私は他の女子生徒と同じように寮の私室に戻ると、聖夜祭のための衣装に着替えていた。
正確には、凄腕の侍女であるマリアとドナが色々やってくれるのを、逆らうことなく黙って受け入れていた。
色々というのは、入浴から始まり、艶が増すという液体を髪にべたべた塗られ、「どうしてドレスを着る前にプディングを食べたんですか!」と文句を言われた一連のあれこれだ。
「私がプディングを食べたのは、とても美味しそうだったからよ」という至極当然の答えを飲み込むと、私は無心の境地で2人の前に立ち続ける。
実のところ、「お兄様が勧めた大きなプディングを断って、小さなプディングしか食べなかったのよ!」と誇りたいところだったけれど、どうせ褒めてはくれず、「そもそも食べることが間違いです」と叱られることは分かり切っていたため口を噤む。
私も賢くなったものだわと、自分の成長を誇らしく思っていると、2人が満足気な表情で私の前に鏡を運んできた。
終わったのかしらと、何気なく鏡を見た私は、驚きの声を上げる。
「わあ、撫子の花を見つけたわ!」
すると、私の後ろに立つ侍女たちが顔をしかめた。
「撫子の花ではなく、撫子の花の妖精です!」
「ええ、本当にお嬢様は驚くほどお美しいのですから、撫子の妖精そのものに見えます!!」
うーん、相変わらず私贔屓がすごいわね。
でも、この2人が私のドレスを注文しておいてくれたおかげで、私は助かったのよね。
私付きの侍女であるマリアとドナは非常に優秀で、いつだって私の不足を補ってくれるのだけど、今回もいつの間にか聖夜祭用のドレスを注文してくれていたのだ。
市販のドレスを加工して誤魔化そうと思っていた私が、恐る恐るその旨を2人に相談したところ、夢のように美しいドレスを運んできた時の驚きと喜びは忘れない。
それから、2人の優しさも。
「お嬢様はそれどころではありませんでしたからね。私たちが精一杯準備させていただきました!」
私の不手際を責めることなく、誇らし気に胸を張る侍女たちを見て、本当に優秀で素敵な2人だわと感激した。
けれど、ドレスを身に着けた途端、あ、優秀過ぎるんじゃないかしら、ほどほどでいいのにと思ってしまったのは仕方がないことだろう。
「何というのか……ダイアンサス侯爵家が本気を出してきたと誰もが思うわね」
思わずそう言ってしまうくらい、私は繊細で美しい一輪の撫子に見えた。
私の髪色より一段濃い同系色のドレスは薄く、ふんわりと私の体を包んでいるのだけれど、それらの色も素材も本物の撫子の花びらのように見えるのだ。
その結果、私自身が一輪の撫子に見えるという幻想的な現象が起こっていた。
一方、デザインは大胆なものになっていて、胸元が深く切れ込んでいる。
それから、花びらが重なったようなデザインのスカートは膝までしかなく、脚が丸見えだった。
「マ、マリア、ドナ、脚が……」
完全に露出している膝下を指差すと、マリアが分かっているとばかりに頷いた。
「ええ、白くて長くてまっすぐな、お美しいおみあしですね!」
「い、いや、そうじゃなく、脚が見えて……」
これはもうはっきり言わないと伝わらないわ、とずばり言いかけたところ、ドナが私の言葉を遮るように興奮した声を出す。
「正式な夜会では絶対に着られないドレスです! 私は常々、お嬢様のお美しい脚を誰にも見せずにしまっているのは、社交界の損失だと思っていました。やっと、公の場でお嬢様の美しい脚を披露できます!!」
わあ、2人とも確信犯だったわ。
この2人がいなかったら、私はドレスがなくて大変なことになるところだったから、文句を言うわけにはいかない。
2人ともそのことを分かっていて、最大限冒険したわね。
「う、うーん、収穫祭の時のズボンは透けていたから、脚の形が見えたと思うけど、でも薄い布すらなくて膝下を晒すというのは、また違うわね」
ちなみに、所属チームを識別するために付けるマークは、見える部分であればどこでもいいということになったらしい。
「それもそうよね。このゲームは出会い頭に勝負をするものではないから、即座に相手のチームを確認しなければいけないものではないものね」
だから、腕にでも貼り付けようと思っていたところ、侍女のマリアが「失礼、お嬢様!」と言って、とんでもないところに貼付してしまった。
「えっ?」
私は目を丸くした後、焦って鏡に近付く。
「え、ちょ、な、何てところに印を付けたの!」
声がかすれてしまったのは仕方がないことだろう。
マークは鎖骨の下、胸の谷間の真上に貼ってあったのだから。
何てことかしら。これは完全に胸の谷間に視線を誘導するための印だわ!
呆然とする私に、マリアが誇らし気な顔を向ける。
「グッドエクスキューズです! 『お嬢様の素敵な何かを確認したい。でも、そんなことは紳士としてできない!』という悩める紳士たちのために、不肖マリアが最高の言い訳をご準備いたしました!」
「お嬢様のふくよかな何かは、どうしたって男性の視線を釘付けにしますものね。いくら紳士の集団とはいえ、ちらりとも見ることができないのはあまりにかわいそうです。ですから、『違います、違います! 僕はルチアーナ嬢の胸を見たのではなく、鎖骨の下にあるマークを確認したんです!!』と100万人の男子生徒がお嬢様に言い訳できる機会をご準備しました」
「いや、学園にそんな大勢の男子生徒はいないから」
2人の物言いがあまりに大袈裟だったため、そこまで大したことではないわよね、と逆に頭が冷えてくる。
どちらにしても、既に貼られたものは仕方がないわ。
私がため息をつくと、ドナが仕上げとばかりに、花冠を頭に載せてくれた。
「これで完璧です!」
……本当に可憐な一輪の撫子に見えるのに、刺激的でもあるというのはどういうことかしら。
私は諦めの境地で、鏡に映った刺激的な撫子の妖精を見つめたのだった。