186 聖獣「不死鳥」 3
「聖獣に関すること……」
だとしたら、今私たちが求めている、聖獣との契約に関する何かが記載してあるかもしれない。
そう思ってごくりと唾を飲み込んだけれど、エルネスト王太子は皮肉気な笑みを浮かべると肩を竦めた。
「いずれにしても、全ては推測に過ぎない。誰一人、あの石の文字を読めないのだから、どうしようもないことだ」
「確かにそうですね。いつか賢い人が現れて、文字を読んでくれるといいですね」
慰めるようにそう言うと、期待していないとばかりにもう一度肩を竦められた。
「そのようなことができる者が現れたら、平民でもすぐに叙爵されるだろう。あるいは、既に貴族だとしたら陞爵 されるのは間違いないな」
「えっ、そんなにすごいことなんですか!」
ダイアンサス家は既に侯爵家だから、たとえば兄か私が羅針石を解読できたら、公爵家になるというのだろうか。
兄が公爵……似合わない。
いかにも公爵然としたラカーシュとジョシュア師団長に挟まれて、にやりと笑っている兄の姿が浮かんだけれど、あんな軽い調子の公爵なんているはずがない。
まあ、どっちみち、学園の劣等生である私にそんな難しい文字の解読ができるはずはないし、兄は公爵になることに興味はないだろうから、関係ない話だけれど。
そう考えながら、聖獣に視線を巡らせる。
すると、聖獣は数メートル先でぐっすりと眠っていた。
「これほど近くで眠るのですから、聖獣は殿下に心を許しているのでしょうね。ところで、殿下は儀式で聖獣の名前を聞き取れなかったとのことですが、よろしければもう少し詳しく、どんな様子だったのか教えてもらえますか?」
聖獣を間近に見たことで、守護すべき対象であるとより強く感じたため、色々と知っておくことで助けになるかもしれないと考えて質問する。
すると、王太子は嫌な顔をすることなく頷いた。
「ああ、話は100年前に遡るが、当時のリリウム家は聖獣と契約していたがために王位に就くことができた。そのため、我が一族にとって、聖獣との契約は何よりも重要視されるし、代々、王位に就く者は必ず聖獣と契約を交わしていた」
「そうなんですね」
納得できる話だわと考えながら頷いていると、王太子は説明を続けた。
「リリウム家において、王としての即位は前王の死を契機として行われるわけではない。王が王太子に対して『継承の儀』を行い、聖獣の真名を引き継いだことが確認されると、速やかに代替わりをするのだ。が……」
王太子は一旦言葉を切ると、ごくりと唾を飲み込んだ。
その様子を見て、この話をすることは彼にとって辛いことかもしれないことに気が付く。
なぜなら彼が次代の王として選ばれなかった、という話なのだから。
「父と私は、その『継承の儀』で聖獣の真名を引き継ぐことができなかった。その他の部分においては、前王であった祖父の言葉をきちんと聞き取れたのに、なぜか聖獣の真名の部分だけは意味のない音の羅列に聞こえたのだ」
そう結んだ王太子の顔は、はっきりと強張っていた。
そんな表情を私に見られたくないだろうな、と考えた私はできるだけ王太子を見ないように視線をそらす。
それから、思い付いたことをぽつりと口にした。
「……もしかしたら『真名』が新しくなる時期なのかもしれないですね」
私の言葉を聞いた王太子は、訝し気に尋ねてきた。
「どういう意味だ?」
「聖獣と契約して約100年と言われていましたから、もしかしたらちょうど100年目にきていて、それが1つの区切りだったのかもしれません。殿下はたまたま、1つの契約が終了する時期に居合わせたのじゃないですかね」
前世の生活に影響を受けた考え方かもしれないけれど、カードにしろ、賃貸契約にしろ、何だって契約期間が存在したのだ。
聖獣との契約も同じように、永遠に結ぶはずのものではないだろうから、明示されていなかっただけで、最大契約期間が定められていたのじゃないだろうか。
そのため、最大契約期間が到来した今、これ以上の契約更新ができなくなったのじゃないだろうか。
「君は……聖獣の真名を引き継げなかったのは私の問題でなく、ただのタイミングだと言うのか?」
驚いた様子で尋ねてくる王太子に顔を向けると、私ははっきりと頷いた。
「ええ。だって、殿下に次期国王として問題があるようには見えませんから」
お待たせいたしました! & いつも読んでいただきありがとうございます。
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