182 リリウムの名を継ぐ者 5
面と向かって鈍感だとか、自意識過剰だとか言われた私は顔をしかめた。
王太子ったら、思っていたよりも毒舌よね。
私以外の女子生徒の前では完璧王子様を演じているのに、最近の王太子は開き直ったように私の前で素を晒している。
『どう言葉で取り繕っても、君は私の底意を読み取るから』という意味のことを言われて以降、どんどんと本音が飛び出てくるようになったのだけれど、ちょっと歯に衣着せなさ過ぎじゃないかしら。
そうは思ったものの、本音を口にする王太子は生き生きとしているので、まあいいかと思えてくる。
王太子は生まれた時から女性を敬うよう育てられてきたため、ルチアーナのように心底嫌っていた相手にも、間接的な嫌味を言うだけで済ませていた。
そのせいで、色々とうっぷんが溜まっていたのかもしれない。
そうだとしたら、私を相手にした時くらい、思ったことを口にしてすっきりしてもらってもいいわよね。
そう考えながら、私は王太子の言葉を受け入れる。
「どうせ鈍感ですよ。同じようなことを、散々お兄様にも言われましたわ」
「そうだろう。君の鈍感さは一朝一夕にできたような簡単なものには見えないからな」
前言撤回だわ。これはずけずけ言い過ぎよ。
「ほほほ、でしたら察しの悪い私にはっきりと言ってくださいな」
「つまり……ラカーシュが君に魅かれるのも理解できる、ということだ」
文句を返されたら受けて立つつもりでいたところ、なぜだか誉め言葉のようなものが返ってきた。
そのため、ぽかんとして王太子を見つめる。
「へ?」
それから、慌てて言葉を紡いだ。
「そ、それは、私が少しだけでなく、だいぶ善良になった、と殿下にも信じてもらえたってことですかね?」
私の言葉を聞いた王太子は、これはダメだとばかりに目を瞑った。
「……そうではないのだが」
「えっ、だったら……」
王太子の言いたいことを当てようとしたけれど、それよりも早く言葉を紡がれる。
「長年、私にとっての懸念事項は聖獣問題だった。そのことに全精力を傾注していたから、色恋ごとに疎いことは自覚している。それでも……女性の魅力に気付かないほど疎いわけではないということだ」
けれど、王太子から言い直してもらったにもかかわらず、彼の言っていることがよく分からなかった。
まさか今さら、王太子が私を魅力的だと褒めることはないだろうし、何を言いたいのかしら?
「つまり、どういうことですか?」
もう一度丁寧に説明してもらおうと思って質問すると、王太子はふふっと小さく笑った。
「……これまでの君は、私の言葉の裏側を完璧に読んでいたが、例外もあるのだな。何とまあ、ここまで酷いのか。これはラカーシュも苦労するな」
何を仄めかされているのかは分からなかったけれど、馬鹿にされていることは分かったためにじとりと睨むと、王太子は笑みを浮かべた。
「はは、私がラカーシュの立場ならば、これほど鈍い者を相手にすることに苛立ちを覚えただろうが、傍観者の立場だと楽しさを感じるな。……要約すると、私は君と今後も上手くやれそうだということだ」
上手く誤魔化されたような気もしたけれど、王太子は楽しそうだったし、私を嫌っている風にも見えなかったので、この辺りで手を打とうと思った私は、「そうですね」と返事をした。
世の中には、深く追求しない方がよいこともあるわよね、と自分に言い聞かせながら。
―――それから、数日後。
とうとう滞在期間が終了する日の前日となった。
明日の朝には白百合領を発つ予定になっていたため、私は部屋で1人、荷物を整理していた。
昼食時に他の生徒たちと一緒になった際には、誰もがレポート作成に必要な資料を集めることができたと、満足した様子を見せていた。
私も白百合領については、本を1冊書けるくらいの情報を集めたけれど、聖獣問題を解決することはできなかったわ、と残念な気持ちになる。
ただし、村人が使用する水については、エルネスト王太子が外部地域から入手するよう手配済みで、既に村人たちへの供給が始まったと聞いていたので、ほっと胸を撫で下ろす。
この対策の効果が分かるのはもっと先のことだろうけれど、もしかしたらこの行為により、村人たちは風土病を発症しないかもしれない。
そうであれば、今回の訪問は十分な収穫があったことになるわよね、と希望的観測を抱く。
今日は白百合領で自由に動くことができる最後の日だから、長老様と子どもたちを訪問しようかしらと計画を立てていると、侍女が私を呼びにきた。
王太子とラカーシュがお茶に誘っているとのことだったので、案内されるまま部屋に向かう。
応接室に入ると、2人がソファから立ち上がって出迎えてくれたので、まあ、相変わらずマナーのお手本のようねと感心した。
ソファに座ると、侍女が私に3杯の紅茶を出してきたため、これは何の嫌がらせかしらとじろりと王太子を睨む。
すると、彼は邪気がなさそうな表情で両手を上げた。
「君への最大の配慮を表しているだけだよ。他意はない」
確かに先日は、王太子とラカーシュの分の紅茶を飲み干したけれど、いつもいつもあれほど喉が渇いているわけではないのだ。
「今後は一杯で十分ですわ」
きっぱりとそう言い切ると、王太子は楽しそうに微笑んだ。
「残念だな、私なりに敬意を表していたのに」
「いたずらをしている子どものようにしか見えませんが」
そう言い返すと、王太子は面白いことを聞いたとばかりに目を細めた。
「いたずら……。ああ、なるほど。そうかもしれないな。私は幼い頃からずっと帝王学を学んできたし、側にいた一番近い従兄は私以上に真面目だったから、いたずらをした覚えなどほとんどないからね。ふふ、そうか。ルチアーナ嬢が何だって受け入れてくれるから、私は君にいたずらを仕掛けているのかもしれないね」
「成人した世継ぎの君ともあろう方が、ふざけ過ぎですよ」
顔をしかめて苦言を呈したけれど、王太子からは上機嫌で返されただけだった。
「うん、そんな風に君はきちんと私を叱ってくれるからね。私が本音で接することができる相手は、ラカーシュや側近たちの数人だけだが、誰も君ほどには感情を露にしない。君の反応は新鮮だから、私もつい楽しくなってしまうようだ」
何だその理屈は。
思わず文句を言いそうになったけれど、侍女が運んできたお菓子が目に入ったために口を噤む。
「ルチアーナ嬢には王宮舞踏会を蹴ってまで白百合領に来てもらったことだし、こんな機会はもうないかもしれないから、せめて特産品を食べていってほしいと思ってね」
そう言いながら、王太子はこの地域特有のお菓子をたくさん、お茶請けに出してくれた。
まあ、王太子ったらものすごくいい人じゃないの。
でも、深窓のご令嬢としては、はしたないと思われないように、どれか1つで我慢しておくべきかしら。
残念に思いながら、たくさんのお菓子を目で追っていると、ラカーシュが取り皿にそれぞれの種類のお菓子を1つずつ取り分けてくれた。
「ルチアーナ嬢、できればそれぞれの菓子の作り手が異なるので、彼らの労力に報いるためにも一口だけでも食べてやってほしい。無理をする必要はないが」
まあ、ラカーシュったら何て素敵なエクスキューズなのかしら、と私は感心して彼を見上げる。
「それでしたら、遠慮なく全てを食べさせていただきます! 大丈夫です、全く無理はしていませんので」
そして、それらのお菓子を口にしてみたところ、どれもがすごく美味しかった。
そのため、ぱくぱくと次から次に食べていると、王太子がしみじみとした声を出した。
「ルチアーナ嬢、……君には、大変世話になった」
突然の改まった様子に視線を上げると、王太子は好意的な表情を浮かべていた。
「君には色々と教えてもらった。そして、そのどれもが私の知らないことで、ためになった。……君はいつだって一生懸命で、献身的で、魅力的だな。ラカーシュがこれほど君に夢中でなければ、私も名乗りを上げているところだ」
「エルネスト!」
ラカーシュが尖った声を出すと、王太子は降参を示すかのように両手を上げた。
「冗談だ。お前が初めて本気になった相手だ。当初は、お前の経験のなさが仇になって、とんでもない悪女に誑かされたのかと危ぶんでいたが、今ならお前が魅かれた理由が理解できる。だが、いくら何でも、一番大事な従兄と同じ女性を争うつもりはない」
そう言うと、エルネスト王太子は私に向かって友好的な笑みを浮かべた。
「いずれにせよ、君は変わった。そして、新しい君の側にいるのは非常に楽しい。無私の心で白百合領のために尽力してくれた恩もあるし、よければ今後も君と付き合っていきたい。私の友人でいてもらえないだろうか?」
……こ、これはもしや、名前を付けるならば「友情ルート」というものかしら。
そうであれば、将来的に主人公が現れて、断罪されることになっても、「ルチアーナはそう悪い奴じゃないから」と手心を加えてもらえるのじゃないかしら。
エルネスト王太子は攻略対象者の中でも最高権力者だし、私の望む最高の関係が手に入ったということかしら? やったわ!
内心高笑いをしながら、「光栄です、殿下」としおらしく答えていると、突然辺りが騒がしくなった。
何事かしらと耳を澄ませていると、カツカツと廊下から規則的な音が響いてくる。
どうやら誰かが廊下を走っているようだわ……と思っている間にバタンと部屋の扉が開き、見慣れた黒髪黒瞳の美少女が飛び込んできた。
「えっ、セリア様!?」
思わず驚きの声が飛び出たけれど―――それは仕方がない事だろう。
なぜなら扉口に立っていたのは、王都にいるはずのラカーシュの妹のセリアだったのだから。
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