176 手札公開(ただし乙女ゲームについては除く) 2
辛抱強く待っていると、エルネスト王太子は埋めていた両手から顔を上げて、暗い表情で私を見つめてきた。
「ルチアーナ嬢、君がとっておきの手札を公開したことは理解した」
「あ、はい」
王太子が言った「とっておきの手札」とは、「王家と守護聖獣の契約は切れているという情報」のことだろう。
さすが王太子、洒落た言い回しをするわね、と思ったけれど、既に人払いはしているものの、どこで誰に会話を聞かれるか分からないので、「王家と守護聖獣の契約は切れている」と口に出さなくて済むように彼が言い換えたことに気付く。
世継の君は用意周到だわと感心していると、彼は言葉を続けた。
「君が得たのは王家を転覆させることができるほどの情報だ。そのため、このことについては、私と国王しか知らないはずだったのだが……恐れ入ったな。これほどの情報を入手するとは、とんでもない技術だ。しかも、4年前という時期まで言い当てるとは、見事だとしか言いようがない。君がその入手方法を隠そうとすることは至極もっともなことだ」
ほの暗い表情でそう言い終えた後、王太子は表情を引き締めた。
「いくつか質問してもいいかな?」
相互理解は協力関係にとって大事だわ、と考えた私は大きく頷く。
「もちろんです!」
すると、王太子はずばりと核心的なことを尋ねてきた。
「このことを知っている者は、君以外にいるのか?」
「いません」
王太子が必死になって隠したがっていたことは知っていたため、広めるべきではないと考えて黙っていたのだ。
私の答えを聞いた王太子は安心するかと思ったのに、なぜだかさらに厳しい表情を浮かべた。
そして、王太子の隣に座るラカーシュまでもが、ぐっと奥歯を噛みしめた。え、どうして?
2人のリアクションが私の想像と異なるものだったため、疑問に思って首を傾げる。
あ、あれ、私は答えを間違えたのかしら?
でも、嘘を言うわけにはいかないし、異なる答えは返せないわよね、とぱちぱちと瞬きを繰り返していると、王太子はさらに質問をしてきた。
「君はこれほどの情報を持ちながら、なぜこれまで1人で秘していたのだ? 黙って抱えているだけでは、秘密は価値を生み出さない。私を脅すなりして、その秘密を有効活用すべきだったのに」
王太子を脅す、と思ってもみないことを言われたため、驚いて言い返す。
「えっ、王太子殿下を脅したりしたら、仕返しが怖いじゃないですか! そんなことしませんよ」
王太子は顔をしかめると、額に手を当てた。
「仕返しとは……私はいじめっ子か?」
先ほどからの会話を基に推測するに、どうやら王太子の思考は私の考えとは異なる方向に働いているようだ。
そのため、これでは会話が成り立たないと思った私は、理解してもらおうと口を開く。
「エルネスト殿下が聖獣との関係を隠したがっていることは、以前から知っていました。そして、私はその気持ちを尊重したいと思い、知らない振りをして過ごしてきました。ですが、兄が腕を失ったため、聖獣の力を借りたいと考えるようになったんです」
そこで一旦言葉を切ると、私は握りこぶしを作って王太子を見つめた。
「そのため、勝手ではありますが、殿下にはどうしても聖獣と契約を結び直してもらいたいのです。加えて、その方法を見つけるため、殿下とラカーシュ様の知恵をお借りしたく、皆で現状を共有したいと考えました」
王太子は黙って私の言葉を聞いていたけれど、すぐに私の真意を確認するかのように尋ねてきた。
「君の望みはサフィア殿の腕を取り戻すことだけなのか? 君の持つ秘密を盾にすれば、私はどんな要望に対しても、首を縦に振るだろう。たとえば君が……王太子妃になりたいと言い出したとしても」
王太子の口から発せられた内容がとんでもないものだったため、私は驚いて否定する。
「ええっ? そ、そんなこと、絶対に望みませんよ! エルネスト殿下から嫌われているのは分かっているのですから、そんな相手と結婚したいなんて、思うわけがありません!!」
私はストレートに言い過ぎたようで、これまで冷静に言葉を重ねていた王太子が動揺した様子を見せた。
「嫌われているって……ああ、そうか。君は言葉の裏側を読み取れるのだったな。い、いや、だが、私は君を嫌ってはいない。それに、たとえそうだとしても、未来の王妃になることに比べたら些末事ではないか」
王太子の口から出たのは、さらにとんでもないことだったため、私は再び激しく否定する。
「いいえ、大事なことですよ! 嫌われている相手と結婚しても、楽しくない毎日が待っているだけじゃないですか! その上、王太子妃として毎日公務を頑張らなければいけないんですから、ちっともいい待遇とは思えません。もちろん、好き合った相手と結婚したのであれば、私だって頑張りますけど」
「…………」
王太子が信じられないとばかりに目を剥いたので、あっ、この考え方は貴族らしくないのだったわ、と勢いに任せて話をしたことを後悔する。
そのため、私は穏やかな口調に切り替えると、話を締めくくった。
「ええと、つまり、私にとっては好き合った相手と結婚することが1番の希望ですから、嫌われている王太子との結婚はあり得ません。どうぞご安心ください」
話を聞き終わった王太子は、毒気を抜かれた様子でぼそぼそと小さな声を出した。
「…………………そうなのか。だとしたら、王家に対して他に要望は……」
きっぱりと否定したにもかかわらず、王太子がしつこく尋ねてくるので、私は三度否定する。
「何もないです!」
きっぱりはっきりそう言い切った私を、王太子は奇異なものを見る目で見つめてきた。