173 白百合領視察 4
長老は長い髪を複雑に編み込んだ、100歳くらいのおばあちゃんだった。
背がとても小さくて、楽しそうな笑みを浮かべている。
一通りの自己紹介が終わると、私たちは小さなテーブルを囲むように4人で座り、膝を突き合わせたのだけれど、やっぱり長老は楽しそうにふふふと笑っていた。
そのため、私も楽しくなってふふふと笑う。
「長老様、この村はいいところね。ここにくるまでにたくさんのお家を回ったけど、誰もがすごく親切にもてなしてくれたわ」
「そうじゃろう、この村は長いこと聖獣様の恩恵を受けてきたからのう。いつだって恩恵を与えられてきたので、同じようにできることを返すのが、この村の者の考え方になっとるんじゃ」
長老が聖獣に言及したので、これはチャンスだわと考えて質問する。
「長老様、聖獣は昔から聖山に棲んでいて、この地を守っているのよね? ここ4年ほどの間に、聖獣の行動が変わったと思うことはなかったかしら?」
私の質問を聞いた王太子は、びくりと体を硬直させると、探るように私を見つめてきた。
一方、長老は楽しそうにふふふっと声を出して笑い始める。
「なぜそんな質問をするのじゃ?」
「さっき畑を見てきたのだけど、作物が赤く変色していたわ。それは4年前から発生したとの話だったけれど、そのことに聖獣が関係しているんじゃないかと思ったの。もしかしたら聖獣は4年前から……自由に行動するようになったんじゃないかって」
聖獣は4年前から王家との直接契約が切れている。
そのため、聖獣は強い契約に縛られることなく、自由に動いているのではないかしらとの推測に基づいた質問だったのだけれど、長老は驚いたかのようにきょとりと目を丸くした。
「言われてみたら、その通りじゃな。以前はこの地に聖獣様がお戻りになられるのは、年に数回程度だったのに、最近ではほぼ毎日聖山に留まっていらっしゃる。聖獣様は生まれ故郷である聖山がお好きだから、ご自分が好きな場所に留まっているのじゃろうな。このことを自由と表現するのならば、そうじゃな」
長老の答えは予想と一致していたので、さらに突っ込んで質問する。
「聖獣は聖山で何をしているのかしら?」
「さあての。山の頂上付近にいつもいらっしゃって、私たちはそこまで近づけないから、何をされているのかはよく分からんの。最近では、村の上を飛ぶこともないし、『癒しの欠片』を落とすこともないからの」
「まあ、そうなのね」
だとしたら、今日の朝、ラカーシュとともに聖山に登った際、聖獣から煌めく光を落とされた私たちはすごく運が良かったのだわと考える。
ちらりとラカーシュを見ると、彼もその時のことを思い出していたようで、考えるかのように眉を寄せていた。
さらに質問をしようとしたその時、突然大きな音を立てて玄関扉が開かれた。
続いて、賑やかな声が響く。
「ひーひーひーばーちゃーん!」
「ちがうよ! ひーひーひーひーばーちゃんだよ!!」
ぱたぱたぱたという足音ともに、そんな声が聞こえたかと思うと、長老の腰に2対の腕が回された。
はっとして目をやると、何とも可愛らしい4、5歳くらいの子どもが2人、長老に抱き着いていた。
「こりゃ、お客様の前じゃよ!」
そうたしなめる長老の声は笑いを含んでいて、子どもたちを可愛がっていることがよく分かる。
そのため、私は笑顔で子どもたちに話し掛けた。
「こんにちは、ひーひーひーひーおばあちゃんとお話をしているルチアーナよ」
「「こんにちは、ルチアーナ!」」
「まあ、上手に言えたわね!」
嬉しくなった私は、そうだわと思い出して、籠の中から小さな包み紙を取り出す。
「これはさっきもらった甘いパンよ。一緒に食べましょう。さあ、手を洗って、椅子を持ってきてちょうだい」
子どもたちは笑いながら手を洗いに行くと、背の低い椅子を持ってきた。
どうやらこの家には、子ども専用の椅子が置いてあるようだ。
椅子を入れるスペースを空けようと、隣に座るラカーシュに断って彼の方に席を詰める。
すると、子どもたちは空いたスペースに無理矢理小さな椅子を2脚並べると、その上に立ってテーブルの上を覗き込んだ。
「わあ、このパンはドナおばさんとこのやつだね!」
「ドナおばさんのパンは必ず端っこが焦げるけど、すごくおいしいの!」
そう嬉しそうに教えてくれると、それぞれ手を伸ばしてきた。
「えっ?」
けれど、子どもたちの腕を目にした私は、驚いた声が出る。
なぜなら2人とも、腕にくっきりとした斑点が浮き出ていたからだ。
そして、その斑点の色は、先ほど畑で見た変色した作物と同じ色に見えたのだった。