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166 聖山 2

一体どうすれば、私は悪役令嬢でなくなるのかしら。


そう考え込んでいると、ラカーシュの声が降ってきた。

「ルチアーナ嬢、君はどこまでも私を変えていくのだな」


顔を上げると、どこか楽しそうなラカーシュの表情があった。

「まさか学生の身で、王国魔術師団長を超えようと思う日が来るとは思いもしなかったが、君はそのチャレンジを私に課してくれたのだ」


「い、いや……」

否定しかけたけれど、その言葉が途中で途切れる。


そんなつもりはこれっぽっちもなかったけれど、結果として、ラカーシュに大変なことを強いたのは事実だったからだ。

もしかしたら私の体の隅々に悪役令嬢気質が残っていて、その気質がラカーシュに無理な要求を突き付けたのだろうか。


そんな可能性もありそうな気がして、申し訳なく思っていると、彼は自嘲するような薄笑いを浮かべた。

「私はいつの間にか、自分で限界を定めていたのだな。勝負をする相手は、自分自身のみだと決め込んでいたのだから」


それから、ラカーシュは雰囲気を変えるかのように、小さく微笑んだ。

「ルチアーナ嬢、君にそのような表情を浮かべさせ、困らせたことを謝罪する。言い方が悪かったが、私は私のために努力をするのだから、君が気に病むことは1つもない。むしろ私は楽しさを感じているのだから、君には感謝をしたい気持ちだ」


「そんなはずは……」

いくら私だって、ラカーシュが私の気持ちを軽くするために、事実を脚色していることくらいは理解できた。

私がジョシュア師団長から告白されたことを知ったがために、ラカーシュは師団長に挑戦し、勝たなければならないと考えたのだろうから。


けれど、それだけではなくて、……確かに彼の言う通り、ラカーシュは師団長に挑戦することを楽しんでいるように見えた。


ああ、ラカーシュはいつだって冷静で思慮深いけれど、能力が高い分、それが誰であれ相手に勝ちたいという好戦的な一面があるのかもしれない。

無言のままごくりと唾を飲み込むと、ラカーシュは手を伸ばしてきて、私の髪に挟まっていた葉っぱを取り除いてくれた。


「えっ?」

ラカーシュがさり気なく地面に捨てた葉っぱは、いつから私の髪に絡まっていたのかしら?


全く気付いていなかったため、恥ずかしく感じていると、私の表情が変わったことに気付いたラカーシュは、ほっとした様子を見せた。


「ルチアーナ嬢、思えばこれまでの私は、エルネストとセリア以外の者と、ほとんどかかわってこなかった。そのため、正しい対人関係を理解していない可能性がある。だから、君とのかかわりの中で、戸惑わせるようなものがあったならば、すぐに私に教えてくれないか」


それから、ラカーシュはおどけるかのように一言追加した。

「不手際があったとしても、長らく彫像であったものがやっと人になったのだからと、大目にみてくれるとありがたい」


その言葉を聞いた私は、びっくりして彼を見つめる。

まあ、出会った頃のラカーシュは、決してこのような冗談を口にしなかったはずなのに、いつの間にか、彼は少しずつ変わってきているのだわ。

そして、その変化は彼自身の生活を楽しく変えるように思われたため、私は嬉しくなる。

それから、先日もラカーシュから同じようなことを頼まれたことを思い出し、彼は変わりたがっているのかもしれないと考えた。


「ふふふ、分かりました! 私でよければ、人になったラカーシュ様に色々と教えてあげますね。でも、慣れないラカーシュ様が失敗をしたとしたら、それを目撃した女子生徒たちは間違いなく大喜びすると思いますから、教えすぎることも躊躇われますね」


すると、ラカーシュはぴくりと頬をひきつらせた。

「私が失敗をしたら、女子生徒が喜ぶのか? ……君の言葉を正しく理解できてはいないが、どうやらあまり失敗しない方がよさそうだ。分かった、できるだけ気を付けるとしよう」


しまった。今の言葉は、できるだけ気を付けないでほしいということだったのに、逆に捉えられてしまった。

ラカーシュの失敗を女子生徒たちは尊く思うだろうから、彼女たちのために彼の失敗を取っておかないといけないと考えた私は、それ以上余計なことを言わないように口を噤む。


それから、うふふふふ、と顔を見合わせてラカーシュに微笑んでいたところ、風向きが変わったのか、ふわりと気持ちのいい風が吹いてきた。

そのため、私はラカーシュに断って立ち上がると、木の陰から出て行って麓の方を覗き込んだ。

せっかく聖山に登ったのに、景色を一切見ていなかったことに、遅まきながら気が付いたからだ。


けれど、興味深げに山の麓を見つめていた私の上に、突然、ふっと影が差す。

何かしらと空を見上げると、鮮やかな赤と金が視界いっぱいに広がった。

咄嗟のことに、驚いて大きく目を見開くと―――私の視線の先には、探し求めていた聖獣が羽ばたいていた。


鮮やかな赤と金の色をした、長い尾を持つ聖なる鳥である不死鳥。

その不死鳥が私の頭上を飛んでいるのだ。


「……っ!」

偶然だろうけれど、切望していた聖獣に逢えたことで、心臓がばくばくと高鳴り出す。

私は声も出せないまま、瞬きもせずに大空を羽ばたく聖獣を見つめた。


―――生まれて初めて目にした不死鳥は、想像していた姿の何倍も神々しかった。

炎が燃えているのかと思われるほど鮮やかな赤色と、きらきらと輝く黄金が交じった美しい羽根が、青空をバックにこれ以上はないほどの美しさを見せている。


うっとりと見とれていると、不死鳥はその美しい羽根で優雅に羽ばたいた。

その動きにより、きらきらとした光が降ってくる。


「まあ、『癒しの欠片』ね!」

きらきらとした輝きに手を伸ばしながら、私はそう呟いた。


不死鳥は空を飛ぶ際、時々、気まぐれで煌めく光を落とすのだけれど、その光を浴びた人々は全員、ほんの少しだけ体調が良くなるのだ。


不死鳥はどんな怪我や病気も治すことができるけれど、実際にその力を示すのは、数年に1人程度だ。

そのため、全てを癒す力はすごいものではあるけれど、国民に与える影響力としては大きなものではなかった。


一方、不死鳥が零す煌めく光は『癒しの欠片』と呼ばれていて、多くの国民がその恩恵にあずかっていた。

なぜなら不死鳥は様々な場所を飛び回り、大勢の人々のうえに『癒しの欠片』を降らせていたからだ。


そのため、聖獣は国民に祝福を与えてくれる存在だと信じられており、人々は聖獣がこの国を護ってくれていると信じていた。

そして、恐らく、このことこそが、聖獣から与えられる最も大きな恩恵だった。


「まあ、光が溶けていくわ」

私は驚いて声を漏らす。

手を伸ばして聖獣が落とした煌めく光を受け止めたのだけれど、その光があっという間に溶けて、体の中に吸い込まれていったからだ。

その途端、吸い込まれた部位に温かさを感じるとともに、体全体が何とも言えない心地よさに包まれる。


そして、聖山に登ったことでへとへとになっていた全身が、一瞬にして元気になった。

痛みを覚えていた足も、山に登る前であるかのようにすっきりとしている。


「えっ、こんなに明らかに体調が改善するものなの!? まあ、これは本当に、素晴らしい祝福だわ! 輝きを身に受けるだけで、これほど元気になれるなんて」

驚いて目を見張ると、私の後ろに立っていたラカーシュも輝きを身に浴びたようで、力強く同意した。

「ああ、さすが王家を王家たらしめている守護聖獣の力だ」


「ああ!」

けれど、ラカーシュの一言で、現実に立ち返ってしまう。

そうだった、かつての聖獣は王家に従っていたけれど、今となっては、双方間の契約は切れているのだったわ。

ああ、一体どうやって、聖獣の名前を取り戻せばいいのかしら。


そう考えている間に、聖獣は山の頂に向かって飛んで行ってしまった。

未練がましく見送っていると、ラカーシュから声を掛けられる。

「ルチアーナ嬢、朝の散歩としては十分だろう。戻るか」


彼の言うことはもっともだったため、素直に頷くと木陰に戻り、荷物を片付けることにした。

思いがけず聖獣を目にすることができたのだから、今日は十分な収穫があったわと考えながら。


その後、ラカーシュと私は、登る時と同じくらいの時間をかけて下山すると、再び馬車に乗って白百合(リリウム)城まで戻った。


そして、玄関先で別れようとしたところで、ふとラカーシュに口止めしていなかったことを思い出す。

そのため、私はラカーシュに向かって口を開いた。


「ラカーシュ様、聖獣の件ですが、私が気付いていることを王太子殿下にはご内密にお願いしますね」


けれど、返ってきた声はラカーシュのものではなかった。

「私に何を内密にするって?」


「えっ?」

聞こえた声に聞き覚えはあったものの、そんなはずはないと、信じられない思いで振り返る。

けれど、私の視線の先に立っていたのは、その信じられない人物で……。


「やあ、ルチアーナ嬢、朝から外出とは元気なことだな」

(朝からラカーシュを連れ回すとは、さすがの手腕だな)


にこやかな表情の下、明らかな嫌味を発してきたのは、銀髪翠眼のきらきら王子様、エルネスト・リリウム・ハイランダーだった。

いつも読んでいただきありがとうございます!


9/7(水)にコミックス1巻が発売されますので、ご紹介します。


挿絵(By みてみん)


素晴らしい表紙ですね!

そして、中味も(全ページ)表紙と同レベルの綺麗な絵になっています!!


第1話からオリジナルのお話を入れてもらい、ノベルとは違った構成にしていただきました。

ラカーシュとルチアーナがぐっと近付きますし、サフィアがものすごく魅力的なので、ハラハラドキドキとときめきが詰まった1冊になっています。


そんな、コミックス1巻にSSを書かせていただきました。

〇【SIDEラカーシュ】君の黒百合になれるよう

「愚問だな、公爵家の結婚だ。私の相手となるのは、打算と計算の下に選び抜かれた、高位貴族の家柄出身の者に決まっている」そう発した言葉は心からのものだったというのに……たった1日で、私はつくり変えられてしまった。

(ルチアーナに対する感情ビフォーアフターのお話(ラカーシュ視点))

 

その他、イラスト付きキャラプロフィールが掲載されていたり、カバー下など細かいところにちょこちょことお楽しみが隠してあったりしますので、ぜひお手に取っていただければと思います!!!

(私が言うのもなんですが、本当におススメです!!)


どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾


☆.。.:*・゜・*:.。. ☆.。.:*・゜・*:.。. ☆.。.:*・゜・*:.。. ☆.。.:*・゜


ノベル4巻に書店特典SSを付けてもらえることになりました。

詳細は「活動報告」に記載していますので、ご覧くださいo(^-^)o

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ノベル9巻発売中!
ルチアーナのハニートラップ講座(サフィア生徒編&ラカーシュ生徒編)
サフィア&ダリルと行うルチアーナの断罪シミュレーション等5つのお話を加筆しています

ノベル9巻

コミックス6巻(通常版・特装版)発売中!
魅了編完結です!例のお兄様左腕衝撃事件も収められています。
特装版は、ルチアーナとサフィア、ラカーシュの魅力がたっぷりつまった1冊となっています。

コミックス6巻


コミックス6巻特装版

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾

― 新着の感想 ―
[良い点] とても楽しく読ませていただきました。まだまだお話は続くのだなぁと、続きが楽しみです。ラカーシュとの恋を応援していますが、やっぱり兄がカッコイイ……。
[良い点] 聖獣との初遭遇。ラカーシュの決意、そしてエルネスト遅れて登場。 この地でもうすこし何かありそうでわくわくします。 [気になる点] そういえば四星たち(既出を含む)のその後のうごきはどうなっ…
[気になる点] 皇太子殿下は、舞踏会とお茶会を終えてすぐ領地へ向かったんでしょうか。ハードスケジュール…… 登場から元気に副音声つきですが、その実お兄様の言葉も含め、ルチアーナのイベントの責任を取りに…
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