161 白百合領訪問 2
白百合領に向けて出発する際、王太子とラカーシュが見送りにきてくれた。
自領に付いていかない王太子が、労いの言葉とともに実習生を見送ることは理解できるけれど、ラカーシュまで付いてきた姿を見て、まあ、この2人は本当に仲がいいのねと微笑ましく思う。
仲が良いのはいいことだわ、と考えていたら、王太子の発言終了後、ラカーシュが白百合領まで同行すると言い出して、馬車に乗り込んできた。
「へ?」
なぜラカーシュが? と驚いている間に、彼は私の向い合せの席に座り込む。
ラカーシュの隣は男子生徒が座っていたけれど、私の隣に座っていたのは女子生徒だったため、彼女は「ひゃああああああ!」と限界まで息を吐き出していた。
見事な肺活量だわと感心したけれど、それどころではないとラカーシュに視線をやる。
すると、彼は穏やかな調子で口を開いた。
「君の実習が正式に白百合領への訪問に切り替えられた際、サフィア殿が生徒会室を訪ねてきてね。そして、白百合領を訪問する間は、君の安全を完璧に確保するようにとエルネストに要求したのだ。当然の主張ではあるものの、エルネストは忙しくて、とても同行できそうになかったため、代わりに私が行くことにしたわけだ」
「えっ?」
お兄様ったらいつの間にそんなことをしていたの、とその過保護っぷりに驚いて目を見張る。
そして、ラカーシュの結論もおかしいわよね、とやはり驚いて彼を見つめた。
なぜなら白百合領は王太子の領地であって、ラカーシュの領地ではないのだから。
それに、ラカーシュも王太子に負けず劣らず忙しいのだから、とても代理を務める余裕なんてないわよね、と思ってじとりと見つめると、彼はその高貴な身分に似つかわしい、完璧なる紳士の微笑を浮かべた。
「だから、ルチアーナ嬢、白百合領における君の安全は、私が完璧に約束しよう」
きらきらと後光が差すような微笑とともに差し出された、ラカーシュの善意の申し出を前に、私は引きつった笑みを浮かべる。
……ううう、この曇りない笑顔を見るに、どうやらラカーシュは純粋な親切心から申し出てくれたようだわ。
もちろん、彼が親切なのは分かっているし、とてもありがたいお申し出ではあるのだけど、私は白百合領で色々と試したいことがあるので、1人にしてほしいのよね。
「ええと、ラカーシュ様がわざわざ同行する必要は……」
そのため、婉曲に断ろうとすると、ラカーシュは新たな情報を投下してきた。
「私が行かなければ、サフィア殿が自ら乗り込んできそうな勢いだったが……」
「ラカーシュ様、親切なお申し出に心から感謝しますわ! どうぞよろしくお願いしますわね!!」
私はラカーシュの言葉をすごい勢いで遮ると、お礼を言った。
ダメだ、ダメだ。兄が同行するのだけは絶対ダメだ。
なぜならサフィアお兄様は抜け目がなさすぎるから、私が聖獣に対して何かを試みようとしていることをすぐに見抜かれて、下手をすると、白百合領には置いておけないと連れて帰られるかもしれないからだ。
そんなお兄様に比べたら、ラカーシュが100倍いいわ!
「ラカーシュ様が来てくれて、本当に嬉しいです!!!」
心からの言葉を勢い込んで口にすると、なぜかラカーシュは頬を赤らめた。
「そ、そうか」
それだけ口にすると、ラカーシュは片手で顔の下半分を押さえ、ふいと顔をそむけた。
その視線が、ちょうど窓を眺める位置にあったので、あら、ちょっと唐突な気もするけれど、外を見たい気持ちが抑えられなかったのね、とおかしく思う。
それから、ラカーシュ様は遠足気分なのね、と可愛らしく思って微笑んでいると、ラカーシュの隣に座っていた男子生徒が「あ、悪女……」と呟くのが聞こえた。
えっ! と思って振り返ると、男子生徒が顔を真っ赤にして私を見ていた。
その姿を見て、まあ、最近の私は控えめで、慎ましやかな言動を試みていたというのに、まだどこかに悪役令嬢らしさが残っているのかしら、とびっくりする。
そして、今後はもっと慎重に行動しなければいけないわね、と心に誓ったのだった。
―――それから馬車に揺られること丸5日。
馬車の窓から外を見ることにも飽きてきた頃、やっとお目当ての白百合領に到着した。
「まあ、素敵なお城ね!」
領地内にある壮麗な白い建物を見て、私は思わず声を上げる。
なぜなら目に入ったのは、まるで1羽の白鳥のように美しく、優雅な造りをした建物だったからだ。
山岳地帯を治める地域のお城だから、もっと威風堂々としているかと思ったけれど、優美な造りの建物を見て目を見張る。
今回、白百合領を訪れた生徒は、ラカーシュと私の他、女子生徒2人と男子生徒4人がいたけれど、彼らも私の発言に同意する様子で何度も頷いていた。
さて、お城に入るとすぐに、2ダースほどの使用人たちが出迎えてくれた。
さすが王家の直轄領だけあって、使用人たちも洗練されており、その1つ1つの動作が流れるように美しい。
事前に渡されたスケジュールによると、一旦ここで解散し、部屋で荷物を整理した後、応接室に再び集合することになっていた。
そのため、私は侍女に案内されるがまま、2階にある客用寝室の1つに通される。
そこは可愛らしい花柄の壁紙が使用された、いかにも女性向けの部屋だった。
私は荷物をそのままに、窓際に寄ると、外に目をやる。
すると、雲まで届くほど高い山が見えた。
王家の守護聖獣が棲む聖山だ。
その荒々しくも荘厳な佇まいに、厳粛な気分になる。
……ああ、このような聖なる山に棲んでいる聖獣ならば、特別な力を持っているに違いない。
通常では治せない、酷い怪我を治癒できる特別な力を。
私はぎゅっと手を握りしめると、絶対に王太子に聖獣の名前を取り戻させてみせるわ、と改めて誓ったのだった。