156 「甘い言葉収集ゲーム」結果発表 2
私は勧められるままソファに座ると、難しい顔をして目の前に座るエルネスト王太子とラカーシュを交互に見つめた。
少し離れた席では、セリアとジャンナ、カレルが心配そうにこちらを見つめている。
私に謝罪って一体何かしらと考えてみたけれど、これほど難しい顔をされる事柄が思いつかない。
これはよっぽどのことだわ、と思った私は恐る恐る口を開いた。
「あの、謝罪と言われましたけれど……」
私が話し始めると同時に、王太子とラカーシュがぎゅっと顔を歪めたので、まあ、これは相当悪いことをされたのねと身構える。
そして、次の瞬間ぴんときた。
ああ、なるほど! 私は悪役令嬢だからね。
恐らくこの2人は面白おかしく、私の悪口を言ったに違いない。
私のこれまで経験からいくと、こういう場合は、思いつく限りの事柄の中で最悪のことを口にすると、だいたい当たっているのだ。
そのため、私は2人の気持ちになって口を開いた。
「ああ、何となく分かりましたよ! エルネスト王太子殿下、あなたは私のことを『傲慢で、怠け者、唯一のとりえの火魔術ですら中の下なのに、実家の権力を笠に着て威張り倒している』と言いふらしましたね!」
全てお見通しですからね、とばかりに自信満々な態度で口にすると、王太子は目に見えて狼狽えた。
「えっ! い、いや、さすがにそのような酷いことは、思ったとしても口にはしない!」
「まあ、やっぱり心の中で思ったんですね!」
「うっ、い、いや……」
片手で口元を押さえながら俯いた王太子をじろりと睨み付けた後、今度はラカーシュに顔を向ける。
「それから、ラカーシュ様、あなたは私が昨日、ちゃらちゃらと着飾っていた姿を見て、『彼女のようなタイプは、学園に婚姻相手を探しに来ているのだろうが、この学び舎はそのような目的のためにあるのではない。疾く去るべきだ』と言いふらしましたね!!」
「まさかそんな! 君が着飾った姿に見惚れていたことは確かだが、だからといって、君の占有権を主張するはずがない。私に君を独占できる権利がないことは、きちんと理解している」
慌てて言い返してきたラカーシュだったけれど、なぜか話がズレている。
「ええと、話が少しズレていませんか?」
「あっ、ああ。失礼、願望が口から出ていたようだ……」
こちらも片手で口元を押さえると、うつむいて言葉を途切れさせた。
色々と言葉が足りてないところはあるけれど、沈痛な2人の表情から十分反省していると判断した私は、ここで許すことにする。
「分かりました、もういいです。これまでの私の行いは散々でしたし、現在進行形でも色々と劣っていることは確かなので、少しくらい陰口を叩かれても仕方がありません」
私の言葉を聞いたカレルは、両手でお腹を押さえた。
「ああ、どうしてこう誤解に誤解が重なって、状況が悪くなるんだ! 事実を恥じて口が重くなっている会長、副会長に対して、ルチアーナ嬢が妄想を加えてくるから、完全なるカオスじゃないか! やっぱりオレは、安易な気持ちでルチアーナ嬢をこの部屋に迎え入れるべきではなかったんだ。あああ、お腹が痛くなってきた……」
ぶつぶつと独り言を言うカレルの顔色は悪く、その体調はとても悪そうに見えた。
色々と立て込んでいる上に、体調不良のメンバーもいるようだから、私が持ってきた話は後日にした方がいいわねと考えて、ソファから立ち上がる。
「私はお暇しますね。先ほど、ちょっと外から中を覗いてみた時、皆さんどんよりとした表情をされていたので、何か問題が起きているのでしょう? 私のことは気にせず、そちらの解決に向けて専念されてください」
すると、王太子が慌てた様子で腰を浮かせた。
「誤解だ、ルチアーナ嬢! 私もラカーシュも、君の陰口は1つも叩いていない。そうではなくて、……私たちは収穫祭でのゲームについて、君に謝罪したいのだ」
「ゲーム? 十分、楽しませていただきましたよ」
私が悪役令嬢であるにもかかわらず、王太子はきちんと自分の役になり切り、私を楽しませてくれた。
むしろ私がお礼を言うべきだろう。
そう考えていると、王太子は悔やむように頭を振った。
「そうではない、私は……ゲームのルールを破ったのだ。君に対して、『定型文』以外の言葉を口にしたのだから」
「えっ?」
どういうこと??
私の理解力が悪いのかもしれないけれど、王太子の言っている意味が分からない。
なぜなら私が参加したのは、『定型文』を集めるゲームなのだ。
それなのに、王太子は『定型文』以外の言葉を口にしたのだろうか。
そして、他の女子生徒が一切騒ぎ立てていない状況から判断すると、私にだけ『定型文』以外の言葉を口にしたのだろうか。
ということは、つまり……。
「い、嫌がらせ!! これこそが、本物の嫌がらせなのかしら!? え、えええええ! だとしたら、あれらのセリフが全部、私だけに対する演技なの? そうよね、言われてみれば、『定型文』をあれほどサービス過多なセリフにする必要はないわよね」
私だって、自分がどうやってあの場面を生き延びることができたのか、分からないのだ。
あんな『定型文』を囁かれたら、倒れ込む女子生徒が続出するに決まっている。
でも……。
「だとしたらどうして、私にだけあれほど色めくような、勘違いさせるような言葉を言ったのかしら?」
首を傾げて考えていると、王太子がどぎまぎした様子で口を開いた。
「ルチアーナ嬢、それはわざとでなく、その、君があまりに……」
王太子が頬を赤らめながら、私に対して何事かを説明してきた。
まあ、これは間違いなく酷いことをし過ぎたと、己を恥じている表情だわ。
そう確信した私は、王太子の言葉を途中で引き取る。
なぜなら王太子に最後まで説明されたら、私の負けだという気持ちになったからだ。
「説明されなくても、分かりますわ! 私があまりに世慣れていないので、その度合いを確かめて嘲笑おうと、試すためのセリフを口にしたんですね! まあ、それなのに私ときたら、まんまと翻弄されてしまったのね」
私は昨日の自分を思い返し、わなわなと震え出す。
「本気で言われたのかもしれないと、一瞬、本当に一瞬ですけど、そう勘違いしてうっとりしていた私を、経験不足だと嘲笑っていたのでしょうね!」
恥ずかしい、これは恥ずかしい。
最初は演技だと分かっていたのに、最後には演技であることを完全に忘れて王太子に見とれていたのだから。
恥ずかしさを怒りに変えて糾弾すると、王太子は焦った様子で両手を突き出してきた。
どうやら王太子は、思っていたよりも往生際が悪いらしい。
「そのようなこと、するはずもない!!」
そう反論してきたのだから。
そのため、私はむっとして王太子を睨み付けたのだった。
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